寒いのもたまには悪くない (鴫野貴澄)

「「ただいま〜」」


夜もどっぷりと暮れた頃。

家事を済ませたお昼前に家を出て、お店を見て回ったりカフェに入ったりしてから、夕飯まで食べて。一日を満喫して再び家に帰ってきた私たちは声を合わせて玄関の扉を開けた。

すると家の中はひんやりしていて、どこからか風が吹いているらしくベランダのカーテンがなびいていた。
嫌な予感がして貴澄と顔を見合わせてからベランダのカーテンを開けてみると予想通り窓が全開で。秋の夜長の涼しいどころか冷たい風が、これでもかというくらいに吹き込んでくる。
慌てて窓を閉めたものの風が吹かなくなっただけで寒いことには変わりがない。

だけど不幸中の幸いとでも言うべきか今夜は星空の綺麗な夜で、ただただ寒いだけで雨が降ったりはして家の中が濡れているわけではいない。
それでも、外から帰ってきたばかりの私たちにとって、床から直接足先へと伝わってくるこの寒さは溜息をつくには十分だった。

……ああ、やっちゃったなぁ。窓開けっ放しで出掛けちゃった。

今日はせっかくの貴澄とのお出掛けの日で、ずっと前から楽しみにしていた。それなのに最後の最後がこんなだなんて……。

はぁ、と溜息をついたら隣で貴澄が肩を震わせていた。そんなにも寒いのかと思い、大丈夫? と肩を叩けば、あはははと貴澄が吹き出した。

「窓、開けたまんまで出掛けちゃったね。ものすごく寒いや」

お腹を抱えて貴澄が笑い込む。確かにもう笑うしかないなとつられて笑えば、そんな私を見て貴澄が更に笑った。


「どうする? エアコンつける?」
笑い過ぎて目尻から流れた涙を指で拭っている貴澄に問いかければ、あはは。そうだね。そうしよっかと言って貴澄が再び笑い出した。


──


「……あのー、貴澄? これは一体……?」

僕の腕に包まれた彼女が首を傾げる。

「だって寒いでしょ?」
「それはそうだけど……」

お出掛けから帰ってきたらベランダの窓が全開だった。
あのテレビ番組を観ながら冷蔵庫に入ってるプリンを食べようね、なんて嬉しそうな彼女と話をしながら帰ってきたのに家の中は心休まるどころか笑えるくらいに寒くって。
エアコンをつけることになったけれど、すぐに暖まるわけなどなくまだまだ寒い。だから毛布を引っ張り出してきて彼女を抱きしめると、一緒に毛布にくるまった。

「テレビ観る?」
「そんな気分じゃなくなった」
「まあ録画してあるからまた今度観ようか。それじゃあプリンは食べる?」
「もっと寒くならない?」
「そうだよね」

ふふっと笑うと彼女をきゅっと抱きしめる。窓を閉め忘れたってことを気にしてるのが可愛い。

「窓を閉めるのを忘れたくらい、僕は全然気にならないよ。というか僕だってちゃんと見なかったから悪いんだしさ」

彼女の肩に頭を預けると毛布の中で手が繋がれた。指先だけ掴まれていたそれを彼女の指と絡めると、彼女は小さく呟いた。

「貴澄はすごいよね」
「何のこと?」

不思議に思って彼女の肩の上で首を傾げれば、彼女は擽ったいと言って笑った。

「だって窓が開けっ放しで家の中が寒くって。その状況を楽しめるんだからすごいよ」

その言葉に目をぱちくりさせると、こちらを見てきた彼女とふと目が合った。

「いいな。私も貴澄みたいになりたい。失敗しても笑い飛ばせるくらいに強く、ね」

そんなことはないよと目を細めて笑えば、彼女の肩から頭を上げて真っ直ぐに彼女を見つめる。

「僕が強いかは分からないけど、キミが落ち込んでしまう前には僕が笑わせてあげるから任せてよ」

ありがとうと彼女が笑う。その笑顔はなんだか泣いているようにも見えて。笑わせてあげると約束したそばから泣かせてしまったのかと思い、慌てて彼女を抱きしめる。

大切に、優しく強く彼女を抱きしめる。

家の中は相変わらずひんやりとした空気のままだけれど、毛布の中だけはあたたかくて。この子のことをこれからもずっと大事にするんだという気持ちが強くなる。

「貴澄、」
「どうしたの?」
「好きだよ」
「……え」

彼女が顔を近付けてきて僕の唇にそっと触れる。先程までとは違って悪戯っぽく笑った彼女に突然キスされた。
そのことに驚いた僕は、でもやっぱりそろそろプリン食べない? と毛布から抜け出して、ひんやりとした家の中の空気で熱くなった顔を冷やすしかなかった。

プリンとスプーンを持って彼女の隣に戻る。すると彼女が貴澄といるといつも幸せだよと笑うから、再び顔が熱くなったような気がした。だけどそんなことは気にせずに、僕もだよと笑って答えると彼女と一緒に再び毛布にくるまった。


僕が強いとしたらそれはキミといるからで。寒くても熱くても楽しいのはキミがいるからで。キミと一緒だったら窓を閉め忘れてしまったとしても、たまにだったらそれもいいのかもしれないなんて思った。

そんなキミと食べたプリンは、言うまでもなくとても美味しかった。



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