貴澄に結婚前提のお付き合いを申し込まれる話 (鴫野貴澄)

中学の時の先輩が結婚した、という内容のSNSの投稿を目にした。


最近SNS上で再会したその先輩とはそこまで仲が良かったわけではないけれど、それでも、凄いな、おめでたいなという気持ちで満たされる。だけどそれと同時にどこからかともなく漏れ出てきた溜息。

その理由はなんとなく自分でも分かっている。

婚姻届に並んだ二人の名前とお揃いの指輪、それに幸せそうに仲睦まじく満面の笑みで写る写真。二人がそれほどまでにお互いを好きだと分かるそれらが、私にはいまいちよく分からない。それほどまでに相手を好きだという気持ちが。

これまでにお付き合いをしたことがあるのは、大学生の時に流れでお付き合いをすることになった同級生一人だけ。付き合う? いいよ。なんて普段の会話の延長線上から始まって、私があの人のことを好きだったのかも分からない間に、好きな人が出来たからと振られてしまった。失恋は悲しいものだと聞いていたけれど悲しくなんてなくて、きっと私は恋愛には向いてないのだろう、そう思った。
それにそういえば私はこの人のことが好きなのかもって思ったこともあまりないから、難しい恋愛にはやはり不向きなのだろう。

そんなことを思って自分で自分に落胆して再び溜息をつくと、温かいミルクティーでそれらを流し込んだ。


「お待たせ、ごめんね遅くなって」

SNSを見る気力が何故だかなくなって、ケーキでも頼もうかとメニューを見ていたら貴澄がやって来た。

「まだ待ち合わせの時間より前だよ」
「そうだけど。キミは僕のこと待っててくれたでしょ?」

眉を下げて笑った貴澄は向かいの席に座ると、ケーキ食べるの? とメニューを覗き込んできた。今悩んでると答えると貴澄にメニューを手渡す。

貴澄とは高校の時の同級生で、上京して随分経ってから街中でばったりと再会した。お互いに東京に行くんだということは知っていたけれど、まさかこの東京で会えるとは思っていなくて、今度お茶しようねと誘われて以来、こうして何度も会っている。
だけど会ったとしても、何をするわけでもなく、ただ話をしたり少し街をぶらついたりするだけ。気を使わなくてもいい貴澄とのそんな時間は、心落ち着く時間でもあった。

そんな貴澄はまだメニューを見て考え込んでいる。そんなにも悩むほど飲みたいものや食べたいものがあるのかと思って見ていたら、ふと目が合った貴澄がこちらを見て笑った。

「やっぱりさ、ケーキ食べない? 僕、この二つで悩んでるんだけど……」

貴澄が指さす先には、チーズケーキとモンブランの文字。

「それじゃあ二つとも頼んで半分こしようよ」
「わぁ、いいの!」

それじゃあ、と嬉しそうに呼び出しボタンを押した貴澄はケーキ二つとコーヒーを頼んだ。そんなに両方のケーキが食べたかったんだと思うと可笑しくて可愛くて、ふふっとつい笑みが漏れた。するとそんな私を見て貴澄も目を細める。

「良かった。キミが笑ってて」
「え、私?」
「うん、だってさっきまで元気なかったじゃない? 溜息ついたりしてさ」
「え、バレてた!?」
「うん、バレバレ。どうしたの?」

じっと見てきた貴澄の瞳に私が映っているような気がする。全然大したことじゃないんだけどねと前置きしてから、中学の時の先輩が結婚したんだってと口を開く。

「わお、そうなんだ! おめでたいね。でもそれがどうしてキミが溜息つく理由……に、……あっ!」

意味ありげに呟いた貴澄を見ると、……もしかしてキミが好きだった人とか? と神妙な面持ちをした貴澄が恐る恐る呟いた。違うよと首を横に振れば、良かったと貴澄が笑った。

「でもそれじゃあどうしたの?」
「私は好きな人がいたかさえも分からないのにそれでこの先結婚出来るのかなぁって思ったんだ」

だけど言ってからこんなことを言われても困るだろうと思って、ふと思っただけだから気にしないでと笑ったのに、再び真剣な目をした貴澄に真正面から見つめられる。いつもの貴澄とは違うその空気に緊張してしまい、何故だか目は逸らせず動くことも出来ない。

貴澄の次の言葉を待っていたらそんな空気を打ち破るかのように、お待たせしましたという店員さんの明るい声と二つのケーキと貴澄のコーヒーが届いた。


「美味しいね、ケーキ」
「二つ頼んで正解だったね」

先程までの真剣な空気は一体なんだったのか。二つのケーキを二人で分け合えば、貴澄も私もいつもの空気に戻ったようだった。だけどそんな時間は長くは続かずにコーヒーを飲んで一息ついた貴澄は、またこちらをじっと見るなり口を開いた。

