ある女の子を目で追っていた話 (鴫野貴澄) -ある男の子に目を奪われた話 貴澄side-

彼女に初めて気が付いたのは中学一年生の時の新人戦。秋に行われるその大会では、三年生はもう既に引退していて、一・二年生だけで構成された新チームになる。

中学の最初の大会でもユニフォームを貰っていた僕は、ありがたいことに新チームになるともう少しだけいい番号を貰えた。だけど試合に出してもらえたのはほんのわずかな時間だけだった。
それでもいつかの体育でハルや旭たちとやったように、ドリブルをついてボールを運んで先輩にパスを出して。先輩がゴールを決めてくれたからハイタッチをしながら自分たち側のゴールへと戻っていたら、敵チームのマネージャーであるはずの彼女がわぁっと目を輝かせて僕たちを見ていた。僕たちは敵なのに面白い子だなぁとその時は思っていたのに、いつの間にか気が付いたら大会の度に彼女を目で追うようになっていた。


彼女はいつも試合を熱心に観ているけれど、マネージャーの仕事にも一生懸命だった。それにやっぱり僕たち敵チームのプレイを観ても楽しそうに目を輝かせていた。
きっとバスケが好きなんだろうなって考えると僕まで嬉しくなるし、大会だからこれからバスケをするっていうのにバスケがもっとしたくなる。

好きなものに一生懸命になれるのはいいなぁ、かっこいいなぁなんて思いながら、だけど僕もそんな彼女にも彼女の学校にも負けないように部活に取り組んだ。


中学最後の試合は彼女の学校が相手だった。地区大会と言えども学校数がそれほど多くはないうちの地区では、同じ学校と何度も対戦することは少なくない。
勝って負けてを幾度となく繰り返している僕たちは、ライバルと言ってもいいような関係性で試合はいつも以上に熱気を帯びていた。

お互いに全力を出し切ったその試合が終わると、もうすっかり顔見知りになっていた僕たちは勝者も敗者も関係なく、すごかったな、そっちこそとお互いを称え合う。その様子を見ていた彼女も含めて三年生はみんな満足げに笑っていたのが印象的だった。


彼女を最後に見たのはその時。だけど高校入試の日、目の前にその彼女がいた。

そこにいるということは彼女もこの高校を受けるわけで。第一志望なのかは分からないけれど、お互いに受かったら同じ学校に通えるかもしれない。そういうことだ。
よし、と気合いを入れ直して再び教科書を見返す。この短時間で見ただけの教科書には意味があるのかは分からないけれど、それでも彼女も勉強しているようだったから僕も頑張ろうと思えた。


合格発表の日、友達と番号を確認しに行った。どうだった? 僕はこれと友達と話しながら少しの間その場所に留まってみたけれど、見に来る時間帯が違ったのか彼女の姿はなかった。


そして入学式の日。クラス分けが書かれた掲示板を覗き込む。自分の名前を確認して、後ろの方で待っていてくれた友達の元へと向かおうと回れ右をしたら、ずっと気になっていた彼女がいた。

「わお! ごめん。僕じゃまだった?」
「……え、いや! 大丈夫です」
「そう? なら良かった。ここどうぞ」

びっくりした気持ちと嬉しくて笑ってしまいそうになる気持ちをなんとか落ち着かせながら彼女に場所を譲る。ありがとうと笑ってくれたのが嬉しくて、同じクラスだといいねと僕も笑うとようやく友達の元へと向かった。


「貴澄、何組だった?」
「僕はね〜、」

友達と話をしながらも視線は掲示板の前の彼女へと向かう。

名前は知っているから何組なのか探したら良かったなって思ったけれど、今更また彼女の隣に行くのはなんだか照れくさくて諦めた。それにたとえ同じクラスじゃないとしてもきっとまた話す機会はあるだろうから。同じ学校だったと分かっただけで今はとても嬉しい。


「じゃあまた後で」

話を終えると友達と手を振ってそれぞれのクラスに分かれる。教室に入ると中学の時の知り合いがいて、鴫野の席はあそこだってと教えてくれたからその席へとやって来た。

すると隣の席の女の子はなんだか落ち着かない様子で。隣よろしくね〜と言ってはみたものの、なんとまさかの彼女だ。同じクラスで嬉しいって今すぐにでも言いたいところだけれど、彼女は僕を知らないはずだから気持ちを落ち着かせるために一度息を整える。

