飲まず嫌い (岩倉雪彦)


20歳を過ぎたら誰だってお酒を飲めるようになる。だけど私は、お酒が飲める年齢になったからと言ってお酒を飲んでみたくなったのかと言えばそうではない。そんなこんなでお酒を一度も飲むことなく、あっという間に大学生活も最後の一年となっていた。

そもそもなんで私がお酒を飲みたいとは思わないかと言うと、それきっと、実家が飲食店をしているから昔から酔っ払いも間近で見ていて、私はあんなふうにはなりたくないと思ったからで。お酒を飲むと嫌なことだって忘れられて楽しくなれるようだけれど、他人に迷惑を掛けてしまったり自分のダメな部分や弱い部分を見せたりはしたくない。

それ以外にこれと言った明確な理由ははっきりとはないものの、私としてはお茶やジュースなんかで十分だしやっぱりお酒を飲みたいと思うことはなくて。もしも飲み会なんかで無理にでも飲ませようとする人がいたら縁を切ることも覚悟で断らないといけないのかなんて思っていたけれど、私の周りにそんな人はいないらしくて安心した。どうやらいい人たちに囲まれているらしい。


だからまあ、今日みたいな気心知れた人たちとの反省会(……という名の飲み会?)は居心地がいい。

アオタケのみんなの練習を手伝うようになってから呼ばれるようになった反省会も早いものでもう何度目か。一度目こそは「先輩もビールでいいですか?」と缶ビールを差し出してくれていたみんなも、二度目からは「お茶しかないけどいいスか!?」と楽しそうにペットボトルのお茶とコップを掲げていた。アオタケの住民ではないのに、ちゃんと仲間になれた気がして嬉しかったのを覚えている。

いつ行ってもハイジくんの作った料理はどれも美味しくて、お酒の味でこの美味しさが分からなくなるのは勿体ないなと思いながら隣で缶ビールを飲んでいるユキくんを横目に私は今日も料理をつつく。

すると私からの視線に気が付いたらしいユキくんが不意に口を開いた。

「美味いか? それ」
「美味しいけど……やっぱりお酒を飲んでたら味が分からないんだ?」
「……なんでそうなるんだよ。そういうことじゃねぇよ」

少し声を大きくすると溜息をついたように笑ったユキくんは「俺は正直食い飽きた」と言いながらも、大皿に箸を伸ばしては自分のお皿へと料理を乗せる。すると次の瞬間には口の中へと運ばれる料理。“食い飽きた”ようには見えない。

「なんというか、贅沢な悩みだよね、それ。ハイジくんの手料理が食べられなくなってから恋しくなるんだよ、きっと」
「つってもまあ、男の手料理だからな……」

顔を歪めながらも笑ったユキくんは、ゴクゴクとビールを喉へと流し込んでいく。勢いのいい飲みっぷりに、そんなにもお酒というものは美味しいものなのかという、これまでにも度々思っていたそんな疑問がふと頭に思い浮かんだ。

「お酒って美味しい?」

体ごとユキくんの方を向いたら、ユキくんは私の方から視線を逸らして言った。

「それは人それぞれだろ。俺は美味いと思うから飲んでるけどな」

そう簡潔に答えるとふっと口角がつり上がったユキくんに近づく。そして更に疑問を投げかける。

「でも迷惑かけてしまうかもでしょ」
「まあ飲みすぎたらそうなるな」
「それに他人に自分のダメな部分とか弱い部分とか見せてしまうこともあったりしない? それって嫌じゃない?」
「それも飲みすぎたらな。でも自分が飲める量までの程々なら大丈夫だろ。たまにしかないよ、そういうことは」
「……でもたまにはあるんだ」
「まあ本当にたまに、な。いつもではねぇよ、多分」

再び口角をつり上げたユキくんは何やら楽しそうで。勘のいいユキくんのことだから、私がお酒を飲まない理由はこれで、だけど一丁前に興味だけは持っていることに気が付いているのだろうか。

「俺は口が堅いからな。お前がどうしても飲んでみたくなった時には付き合ってやるよ」

ユキくんの大きな手が私の頭に触れる。ぽんぽんと手を動かされる度に顔が熱くなっていくのは、お酒も飲んでいないのに変だ。

「……いや、大丈夫。飲まないから。お茶が一番好きだし、私」

壁の方を向いてコップのお茶を飲んでみても、視界の端には「それなら仕方ないな」と笑うユキくんがいて、新しく開けた缶ビールを美味しそうに喉を鳴らしながら飲んでいた。


ユキくんなら少しは分かってくれるかもって思っていたのになぁと横目でユキくんを睨んでいたら、やっぱり楽しそうに笑われたからまたもや顔が熱くなる。

知らないままでいるのは勿体ないのかもしれない、と思うのは一体なんのことだか、なんて考えながら飲んだお茶はあまり足がしなかった。


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