アルバイトの理由 (桐嶋郁弥)

アルバイトを始めた。


僕が働くお店の向かいでは今日も僕の好きな子が店番をしている。

彼女を目で追いながら、僕がここでアルバイトをすることにしたのは彼女がいるからではないし、もっと僕にあっているだろう職種ももっと割のいいアルバイトもあるし、と自分で自分に言い訳をする。

ずっと見ていたらガラス越しに彼女と目が合って、彼女が笑顔で手を振ってくれたから僕も小さく振り返した。

昔から忘れられなかった女の子と東京で再会した。彼女は昔の綺麗だった黒髪をこげ茶色に染めて、お化粧もしていて変わってしまった。綺麗に可愛くなった。それはいい事だとは思うけど、彼女が素敵だということに僕以外に気がつく男がいるのだとしたらそれは全く面白くない。

だから僕は今日もアルバイト終わりに彼女と待ち合わせをする。


「ごめん。遅くなった」
「私も今バイト終わったところだから大丈夫だよ」

僕の姿を見ると彼女が両手を上げて伸びをする。そんな彼女の隣に並ぶと僕は肩や背すじなんかに力が入ってしまう。

「郁也くんもうバイト慣れた?」
「……いや、まだだけど」

彼女を見ていたら、彼女がこちらに振り向いたから慌てて視線を逸らす。

「一緒のバイトだったら私が分かることなら教えられたのになぁ」

少し残念そうな声色で笑う彼女は、ずいっと僕の顔を覗き込むと見上げて言った。

「な、なに?」
「なんであのバイト選んだの? 郁也くんぽくない気がするけど」
「それは……、」
「……それは?」

彼女は首を傾げる。昔と変わらないくりくりとした目に見つめられて恥ずかしくなったから横を向く。すると顔が熱いことに気がついた。

僕があそこでアルバイトをしている理由。それは彼女が働いている姿をこっそり見れるから。だけどそんなこと、伝えられるわけがなくて。

「ちょうどアルバイト募集してたからだよ」
「それならうちのお店も募集してたのに」

彼女がふふっと笑う。大人っぽくなった君に負けないように僕だって大人っぽくなりたかったんだ。だったら君に仕事で失敗してカッコ悪い姿は見せられない。

「それは、知らなかったから」

言わなかったっけ? と不思議そうに言った彼女の横顔がやっぱり綺麗で可愛くて、僕はまた緊張した。これを糧に慣れないアルバイトも頑張れてはいるけど、一緒に歩く帰り道は幸せで大変なんだ。



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