続いたの | ナノ


  千一夜目の恋


・このネタから

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 ティトスを再び世界に送り出して、なすべき事は全てやり切った。だから、私はルフに帰る。そうして、世界に溶けてあの子たちを慈しんでいくのだと、そう思っていたのに。

「…ここは一体どこなのかしら」

 綺麗な海の広がる砂浜で、ただ首を傾げる。やけに軽い体は、分身体と同じ少女の姿まで時間が巻き戻っていた。
 近くに落ちていた錫杖を拾い上げて、ルフに問いかける。ここは一体どこなのか、と。

「え……?」

 やけに元気のいい彼らが教えてくれたのは、目の前に広がる海とこの世界のこと。『グランドライン』『ワンピース』『海賊』『海軍』そんな、どこかで聞いたことがあるような単語に記憶を探る。
 ずっとずっと昔、私がまだ『シェヘラザード』になる前に、そんな世界を舞台にした漫画を読んだ事があった。感覚としてもう三百年近く前の話だから、内容はほとんど覚えていないけれど。確か、海賊王になりたい男の子の冒険物語だったような気がする。
 ということは、この世界には冒険するだけの価値があるということだろう。レーム帝国を守るために、捨てなければならなかった活発な私が顔を出す。

「自由に生きて、いいのよね?」

 問いかけても答えはない。けれど、ここが異世界だというなら、しがらみは何一つないのだ。それなら、やりたいことを目一杯やってやろう。手始めに冒険から。
 マギとしての能力はそのままだし、この世界にもルフが流れている。それなら、何も怖いことはない。
 錫杖に腰掛けて宙に舞い上がれば、潮の匂いが体を包んで、新しい冒険の予感に胸が高鳴った。


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 見たことのない生き物に、知らない食べ物。知らない人種に、おかしな気候と不思議な島。『グランドライン』は冒険に満ち溢れている。けれど、同時に沢山の危険が潜んでいた。
 見るからにガラの悪い男たちが、女性相手に剣を向けている。座り込んだ彼女は、動くことすらできないほど怯えていた。周りの人間は何もできない。海賊に逆らう力なんて、その場の誰も持っていないようだった。
 海賊たちがゲラゲラと笑う。剣が振り上げられた。

「ああ、もう!」

 振り下ろされた剣の下に割り込んでボルグでそれを弾く。剣を握る海賊も、庇われた女性も、驚いたように目を見開いてたいた。この世界には魔法がないのだから仕方がない。
 本当は危険なことには関わらないつもりだった。だけど、戦う力のない人々が巻き込まれるのなら話は違う。守るために手に入れた力だ。今使わないでいつ使う。

「今すぐ、この街から出て行きなさい。ここは貴方のような人間が来る場所ではないわ」

 女性を、怯える街の人々を庇いながら海賊に告げれば、頭に血が上ったのか、うるせぇ、と怒鳴り声。けれど振り下ろされた剣は、決して私に当たらない。私のボルグを破りたいのなら、金属器でも持ってくるべきだと思う。

「おい! こいつがどうなってもいいのか!」

「…典型的なセリフ」

 物凄く月並みのありふれた三下悪役のセリフだ。けれど、抱え込まれた少年は泣き出しそうな顔をしているから笑えない。
 ざわり、とルフ達がざわめく。私の怒りに反応しているのだろう。あまり大事にはしたくなかったのだけれど、仕方が無いのかもしれない。

「少し、待っていてね」

 怯える彼を安心させようとできるだけ優しい笑みをつくる。騒ぐルフ達を集めて、そこに命令式を幾つか。ふわり、風が巻き起こる。
 足元から広がったそれは、突風に変わり、海賊たちだけを吹き飛ばした。

「もう大丈夫よ」

「あ、ありがとう!」

 ぎゅ、っと閉じていた目を開いた彼は、心底安心したような顔で頭を下げる。さらり、綺麗な金の髪が揺れた。指通りのよさそうなそれは、少しだけ、ティトスに似ている気がした。
 思わず笑顔を浮かべれば、視界の端で海賊が動く。まだ倒れていなかったらしい。

「しつこいわね…」

 杖を握る手に力がこもる。ピィ、と耳元でルフ達がざわめいた。もう一度吹き飛ばしてやろう、と思ったのに、魔法を発動する前に男が吹っ飛んだ。え、と戸惑うような声が出る。いつの間にかそばにいた大男が、振り抜いた薙刀を手にこちらを向いた。

「怪我はねぇな?」

 そう言って三日月ヒゲの大男は笑う。戸惑いながらも頷けば、ならいい、と満足そうな声。どうやら、助けられたらしい。
 だけど、その見た目からして彼も海賊なのだろう。少なくとも堅気の人間ではなさそうだ。だから、どうして私を助けたのか分からない。

「…どうして助けたの。貴方だって海賊なのに」

「ああ? 惚れた女助けんのに理由がいるかよ」

「え、惚れた?」

 一体誰に、と問いかければ、大男の太い指がこちらに向けられる。その指の先を辿って振り向いて見たけれど、そこには誰もいなかった。
 どういうことだろう、と首を傾げれば、大男は面白がるようにグラグラと特徴的な笑い声をあげた。

「お前だお前。一目惚れしちまったんだよ」

「わたしに!?」

 当然のように告げられたその言葉に、声が裏返る。私に惚れたですって?こんな少女の見た目なのに。
 戸惑う私にまた笑って、大男は俺はエドワード・ニューゲートだ、と名乗った。

「お前の名前は?」

「…ソフィア、よ。ねぇ、惚れたなんて冗談でしょう?」

「いいや、本気だ。まあ、確かにお前は小せえけど、年齢なんざ気にならねぇよ。中身に惚れたんだ」

 ソフィア、と甘い声が名前を呼ぶ。きゅん、と胸の奥底が高鳴ったような気がした。

千一夜目の恋


この男が後に世界一愛しい夫になるなんて、この時はまだ思いもしなかった


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