隣の桜 (鴫野貴澄)

桜のトンネルをくぐって通い慣れた学校へと向かう。

毎年ならもう散り始めていたり散っていたりする桜も、今年は開花してから寒い日が多かったからとかなんとかでちょうど今が見頃だ。
見上げれば一面ピンク色の景色に春だなぁと胸が高鳴る。

今日は新年度の始業式でクラス替え。
友達と同じクラスには慣れるのか、担任は誰なのか、教室は遠すぎないのかと色々なことが楽しみで心配で足取りはふわふわしてしまう。だけどそんな私たちなんて気にせずに桜は今日も綺麗に咲いている。


◇◇


「……ここか」

今日から始まる新しい教室、新しいメンバーでの一年。その一歩を、ノートの一ページ目みたいに大切に始めたくて息を整える。なんて、こんなのただの思いつきなんだけど。
しかし、よしと一歩を踏み出した瞬間、誰かにぶつかられて私はよろけるようにして教室へと入った。

「わお!ごめんね!大丈夫だった!?」

降ってきた声を頼りに顔を上げると少しつり目がちなピンク色の髪をした男の子が立っていた。眉を下げて心配そうに私の顔を覗き込んできている所を見るときっと悪い人ではなさそうだ。

「うん、大丈夫だよ。私こそあんな所に突っ立っててごめんね」
「いやいや僕の方こそちゃんと前見てなくて」

私が。僕が。とお互いに謝り合う。それも教室に入ったすぐの所で。

それがなんだか可笑しくて、ふふっと笑えばその男の子も、あははと声を出して笑った。

「今日から一年よろしくね」
「こちらこそ」

もう一度目が合うと笑い合った。彼の笑顔は通学路で見た桜を思い出させた。


──それにしてもさっきの子はなんて名前だったっけ……?

今まで話したことはなかったけれど、よく廊下で友達と話したりじゃれあったりする姿を目にしていたから顔は知っている。席順の名簿でそれとなく探してみたけれど、どれがその子の名前なのかを見つけることは出来なかった。

でも聞いたことはあるはずなんだけどなぁ……と頭を悩ませていたら、隣の席から物音がした。顔を上げたら先程の彼で。やった〜、キミの隣だと目を細めていた。

「僕たち縁があるね」
「ふふ、確かにそうだね」

そうしてもう一度笑い合うと、一時間目は何がいるんだっけと鞄から筆箱を取り出している彼を時折横目で追う。

ピンク色の髪にあの笑顔。話をしやすいあの雰囲気。名前は確か覚えやすかった。それらを頼りに廊下で友達と楽しそうにしていた彼を再び思い出す。するとぱっと一つの名前が思い浮かんで。

「……あ、きすみ!」

そうだ。きすみだ。きすみって呼ばれてた。

ずっと気になっていたことが思い出せてすっきりしたから一息ついた。だけど慌てて口を押さえる。だってここはその彼、きすみの隣の席だから。

聞こえてたかなと恐る恐る彼がいる方へと視線を向けたら、まんまるな目をした彼がこちらを見ながら口を開けて固まっていた。そして目がバチッと合うと彼は眉を下げて笑った。

「うん。僕、貴澄だよ」

ふふっと笑った彼の笑顔はやっぱり桜みたいで胸が高鳴ったような気がした。だから少し恥ずかしくて視線を逸らす。

「ごめんね、突然名前で呼んで」
「ううん、嬉しいから気にしなくていいよ」
「私、あなたの名字は知らなくて……」
「鴫野だけど、さっきみたいに貴澄って呼んでくれると嬉しいな」

眉を下げる彼は悪戯っぽく笑いながらじっとこちらを見てそう言った。

「……貴澄」
「うん」

嬉しそうに返事をすると、照れくさそうに目を細めた彼の笑顔に擽ったくなる。

私の隣の桜もどうやら満開のようだった。


[ 8/24 ]

[*前] | [次#]

[目次]

[しおりを挟む]
[top]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -