*詰め/「それは逆効果だ」 (榊、走、ユキ、ハイジ)


[榊浩介]

「かっこいい浩介が見たいなぁ」
そう言われた俺は頭を抱えた。
かっこいい俺と言われても、見せたいからと言って見せられるわけでも、かっこいいことをしたいと思ってかっこよくなれるわけでもないから。というか、かっこいい俺ってなんだ? とさえ思う。
「見たいって言われて見せられるものじゃねぇよ」
「そうかな? 浩介は自分がいつ、どれくらいかっこいいのかが分かってないだけだよ」
「……なんだよそれ」
真剣そうに俺を見上げると首を傾げた彼女に図星をつかれてしまい、力が抜けるように溜息をついた。するとそんな俺を見て彼女が笑ったから俺もつられて吹き出すようにして笑った。
ひとしきり笑い終えた彼女は、浩介はいつでもかっこいいんだよともう一度笑うと、まずはねと指を折って何やら数えながら話し始めようと口を開く。
「ちょっと待て!」
「なんで? かっこいい浩介のことを話して、かっこいい浩介を見たいのに」
あっけらかんと笑う彼女の口を慌てて押さえると、呟く。
「……それは逆効果だ」
……そんなこと言われてかっこつけられるわけがねぇだろ。
どんどんと熱くなっていく顔に多少もかっこつけるどころではないことを実感させられて、かっこいい俺って本当になんだ? と俺は再び頭を抱えた。


[蔵原走]

俺の彼女はすぐに謝る。
それは悪い事ではないし、すぐに人に謝れるというのはいい事だとも思う。でも、今は謝る時なのか? と思ってしまう時も正直ある。
「ごめんね、待っててもらって」
「いや、俺が一緒に帰りたかっただけなんで」
ただ思ったことを言ったら、そっかと笑う顔が見えたから恐る恐る手を繋ぐ。そうしたら、手冷たくてごめんねってあんたがまた謝った。だからなんとなく、この人は俺のことが好きなわけではなくて、ただ好きだと言われたから俺に付き合ってくれているだけなんじゃないか。そんな考えが頭の中をよぎる。
そんなことはないと思いながらも手は繋いだまま、ぴたり、と足を止めたら俺につられてあんたも立ち止まった。
「……なんで、そんなに謝るんですか」
「走くんに感謝の気持ちを伝えたくて」
思っても見なかった返答に思わず力が抜ける。ほっとしたからなのか息を吐き出しながらその場にしゃがみ込めば、大丈夫? と顔を覗き込まれたから、繋いだままの手をぎゅっと握って顔を見返す。
「それは逆効果だ。そういう時にはありがとうの方が嬉しいですから」
「……そっか。ありがとう、走くん」
「えっと……何が、ですか?」
「何もかも!」
「……どういたしまして……?」
何のことだかさっぱり分からなくて首を傾げてあんたを見ていたら、俺と付き合ってくれてありがとうございますと今更でしかないそんな言葉が口から出てきた。嬉しいのか笑っているあんたを見て、やっぱりお礼を言うのは大事だな、なんてふとそんなことを思った。


[岩倉雪彦]

ユキがいなくなる。そんな怖い夢からなんとか目を覚まして飛び起きると隣で眠るユキを確認する。
だけどそれは夢だから、やっぱりユキは隣でちゃんと眠っている。それが可笑しくてほっとして、好きだよと眠るユキに呟いた。
するとそんな私に気が付いたのか、……どうした? 眠れねぇのか? とユキの腕が伸びてきて布団に戻される。
あたたかいユキの腕と布団に包まれながら、夢でよかったと再び安堵するとユキに更にくっつく。この場所はとても落ち着くし、さっきのは夢だ現実じゃないって分からせてくれるからいい。
「……やっぱり寝れねぇのか?」
突然降ってきた言葉に、言葉の割に優しいユキのこういう所が好きだななんて好きがまた積もる。
「うーん、一緒に寝てくれたら寝れる」
「それは逆効果だ」
「え!? 寝かせないとかそういうの!?」
「……冗談だよ、早く寝ろ。つーかもう一緒に寝てるだろ」
「あ、そっか」
情けなくそんなことを呟けば、背中に回されたユキの腕に少し力が込められたような気がした。そんなユキの腕の中はやっぱりあたたかくて嬉しかった。
それでも眠ってる私に、俺も好きだよとユキが呟いたということは、流石に私は知る由もないけれど。


[清瀬灰二]

