そして今日も生きていく
・もののけの世界からトリップ
・主人公はタタリ神に呪われてる
・呪いに関しての捏造と拡大解釈あり
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女の身でありながら刀を握った。全ては守るため。だから、タタリ神に斬りかかったことも、右腕に呪いを受けたことも後悔はしていない。結果として村を追われたことも、紆余曲折を経て異世界に紛れ込んでしまったことも、きっと運命なのだろう。受け入れるだけだ。
それに、悪いことばかりではない。こんな私を家族と呼んでくれる人たちに出会えたのだから。
だけど、だからこそ隠さなきゃならない。呪いを抱えた私が、受け入れられるわけがないのだから。
「……っ」
敵味方が入り乱れた船上で、刀を握った腕がざわりと蠢めく。奥歯を噛み締めて暴れだしそうなそれを抑え込んだ。斬るのは敵。仲間じゃない。
振り抜いた刀が簡単に敵の首を刎ね飛ばす。振り抜いたそれを翻して、別の男の両腕を斬り落とした。僅かに体勢が崩れたところを狙った剣を避けて、敵の腕を掴めば手の中で骨が砕けるいやな音と感触。情けない悲鳴をあげるそいつを放り投げれば、大きな体が宙を舞って海に落ちた。
「化けものめ!」
「そんなこと、私が一番良くわかってる」
右腕に宿った呪いは憎しみ故か、人を相手にすれば爆発的な力を与えてくれる。だけど、使えば使うほど呪いは進行して死が近づく。それでも、守るためなら惜しくもない。
再び刀を振れば、今度は簡単に相手の体が真っ二つに斬れた。ぞわり、また右腕が疼きだす。
「っ、うぐっ……」
まるで別の生き物のように蠢めく右腕を力任せに握りしめて抑え込む。額からはだらだらと脂汗が滴り落ちた。駄目だ、仲間を斬るわけにはいかない。手放した刀が甲板に落ちる音がやけに遠くに聞こえた。
「ソフィア、どうした!」
「だい、じょうぶだ」
平静を装って笑顔をつくるが、信じてくれないのか、サッチが私の腕を掴んだ。けれど、別の生き物のような蠢きに驚いたのか、すぐにその手が離れた。その隙に距離をとる。大きく深呼吸をすれば、ようやく疼きが落ち着いた。
「なんでもない、大丈夫だ」
「いや、でも…」
「大丈夫、だから」
取り落とした刀を拾い上げて鞘に収める。念を押すように首を横に振れば、サッチはそれ以上の言葉を飲み込んでくれた。
本当はみんな、私が隠し事をしているのに気がついているのだろう。だけど、何も聞いてこないのは優しさだ。その優しさに付け込んで、ぬくもりに縋る私を、どうか許してほしい。
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ティーチがサッチを刺した。ギリギリのところて割り込んで、どうにかサッチを助けることはできたけど、裏切り者には逃げられた。
守ることができた。その事実に安堵する。だけど、あまりにも呪いに頼りすぎたせいか、今回ばかりは誰も追及の手を緩めるつもりがないらしい。今までは見ないふりをしてきてくれたけれど、それはもうお終いなんだろう。
「ソフィア。てめぇはその右腕に何を隠していやがる」
蠢めく右腕に、そこにまとわりつく薄く透ける気味の悪い触手。ナイフを握り砕くありえない程の力。自分が見た全てをサッチが話し、それから向けられたオヤジからの問い。そっと目を伏せて嫌われる覚悟を決めた。
袖を捲り上げて、右腕を覆った布を解く。誰かが息を呑む音。当然だ。浮かび上がった赤黒い痣は、直視するにはあまりにも醜い。
「…タタリ神に呪いを受けた。恨みと憎しみを抱えた神の呪いだ。力を与えてはくれるが、この痣はやがて肉を腐らせ骨まで蝕んで私を殺す」
重たい沈黙が苦しい。もう潮時だろう。ぬくもりに縋るのは終わりにするべきだ。呪われた私が、受け入れられるわけがないのだから。
膝を折って床に両手をつく。潔く頭を下げれば、オヤジが、何をしてやがる、と私の名前を呼んだ。
「罰が必要なら受ける。だから、呪われた身で居座ったこと、皆の優しさに付け込んだことを許して欲しい」
「…ソフィア」
「家族と呼んでくれたこと、本当に嬉しかった」
声は、情けなく震えていた。泣いてはいけない。唇を噛んで、溢れそうな嗚咽を喉の奥に押し込んだ。
それでも、堪えきれなかった涙が、ぽたり、と零れて床に染み込んだ。
「ソフィア。顔をあげろ」
「……っ」
恐る恐る顔を上げれば、いつになく厳しい顔をしたオヤジが私を見ていた。周りを囲む隊長達も、怖い顔をしている。
受け入れられるわけがないと分かっていたはずだ。嫌われる覚悟も決めていた。それでも、胸をざくりと刺されたような痛みが襲う。無様にも、涙が止まらなかった。
「…悪かったな、ソフィア。気付いてやれねぇで」
「っ、えっ……」
「苦しかっただろうなぁ」
オヤジの大きな手が頭を撫でる。そうして、抱きしめられてしまって、正直混乱した。ぼろぼろと溢れる涙が止まらない。どうして。怒っていたんじゃないのか。私を嫌って、忌まわしいと思ったんじゃないのか。
「なん、で……。おこって、たんじゃないの、か?」
「ああ、そりゃ自分が情けなくてだ。お前がこんなにも苦しんでたってのに、気付いてやれなかった」
だから謝るのは俺の方だ、なんてオヤジは優しい声でそう言ってくれた。
愛されていると、信じていいのだろうか。呪われていても受け入れてもらえると、家族と呼んでもらえると、そう信じてもいいのだろうか。
「わたしっ…、ふね、おりなくて、いい?」