「すごい、本当に同じクラスだったね。こんなことってあるんだね」

そう言って笑ってみたら顔が緩んでいる気しかしなかったけれど、彼女もこれからよろしくねと笑ってくれたからそんなことはもうどうでもよくなった。

何の話をしようかな。やっぱり中学の時の部活のことかな? と考えながら荷物を置いて席に座った。すると彼女がちょうどこちらを振り向いたから思わずなんだろうと首を傾げる。

「同じクラスに知ってる子、いた?」
「うん、いたよ。小学校の友達とか中学の知り合いとか。あ、あとキミとかさ」

キミは知らないだろうけどと心の中で付け足すと、え? 私? と彼女が不思議そうに呟いた。

「うん、キミ。だってキミって○△中のバスケ部のマネージャーさんだったでしょ?」
「そうだけど……。知ってたの?」
「知ってるよ。だって大会で何度も会ったから」

そう言って笑えば、みるみるうちに頬が赤く染まった彼女が前髪を触りながら、そうなんだと呟いた。

「マネージャーの仕事をするのも試合を観るのもいつも一生懸命な子だなって思ってたんだ」

恥ずかしいのか顔を隠すようにして前髪に触れる仕草が可愛くてつい目で追ってしまう。……あれ、前髪。そういえば中学の時は前髪が長かったのに切ったんだ。こっちもいいなぁ、似合ってるし可愛いなぁ、なんて中学の時の彼女を思い出したついでにふと思う。

「そういえば前髪切ったんだね」
「……え? 前髪?」
「うん、前髪。中学の時は後ろの髪と同じくらいの長さじゃなかったっけ?」
「あ、うん。高校生だから切ってみた」
「そうなんだ。似合ってて可愛いよ」

心の中で思っただけだったはずの言葉は気が付いたら口からこぼれてしまっていて。目をぱちくりとさせた彼女と目が合ったからなんとなく今更照れくさくなって、あははと笑って目を逸らす。だけど顔が熱いなぁと思いながら両手で口元を覆うと再び口を開いた。

「うーん、どうしよう……。まさかキミと同じ学校だとも思ってなかったのにそれが同じクラスで隣の席だからって浮かれてるのかも、僕……」

今の気持ちを素直に口にすれば、彼女がなんでと呟いた。僕の緊張が少しでもキミに伝わって、僕のことが少しでも印象深くキミにうつっていたらいいのに。そんなずるいことを考えながらちらりと彼女の方へと視線をやった。

「……ずっとキミと話してみたかったんだ、僕。中学の頃から」

だから、改めてよろしくねと右手を出したら、彼女も右手で握り返してくれた。彼女の手は小さくて柔らかくて、僕の手とは全然違う。それがとても緊張するけれど、触れられるほど近い距離で話しているということが嬉しい。

「あ、ちなみに僕は鴫野貴澄ね。岩鳶中でバスケやってたんだ」

目を細めて笑ったら、知ってるよと返ってきたから、今度は僕が目をぱちくりさせる。

知ってるんだ。そっか。胸のあたりがあたたかくなった気がして口角が上がる。でもだったらもっと早くに、中学の時に話しかけてみたら良かったかも。なんて、今更そんなことを思ってみてももう遅いのだけれど。

だけど今度こそは彼女と過ごせる時間を少しでも無駄にしたくはなくて。だったら話が早いやと彼女の顔を覗き込む。


「バスケ部入らない?」

今までにキミと話したいと思っていた分も、キミとバスケを楽しみたいと思っていた分も、全部全部取り戻せるくらいにこれからキミと一緒に過ごせたらいいのに。
キミのことをもっと知りたいし、僕のことをもっと知ってほしいから。そしていつかもっとキミに近づけたらいいのに。

そんなことを思いながら話していたら、気が付いた時にはバスケ談義に花を咲かせて笑い合っていて、いつの間にかキミの笑顔で胸がいっぱいになっていた。




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