ある男の子に目を奪われてしまった話 (鴫野貴澄)

目を引くピンク色の髪にくりくりとした目。体中に音が響くドリブルに鮮やかなパス捌き。そして、リングに触れることなくスポッと綺麗にゴールへと吸い込まれるシュートに嬉しそうな笑顔──。


お兄ちゃんのミニバス時代最後の試合を観に来たはずが、私は一瞬にしてお兄ちゃんたちの対戦相手であるその男の子に目を奪われた。

その子から目が離せなくなった私は、それまではそれほど興味がなかったバスケが気になってお兄ちゃんに教えてもらったのだけど、全くセンスがないのかレイアップシュートすらも上手く出来なかった。それでも、バスケの楽しさを知った私はバスケを諦めきれなくて、中学校に入るとバスケ部のマネージャーとなった。



バスケ部のマネージャーとして初めて参加する大会は地区大会。地区内にある学校が集まって試合をして、県大会に出場する学校を決めるらしい。

先輩マネージャーと一緒にドリンクやタオル、作戦盤を用意したら練習の手伝いをする。シュートが外れたボールを拾ってはパスをしてを繰り返していたらあっという間に試合開始十分前のブザーが鳴ったから、慌てて自分の荷物を掻き集めて二階の観覧席へと移動した。私がここでするのは声出しとスコア書き。とはいえ、スコアはまだ練習段階だけど。

──岩鳶中学校、っと……。

さっき貰った名簿を元に、相手チームの学校名と選手の名前を書き入れる。スコアの書き方を頭の中でおさらいするものの、まだまだいっぱいいっぱいで試合をじっくり観ている余裕はなさそうな気がする。それでも、相手選手の名前と背番号とを照らし合わせるべく、相手コートへと視線をやった。

4番はあの人……で、キャプテン。それで5番はあの人。

ちょうど背番号順でベンチに座っているらしく、スコアと相手ベンチを交互に見る。すると、一番奥になんだか見覚えのあるピンク色の髪が見えたから急いでスコアの名前を確認する。

……鴫野貴澄くん、一年生。

再び相手コートへと視線をやって一番奥を見る。間違いない、あの男の子だ。

同い年だったんだ。一年生なのにもうユニフォーム貰ってるんだ。すごいなぁ……。

今自分で書いたばかりのその名前を指でなぞって再び顔を上げたら、ちょうど鴫野くんが隣の人と話して笑っていた。あの時、目を奪われたのと同じその笑顔から目が離せなくて思わず胸が高鳴る。

試合中はそれでもなんとかスコアは書けたけれど、少しだけ試合に出ていた鴫野くんを見た時には少し顔が熱くなったような気がした。



同じ地区の岩鳶中とは、鴫野くんの名前を初めて知った大会以降も何度も会った。学年が上がるにつれチームの欠かせない存在となっていった鴫野くんは、大会で見かける度に上手くなっていた。仲間とハイタッチをして笑う鴫野くんは本当にバスケがとても大好きなようで、敵チームのはずの私までもが嬉しくなる。

どんな時も大会の前日はいつも楽しみだった。だって鴫野くんのプレイが、笑顔が見られるから。だけど、マネージャーとしての自分の仕事はちゃんと全うしたし、鴫野くんの応援はしていない。……いや、もしかしたら鴫野くんのプレイを見て、わぁって声が漏れ出ていたことはあるかもしれないけども。

大会の時だけではなくて大会ではない時にだって、鴫野くんは今何の授業をしているのだろう。どんなお弁当をどんな友達と一緒に食べているのだろう。と鴫野くんへの想いは募っていく。

それでも、話そうと思えば声を掛けることだって出来る大会で、言葉は交わせないまま一方的に彼のプレイを見ているだけの私のことは、鴫野くんは名前どころか顔も知らないのだろう。そのことに悲しくなったこともあったけど、勇気の出ない私が悪い。

憧れだったはずの鴫野くんへの想いは、いつの間にか恋心に変わっていた。
そうして私のひっそりと抱いてきた恋心は高校生へと持ち越されるはずだったのに、高校の入学式で鴫野くんを見つけた。



クラス分けが書かれた掲示板に集まる人だかりの中には見覚えのあるピンク色の髪がいる、鴫野くんだ。

今までユニフォーム姿やTシャツ姿の部活の格好しか知らなかった鴫野くんが、まだピシッとした真新しい制服に身を包んでいる。

同じ学校だったんだと高鳴る胸を押さえて私も掲示板に近付いた。少し前の方にいる鴫野くんは、中学の時の大会でも感じた通り背が高くて、当たり前だけど背伸びをしたって全く敵わない。背伸びをして戻ってを何度か繰り返していたら、いつの間にか目の前にいた鴫野くんがこちらを振り向いた。

「わお! ごめん。僕じゃまだった?」
「……え、いや! 大丈夫です」
「そう? ならよかった。ここどうぞ」

何度も遠くから見てきた笑顔が自分に向けられる。ありがとうとお礼を言ったら、同じクラスだといいねと笑顔を残して鴫野くんは友達の元へと駆けて行った。

鴫野くんから譲ってもらった場所から掲示板を見上げて自分の名前を探す。なんとか見つけて同じクラスの知り合いを探せば、そこには鴫野くんの名前もあった。同じクラスだったの! と事情を知っている友達に報告したら、すごいじゃんやったね〜と自分のことのように喜んでくれた。


今日から一年間過ごす教室に入ると中学の時のクラスメイトがいた。同じクラスで良かったねなんてお互い笑い合ったら、黒板に書いてある席に座るんだってと教えてくれた。

自分の席を確認して机の上に荷物を置くと座ってみた。落ち着かなくてそわそわ辺りを見回していたら隣の席に人がやって来た。その人を見上げると鴫野くんで。こんなにいい事ばかりあっていいものかと思うほどに今日はツイている。

「隣よろしくね〜。……て、あれ? さっきの子だ! すごい、本当に同じクラスだったね」

こんなことってあるんだねと笑う鴫野くんにつられて、こちらこそよろしくねと笑ってみたもののなんとなくぎこちなくなっているような気がする。

鴫野くんが荷物を置いて席に座ったのを確認すると、一度深呼吸をしてからなんてことはない世間話を振ってみた。

「同じクラスに知ってる子、いた?」
「うん、いたよ。小学校の友達とか中学の知り合いとか。あ、あとキミとかさ」
「え? 私?」

突然発せられた言葉に情けない返事をしたら、うん、キミと鴫野くんがこちらを見て笑った。

「だってキミって○△中のバスケ部のマネージャーさんだったでしょ?」
「そうだけど……。知ってたの?」
「知ってるよ。だって大会で何度も会ったから」

ぼっと熱くなったような気がした顔を隠すように前髪を触りながら、そうなんだと呟く。すると、マネージャーの仕事をするのも試合も観るのもいつも一生懸命な子だなって思ってたんだと鴫野くんはやっぱりこちらを見て笑うから、恥ずかしくなって目を逸らした。

「あ、そういえば前髪切ったんだね」
「……え? 前髪?」
「うん、前髪。中学の時は後ろの髪と同じくらいの長さじゃなかったっけ?」
「あ、うん。高校生だから切ってみた」
「そうなんだ。似合ってて可愛いよ」

思ってもみなかった言葉に驚いて鴫野くんを見たら目が合った。あははと笑った鴫野くんが今度は目を逸らすと頬を赤く染めた。

「うーん、どうしよう……。まさかキミと同じ学校だとも思ってなかったのにそれが同じクラスで隣の席だからって浮かれてるかも、僕……」

両手で口元を押さえて鴫野くんがそう言うから、なんでと小さく呟いたら、ちらりとこちらへと視線をやった鴫野くんも呟いた。

「……ずっとキミと話してみたかったんだ、僕。中学の頃から。だから、改めてよろしくね」

緊張しながらも差し出された手を取って握手をしたら、あ、ちなみに僕は鴫野貴澄ね。岩鳶中でバスケやってたんだと鴫野くんは目を細めて笑った。知ってるよと言ったら、だったら話が早いやと笑った鴫野くんは顔を覗き込んできて言った。


「バスケ部入らない?」


思いもよらない幕開けになった高校生活だけどとても楽しい日々になりそうだと思いながら、しばらくの間、鴫野くんとバスケ談義に花を咲かせた。

いつか、中学生の時よりもずっと前からあなたを知っていて、その時からきっとずっとあなたが好きですと伝えられたらいいなと思いながら。



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