大好きな人の特別な日 (鴫野貴澄)



大好きな人のお誕生日。その日には、うんと可愛い私になって、ありったけのおめでとうという気持ちを込めて彼に喜んでほしいと思う。

そして今日がその私の大好きな人、貴澄くんのお誕生日。
お店のマネキンが着ていたらあんなにも可愛く見えたこの服たちは、私が着たら可愛いのかよく分からない。それに日付けが変わるまで『おめでとう』を言うために待機していたからなのか、なんだかお化粧のノリも悪かったような、そんな気がする。それでも少しでも私の理想の可愛い自分に近づきたくて前髪を整える。なんか変になっちゃったかな、これで大丈夫かな、なんてもう何が正解なのかも分からない。
そうして一人で頭を悩ませていたら視界に入ってきたのは大好きな彼の笑顔だった。

「……貴澄くん!」
「あはは、お待たせ、なまえ。相変わらず早いよね」

そう言って小走りでやって来た貴澄くんは笑うけれど時間を見たらまだ待ち合わせよりも早くて。いつも私が早く来すぎてしまうからって貴澄くんにまで早く来させるはめになっていて申し訳ないとは思うけれど、それでも嫌な顔を全くしないどころか「これで今日はたくさん一緒にいられるね」って目を細めて笑う貴澄くんが好き。
嬉しくて愛おしくてぎゅーっと腕に抱きつけば「わお、キミ大胆だね」と貴澄くんは眉を下げた。するとこちらを見ながら笑っていた貴澄くんが「あ、そういえば、」と口を開く。

「そういえば?」
「そういえばこれがこの間買ったって言ってた服でしょ? わぁー、本当だ。可愛いね」

ニコニコと笑う貴澄くんは頭を下げて顔を覗き込んでくる。貴澄くんが可愛いと言ってくれるのはいつものことなのにやっぱりまだ慣れなくて思わず俯いてしまう。すると耳にかけていた髪がはらはらと落ちてきて髪で顔が隠れた。

「……この服、マネキンがね、お店で着てて可愛かったんだ」
「キミに似合ってるよね」
「私が着たら可愛いのかは分からないけど」
「えーそんなことないよ」

ぷうっと頬を膨らませた貴澄くんは、抱きつかれていた私の腕からするりと抜け出して正面に回るとつま先から頭の先までじっくりと見た。その視線が恥ずかしくてまた俯いてしまうと、貴澄くんはふふっと笑顔になって愛おしそうに私の名前を呼んだ。

「やっぱりキミは可愛いよ。だって今日は僕とお出かけだから、僕のためにうんと可愛くしてくれたんでしょ? だったら可愛いに決まってるよ」

根拠も何もないのに貴澄くんは自信満々に、さも当たり前のように言ってのける。それがものすごく嬉しくて少し照れくさいけれど、それでも自然と貴澄くんと同じ笑顔になっていく。

「貴澄くんがそう思ってくれてるならそれが一番いいや。ありがとう、貴澄くん」
「いいえ、どういたしまして」

そう言ってはにかむなり差し出された手を取れば、きゅっと指を絡めた貴澄くんが歩き出す。だけど貴澄くんはすぐに再び立ち止まるとこちらに向き直った。

「……あ、そうだった、髪」

さっき落ちていった髪が貴澄くんの指に掬われて、また元あった位置へと戻る。貴澄くんが近づいてきたから思わず息を止めてしまって苦しかったけれど、貴澄くんが離れていったらふわりといい匂いがした。貴澄くんの匂い、だ。そのことで思考が止まってしまっていたけれど、貴澄くんに手を引かれていた今の状況にハッとして繋がれていた手に力を込める。

「貴澄くん! 今日は私が貴澄くんを楽しませるから」
「わお、そうだったね。ごめんごめん」

あははって眉を下げて笑った貴澄くんは一歩下がって私の隣に並んだ。それから一緒の速さで歩きながら「それで、どこに連れていってくれるの?」と楽しそうに首を傾げた。

「まずは前に貴澄くんが気になってるって言ってたカフェに行って、それから映画を観に行くの。それでその後は今はバラが綺麗な時期だから見に行きたいなって。……どうかな?」

貴澄くんに喜んでほしくてずっと前から考えていたプランを恐る恐る話す。だけど何も反応がないから思わず心配になって信号で止まったついでに貴澄くんを見上げたら、目をぱっちりとさせていた貴澄くんと目が合った。

「……デートだ。楽しみだね」

目を細めて笑う貴澄くんの頬が赤い。それにつられて私の顔も熱くなる。

「……もう何回もしてるよ、デート」
「そうだけどさ。やっぱり何回目だって好きな子とのデートは楽しみなものじゃない?」
「それは確かに」
「あはは、そうでしょ。だから僕、昨日ちゃんと寝られなかったもん」

貴澄くんが困ったように笑うから驚いてしまうと「もう、キミは僕のことなんだと思ってるの? キミといるといつもドキドキしてるのになぁ」と不服そうに唇を尖らせながら睨まれた。

「知らなかった……。貴澄くんはいつも私のことを分かってくれててすごい人だなぁって思ってたから」
「えーそれだけ?」
「あと、可愛いって言ってくれたりふわっといい匂いがしたりさりげなく手を繋いでくれたり、そういう所も……」

いつも思っていたことをつい口に出してしまってからハッとしてももう遅い。繋いでいた手も顔も何もかもが全部熱くて貴澄くんの顔がちゃんと見られない。だけどこういう時に貴澄くんは、決まって嬉しそうに私を見つめてくれていることを知っている。

「そういう所も、の続きが聞きたいんだけどな」

その言葉で呼ばれたように貴澄くんの方を振り向けば、やっぱり嬉しそうに眉を下げながら目を細めて私を見つめてくれていて。

「やっぱり言わないと分からない?」
「分かるけど、なまえの言葉で聞けたら嬉しいんだけどな」

ふふっと笑う貴澄くんの頬はやっぱり赤く染まっていて。その表情に胸がきゅっとなる。

「……そういう所も、全部、大好きです」

ぽつりぽつりと途切れ途切れになんとか言葉を紡いでいくと、繋いでいなかった方の手まで笑顔の貴澄くんの指に捕まり絡まった。

それから、

「前髪が決まらないって悩んでるキミも、可愛いって言ったら照れてるキミも、かっこよく僕をエスコートしてくれるキミも、全部全部大好きだよ」

顔を覗き込んできた貴澄くんが近づいてきて、目をつぶると唇が重なった。



「……あ、お誕生日おめでとう」
「あはは、ありがとう」

本日二度目のお誕生日の言葉を交わすともう一度キスをした。
少ししてからようやく周りに人がいたことに気がついたけれど、貴澄くんは「なまえのおかげで素敵な誕生日だよ。僕って幸せ者だよね」と悪戯っぽく笑った。


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