また、出会う (椎名旭)

「よっ、久しぶり」


名前を呼ばれて思わず足を止めて辺りを見回す。

知り合いはほとんどいないはずの東京。周りには見知った顔は誰もいない。ということは呼ばれたのは私ではなく、同じ名前の他の人だったのだろうかと考えながら再び足を踏み出せば、ちょっと待てと誰かに腕を掴まれて立ち止まった。優しく腕を掴む大きな手に心当たりなんてないから恐る恐る声がした方を振り向く。すると赤い髪をした同じ年ぐらいの男の子がいて、なんだか懐かしいような見覚えのあるような気がした。

「お前、俺のこと覚えてないのか? 岩鳶中だったろ、お前」
「そうだけど……」

突如として出てきた地元の名前を発する男の子を怪訝に思いながら顔をしかめて、だけど地元を頼りに記憶を辿る。しかしいくら考えたって、こんな背が高くてがっしりした赤髪の爽やかな男の子なんて出てこない。

「……あの、あなたは?」

はぁー、と溜息をついたのか息を整えたのか腕を離してくれた男の子は改めてこちらに向き直って言った。

「俺だよ、椎名旭。覚えてない?」

顔の横で作られたピースと椎名旭という名前。それから赤髪に地元、岩鳶。その特徴に思い当たるのは一人しかいなくて。久々に出会えたその人に興奮を抑えられぬまま私は声を上げた。

「……え、旭!? 覚えてる!!」
「おぉ、まじで!? やった!」

ガッツポーズをして喜ぶその男の子は、私が知っている中学生の頃の旭とは全然違っていて。だけど背も身体つきも大きくなっている彼は、あの頃と同じで眉を釣り上げると目を細めて笑った。そんな旭が懐かしくて見ていたら、ふと視線を逸らされてしまったけれどまたまっすぐにこちらを見ながら旭が口を開いた。

「……なぁー、ところでお前ってさ。今って時間、あったりするか?」

旭にしては歯切れの悪い、途切れ途切れの言葉。それから首元にやられた手と再び合わなくなった視線と赤い耳。それらに意味なんてないのかもしれないけれど、どこかで期待をしてしまう自分もいて。空いてるよ! と答えたら、相変わらず元気だなお前と旭が懐かしそうに笑った。


──


知らないけれど知っている旭が数年振りに目の前に現れて、今、一緒にお茶をしている。分かっているのだけれど分からないこの状況に、私は目の前の紅茶にお砂糖を溶かしながら頭をフル回転させる。


旭、と言えば私の中ではちんちくりんの男の子で。

いつも元気で笑わせてくれて。自分が悩んでいる時でさえも人のことを考えてくれている、そんな優しい子だった。少し大きな制服がいつになったらぴったりと似合うようになるのだろう、そんなことを考えながら貴澄くんたちと楽しそうに騒いでる姿をいつも見ていた。だけど制服の大きさがぴったりになったのを見届けることなく旭は転校してしまった。連絡先は聞けなくて、かといって先生や貴澄くんに教えてもらう勇気はなくて。

もう旭とは会えないんだ、話せないんだと思うととても寂しくて何度も泣いた。中学生の私には県外というだけでとてつもなく遠くて、もう二度と会えないとすら思った。

旭の笑顔を見て嬉しくなったり、話せないと分かって寂しくなったり、夢に出てきた姿に会いたくなって涙を零したり。あれが恋だと気が付いたのはいつだっただろう。気が付いた時には旭はもういなくて結局伝えられずじまいだったけれど、きっとあれが初恋だった。いつまでも忘れられなかった。


そして大学生になった今、その旭が目の前にいる。

あの頃と比べてカッコよく成長した旭は、コーヒーを飲みながら時折何かを言いたそうに口を開いて、だけどまたすぐに口を閉じる。私も旭と久々に会ったから話したいこと聞きたいことはたくさんあるのに、何から言っていいのか分からない。それでも何でもいいから声を聞きたくて口を開く。

「あの、本当に旭? 椎名旭だよね?」

突然ユーレイなのかとでも聞かれた旭は、コーヒーを置いてふはっと吹き出した。

「おう、心配しなくたって椎名旭だぜ。ほら、足だってちゃんとあるだろ」

机から片足を出して見せてくれる旭に、ごめん知ってると呟くと自分の今の言動が恥ずかしくなって小さくなってしまう。だけど旭が、……いや、つーかさ、と私に負けないくらいの自信のないような小さな声で呟くからそれが物珍しくて顔が上がる。

「……俺の方こそ本当にお前だとは思わなかったからびっくりした」
「それってどういうこと?」

頬杖をついた旭は横を向いて呟いた。赤くなっている耳にやっぱり期待をしてしまって次に紡がれる言葉を待つ。

「……転校した後もお前のこと忘れらんなくて。何回も夢に出てきたから会いたすぎて幻でも見たのかと思った。それに、お前が東京にいるはずないとも思ったしな。でもお前だったから声掛けて良かった」

その言葉一つ一つを聞き逃したくなくて旭をまっすぐ見る。

数年振りに会ったのだから人違いかもしれない。たくさんの人が行き交うこの東京で、きっと旭はたくさんの勇気を出して私に声を掛けてくれたのだろう。私もそんな旭に負けないくらい勇気を出して伝えたい。頬を掻いている旭を見ていたらそんなことを思った。そして目が合うと旭がはにかみながら笑った。

「お前とまた会えてめちゃくちゃ嬉しい。ずっと会いたかった」

少し大人びた旭の笑顔に昔みたいに胸が高鳴る。その胸の高鳴りを鎮めるべく手をきゅっと握りしめると私も精一杯笑ってみせた。

「私も会いたかった。ものすごく嬉しい。声掛けてくれてありがとう」

身を乗り出せば思わず近付いた顔に驚いて反射的に逸らしてしまう。だけど今度は私からどこかに誘ってみようと心に決めたからもう一度旭を見つめると笑顔を返してくれた。

私が口を開くのを待っていてくれる旭なら絶対に喜んでくれるだろうから。だから今度は私が勇気を出すんだ。

「また、私と会ってくれますか?」

一瞬動きが止まった旭は、次の瞬間には頬を染めながら目を細めて笑った。


「俺でいいならもちろん! それにせっかく再会出来たんだ。お前と話したいことがいっぱいあるからな!」

旭の笑顔は、昔と変わらずとても眩しかった。



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