私たちにとって良いことは (鴫野貴澄)


「テストも終わったことだしそろそろ席替えしようかと思って先生、クジ作ってきたからこれから席替えするからな〜」


そんな担任の一言から始まった突然の席替えは私たちクラス一同を大盛り上がりさせた。



順番にクジを引いては、黒板に書かれた座席表の番号と見比べて一喜一憂する。

遠くなったねとか、やった涼しい場所だわとか。そんな各々の思いを乗せた声が響く教室は、他のクラスは真面目にホームルーム中であるということはどうやら頭にないらしい。まあ私も新しい席に移動してからハッとしたから人のことは言えないのだけれど。


◇◇


この間までは窓側から三列目の四番目というなんともパッとしない席だった。だけどその席が居心地が悪いわけではなかったし、近くには仲良くなった子もいた。進級してから三ヶ月間ずっとその席だったからそれなりに愛着もあった。

それでも、そんなことを忘れてしまうほどに新しい席は個人的には良い席で。今度の席はグラウンド側から一列目の一番後ろ。
誰にも邪魔されずに一人の世界に浸れる席というのは特別感があると思う。そしてこの席こそが私にとってはそういう席で。
もちろん授業はちゃんと聞くけれど、たまにはグラウンドや空にある雲を眺めたり出来るな。そんなことを思いながら移動したばかりの席に腰掛けてから窓の外を眺めた。

すると先程までの青空が嘘のように西からどんよりとした灰色の雲がやって来ていた。そういえば天気予報で午後から雨だと言っていた。ツイてないなぁ。ふとそう思った時に、たった今、良いことがあったから今度は雨で悪いことがあるのかもしれないという考えが頭に過ぎる。

良いことの後には悪いことがあって、悪いことの後には良いことがある。人生とはそういうものだ、なんて席替えに対してどう考えても大袈裟だけれど。
心の中で自分で笑って、はぁーっと息を吐く。すると突然、声を掛けられた。

「キミはこの席、嫌だった?」

少し残念そうなその声色に隣を向いたら鴫野くんがいて、どうやら隣の席に腰掛けているからそこが鴫野くんの席なのだろう。

「あ、鴫野くん隣だった? よろしくね」
「うん、よろしくね」

目を細めた鴫野くんにつられて笑い返せば、鴫野くんはすぐに眉を下げては首を傾げる。

「みょうじさん、その席嫌なんだ?」
「え!? ううん! そんなことないけど!」

思いっきり首を左右に振れば、鴫野くんは力が抜けたようにして笑い出す。一体何がそんなに彼を笑わせてしまったのかとじっと鴫野くんを見たら、ふふっと鴫野くんは優しく笑う。

「やっぱりそうだよね。その席、良い席だからさ、男子で盛り上がってたんだよ、そこがいいなーって」
「女子もだよ。四隅の席って人気だよね」
「なんか良いんだよね、特別って感じがして」

鴫野くんは楽しそうにニコニコしながら、でもここも良い席だと思わない? と机に触れながらどこか自慢げだ。そんな鴫野くんを見ていると何故だか私まで楽しくなってくる。

「確かに。そこも良い席だね」
「あはは、だよね」

他愛もないことだけれど、鴫野くんとの話は盛り上がった。それはもう、テスト明けで部活が休みだからと放課後に突入するほどに。


「そういえば鴫野くんとちゃんと話したの初めてだったね」
「やっぱりそうだよね。でもみょうじさんと話すのは思ってた通りやっぱり楽しいや」
「……あとさ、鴫野くんが私の名前知ってるとは思わなかった」
「も〜、キミは僕のことをなんだと思ってるの」

鴫野くんがそれまでで一番楽しそうに、目を細めて笑うから少し恥ずかしくなって。そういえばいつも一緒に帰ってる友達はよかったのかなって今更思ったりもして。

「そんなことないよ」

再び首を左右に振れば、鴫野くんはこちらをじっと見ながら頬を膨らませた。

「えーそんなことあるんだけどなぁ」

その反応につられて、顔がドッと熱くなる。一瞬にして熱を帯びた顔はどうやら中々冷めてはくれなさそうだ。

「良いことの後は悪いことがあるから、喜ばしてもダメだよ……!」
「あはは、僕が思ったことを言っただけなのになぁ。だから良いことではないからさ、悪いことは起こらないんじゃない?」

眉を下げて笑う鴫野くんの頬が少し赤く染まっていて。やっぱり私の顔は熱くなる。

「ほら、雨雲もどこか行ったみたいだしさ」

そろそろ帰る? と鴫野くんが立ち上がる。


そのままの流れで一緒に帰ることになったら鴫野くんが、良い席になった後にも雨が降らないっていう良いことも続けてあるものだよと笑った。
だけどそれもこれも私にしてみれば、鴫野くんがいたからこそ分かったことで。

「それにキミと今一緒に帰れていることも僕にとっては良いことだよ」

鴫野くんがふふっと笑った。そんな彼の横顔を見ていると、鴫野くんの考え方って素敵だなと思った。

そしてそんな鴫野くんの隣の席になれたことが私にとっては良いことで。そんな鴫野くんの隣の席で悪いことが起こるわけがないと、先程大袈裟に思ってしまった自分を笑い飛ばした。

すると鴫野くんはやっぱり楽しそうに笑っていて。もう今から明日からの学校が楽しみで仕方なかった。


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