栗ご飯に大学芋にきのこのバター炒め。
ハイジの作るご飯は旬の食材を使って作られたものばかりで、そしてどれもとても美味しい。
私は今日もその料理を口いっぱいに頬張って幸せを噛み締める。
「ハイジのご飯って本当に、すっごく美味しいよね!」
「お前にそう言ってもらえるなら作りがいがあるな」
微笑むハイジにつられて笑えば、そういえばお前は何の食べ物が一番好きなんだ? とハイジが聞いてきた。
一番好きな食べ物……。子供同士がするような質問に頭を悩ませる。だって正直、ハイジのご飯だったら何だって美味しいから好きなんだけどな。私は料理出来ないから尊敬もするし。
頭の中を食べ物でいっぱいにして考え込んでいたら、頭の片隅に浮かんだ、“私は料理出来ないから”という言葉。
思えば一人暮らしを始めてからというもの、お世話になったのはコンビニにスーパー、お弁当屋さん。そしてハイジ。自分で料理を作った記憶はほとんどと言っていいほどない。
「料理上手になりたいからハイジと一緒に住もうかな」
突拍子もないことを言ってしまったと思い、いきなり過ぎだよねと訂正したのも束の間。
「それは逆効果だ。俺がお前の幸せそうな顔を見たいから腕によりをかけてしまう」
眉を下げて困ったように笑ったハイジに、これからも掴まれてしまった胃袋は離してもらえない、そう悟った。


**

今年からいわゆる遠距離恋愛というものを始めた。
でもそれはお互いの仕事もあって仕方がないことで。会えないのはやはり寂しいけれど、それでも電話で声が聞けるだけまだ良かったと思っていたんだ。
「どうだ? 仕事は。落ち着いたか?」
日々の恒例となっている電話を掛ける。毎日ではなくていいから、それでも何か言いたいことがある時には電話をしよう、話をしようと決めたからだ。
『前とは少し勝手が違うけど、それでも慣れてきたよ』
「そうか。良かった」
他愛もない話をして笑い合えば、会えていない時間なんてないかのような気さえしてくる。
『ハイジ、』
「どうした?」
『好き。……会いたいけど』
「けど?」
『……なんて嘘だけど、ね』
いつもは元気な姿しか俺に見せてくれない彼女もやはり不安はあるのだろう。弱々しく呟く彼女がたまらなく愛おしくなった。
「少し待っててくれ。まだ電車あったはずだから」
『え、嘘だよ。会いたくないよ』
涙が滲んだような声に後悔が募る。電話だけでいいわけなんてないのにな。……悪い。小さく言うと、上着と財布とまだ通話が繋がったままの携帯だけを持って部屋の電気を消す。その間にも彼女の、会いたくないの嘘なのという泣きじゃくる声が聞こえる。
「それは逆効果だ。何度言っても俺がお前に会いたくなるだけだから」
すぐに行く。明日は休みなんだろ? さっき聞いた予定を再び確認すると、急いで靴を履いて家から飛び出した。

**


「ハイジっていつもあの子のこと見てるよな」
お昼時の混み合った学食で、隣から聞こえた声で我に返ったハイジが声がした方を振り向くと、そこにはユキがいた。
「……分かるか?」
「まあ、そりゃあね。好きなのか?」
「そうだ。可愛いだろ」
「ふーん」
いかにも興味なさげに呟くと、ユキは昼食の定食を食べるべく割り箸を割った。しかしその間にもハイジの視線は例の子へと移っていたらしく、ユキもつられて視線を移した。
「言わねぇの、好きだって」
「それは逆効果だ」
「どういうことだよ?」
「もう言った。だけど信じてもらえなかったんだ」
「あー、いつもの勢いで行ったんだろ」
胡散臭かったんじゃねぇのと笑いながらユキは定食を食べ進めていく。
――そんなはずはないんだけどな。
頭の中で今までの彼女とのやり取りを思い返しながら、ハイジも夕食と朝食の残りを詰めてきただけの弁当を食べる。頭の中で彼女は笑っていて、そういえば手料理が恋しいんだと言っていた。
よし、と勢いよく立ち上がったハイジは、どうした? とユキに声を掛けられると弁当を手にして言った。
「弁当を渡してくる」
「……食べかけを、か?」
「……それもそうだな」
すぐに座ったハイジを横目で見て笑ったユキは、例の子へと視線を移す。すると彼女もこちらを、というよりハイジを見ていたらしく慌てて目が逸れた。
「別に焦らなくていいんじゃねぇの。口説き落とすのは百発百中なんだろ、お前」
「そうか? まあ、アオタケの連中の話だけどな」
――そうだろ。向こうもお前のことよく見てるし。
そう答える代わりにユキは味噌汁を飲み込むと、隙だらけのハイジの弁当をつまみ食いした。



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