「……キミって、結婚したいの?」
「うーん、まあ出来たらしたいかな」
「相手は? こんな人がいいなとかあったりする?」
「ううん、ないよ」
「そっか」

突然の貴澄からの質問に戸惑ってしまい視線が定まらない。優しい貴澄のことだからきっと、自分のことのように真剣に考えてくれているのだろう。

「あのね、貴澄。さっきも言ったけど……」

顔を上げて貴澄を見ると、俯いていた貴澄がちょうど顔を上げたから目が合った。ばちっと音を立てるかのように合った目はお互いによってそれぞれ逸らされてしまったものの、またすぐに目が合った。

「……良かったら、なんだけどさ」

貴澄にしては珍しく自信がなさそうな小さな声に耳を澄ます。すると貴澄は一度息を吸ってから吐き切ると頬を染めて笑った。

「僕と結婚を前提にお付き合いしませんか」

突然の言葉に驚き、辺りを見回す。だけど人の少ない店内では注目されてはいないようだった。

一度大きく深呼吸をして再び先程の貴澄の言葉を思い出すと貴澄を見る。ダメ? とでも言いたげに私を見てくる瞳がずるい。えっと、と言葉に詰まっていたら、実はね……と貴澄が呟いた。

「キミは知らないと思うけど、僕ってキミのことが好きなんだよね。でもキミが知らないからって何も言わずに友達みたいにずっと一緒にいてごめんね」

貴澄は何も悪くなんてないのに、困ったように笑った貴澄の眉が下がる。

「高校の時からずっとキミのことが好きだったんだけどさ。でもキミって僕のことを大切な友達だと思ってくれてたでしょ? それが嬉しかったし、何かあった時には僕の名前を呼んで僕の所に来てくれるのが好きだったから言い出せないまま大学生になっちゃって。いい加減忘れないとなって思ってた時に再会したんだから忘れられるわけないよね」

やっぱり眉を下げたまま笑う貴澄に見つめられる。そうなんだとだけ呟くと高校時代を思い出す。

高校の時、貴澄の気持ちにはなんとなく気が付いていた。いつも優しくて一緒にいると楽しい貴澄は、私のことを特別に思ってくれているのか、他の子よりも少しだけ私には優しくてみんなには見せない表情も見せてくれた。帰りが遅くなるともう少し話していたいからって家まで送ってくれて、バスケの試合を観に行ったらキミが来てくれて嬉しいって物凄く喜んでくれて。……あれ? そういえば今も、チーズケーキとモンブランって私が好きなケーキだなってふと思ったりして。

私はもしかしたら貴澄のことが好きなのかもなと高校の時に思っていた。
だけど自分の気持ちがよく分からなくて、貴澄の想いを全部受け止められる自信もなくて。結局ちゃんとした自分の気持ちは分からないまま、何も進展することはないまま卒業してしまった。そんな貴澄からの告白。

いきなり結婚前提でなんて、とは思うものの楽しそうだし魅力的だと思っている自分もいる。
それでも返事に困っているのは、突然だからということに加えて、私の気持ちが分からないから。貴澄のことは好きだけれど、それは男の人としてなのかは分からない。

だけどそんなことはもう既にお見通しだからなのか、それとも緊張が解けたからだけなのか貴澄はいつも通りの様子でケーキを口に運んでいる。

「……貴澄のそういう所ずるい」
「えーなにが?」

首を傾げる貴澄にそう呟けば、糖分足りてないんじゃない? とケーキを差し出された。反射的に口を開いてしまったものの、貴澄のフォークから食べてしまったことに気が付いて顔が熱くなる。すると貴澄はそんな私を見たからなのか、あははと笑った。

「知ってる? 結婚するなら、二番目に好きな人がいいんだって」
「なんで?」
「一番好きな人じゃないから、この人ならまあいいやって気持ちになるみたい」

へーと呟くと、貴澄が今度は自分の口にケーキを運ぶ。少し耳を赤くさせながら。

「それでさ、キミは僕と付き合ってみて僕のことを好きになってくれるかもでしょ? まあ、僕よりももっと好きな人が出来るかもしれないんだけど。でもその時に、キミが二番目に好きな人が、結婚するならこの人って思う人が僕だったら嬉しいんだよね」
「……それって貴澄にとっても私が二番目ってこと?」
「え、僕? 僕は違うよ。高校の時からずーっとキミが一番。僕はきっと、キミだからいいやってなると思うんだけどな」

目を細めて笑う貴澄の視線から逃れて、ミルクティーのカップを持つ。

「……もう少し、考えさせて」
「それはもちろん!」


もうほとんど答えは決まっているんだけどなぁ。なんて思いながら飲んだミルクティーはもうすっかり冷めていて、カップを置いたら愛おしそうに私を見つめる貴澄と目が合った。



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