「なんで可愛い娘を放り出さなきゃならねぇんだ。家出は認めねぇぞ、ソフィア」
「…オヤジっ!」
その大きな体に縋り付いて泣き声をあげれば、苦しいくらいに抱きしめられた。嬉しくて、泣き声さえもとうとう抑えられなくなって、無様に泣きじゃくってしまう。
「グランドラインは広いからなぁ。きっと治す方法だって見つかるだろうよ」
「うん…!」
探してやるから安心しろ、と皆がそう言ってくれて、死にそうなくらいに嬉しかった。
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ティーチを追いかけて飛び出して行ったエースが、海軍に捕らえられた。だから、家族が助けるために動くのは当然のこと。そして、私も戦場に立った。
オヤジは、馬鹿なことをするな、と釘をさしてきけど、私は守るためならとその言いつけを破った。
だけど、そのおかげでエースを守れたのだから許してもらえるだろう。この力がなければ、大将なんていう化け物には勝てなかったのだから。
けれど結局、右腕の呪いは私を飲み込もうと、ぞわり、赤黒い触手を生み出した。
「ソフィア!」
「はなれろ!!」
誰が私の名前を呼んだ。だけど、近寄らせるわけにはいかない。家族を巻き込むわけにはいかないのだから。
右腕が焼けるように熱い。マグマの大将と戦った時以上の熱に、喉の奥から絞り出すように苦鳴がこぼれた。
ざわざわと蠢めく気味の悪い触手が右腕を覆い尽くしていく。熱くて、痛くて、気が狂いそうだった。
「っ、いやだっ……!」
いつかこうなると覚悟は決めていたはずなのに、怖くてしかたない。守れたのだから、後悔もないはずだ。だけど、それでも、タタリ神になんかなりたくなかった。
「ソフィア、腕あげろ!!」
不意のエースの叫びに咄嗟に従って、右腕を持ち上げる。火拳! という声とともに放たれた炎が、右腕を、そこに纏わりつく触手を焼いた。
腕に纏わりつく触手が一瞬だけ消え去る。だけど、それでも呪いが止まることはない。勢いが弱まっただけで、また新しく生まれた触手がじわじわと右腕を覆っていく。痛みが、増した。
「くそっ…!」
「エース! もう一回だ!」
サッチが私に剣を向けながらそう言った。目があう。恨むなよ、と告げられた言葉に、一つ頷いた。
もう、それしか手がない。家族を巻き込む前に終わりにしてくれるなら、それでいいと思えた。涙がこぼれたけれど、悲しくなんかない。そう、思うことにした。
「サッチ……、ありがとう」
サッチにはとても嫌な役目を押し付けてしまうから、感謝しなきゃならない。
最後に愛しい家族の姿を焼き付けて目を閉じる。それで、もう、十分だった。
エースの炎がもう一度右腕を焼いて、纏わりつく触手の勢いが弱まった瞬間、剣が私の体を斬り裂いた。
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キラキラと輝くどこまでも続く海は、今日も美しく雄大だ。まるで何もかもを受け入れてくれる母さまのよう。その懐に抱かれて、白い鯨の船は今日も泳いでいく。そんな、らしくない詩的なことを考えて思わず笑ってしまった。
「……ソフィア」
ふと名前を呼ばれて振り返る。どうした?と問えば、少しだけ心配そうな顔をしたサッチが黙って隣に並んだ。その視線が向くのは、私の右腕。正確に言えば、断ち切られて何も無くなった右腕のあった場所だった。
戦争の最中、サッチは私を助けるために咄嗟の判断で、呪いの宿る右腕だけを斬り落とした。てっきり、他の家族に害を成す前に私を殺すつもりだと思っていたから、本当に驚いた。後でそれを話したら、お前も家族だろうが、と物凄く怒られたけれど。
結局、サッチの判断は正しかったらしい。私から切り離された呪いは、どうしてかその動きを止めた。タタリ神となった山の主の怨念が晴れたからなのか、皆の思い故なのか、詳しいことは分からない。なんらかの奇跡だったことは確かだ。
皆が呪いを解く方法を探していてくれたのに、全部無駄になってしまった。だけど誰もがそれでいいんだ、と笑ってくれて胸が熱くなった。
「それ、痛まねぇか?」
「ああ。もう大丈夫だ」
「お前の大丈夫は信用ならねぇ」
やれやれ、とため息をついたサッチに、本当に大丈夫だから、と念を押す。けれど、前にもそうやって誤魔化したことがあるのだから、信じてもらえないのも仕方ないのだろう。痛まないのは事実なのだから、それ以外にどう答えればいいんだという話なのだけれど。
「悪かったな、ソフィア」
「腕ならいいんだ。それが最善だったし、何より命を救われた。むしろ、礼を言いたいくらいだよ」
サッチは命の恩人だな、なんて笑えば俺だってお前に助けられた、と苦笑いを返された。それならもう相子だろう。互いに気にする必要はない。
腕がなくとも生きていける。呪いを抱えていた時とは全く違う、不思議なほど穏やかで晴れやかな気分ですらあるのだ。だってこうして家族と一緒にいられるのだから。それだけで、私は十分すぎるくらい幸せだった。
「幸せなんだ、自分でも驚いてるくらいに」
「…そりゃ良かったよ」
「ああ、本当に良かった」
守るために刀を握った。その刀を握る腕はもうないけれど、残ったものは数え切れないくらいたくさんある。だから、本当に、泣き出したいくらいに幸せだと思えた。
そして今日も生きていく
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