雨の中の誕生日 (栄口勇人)


ミーティングを終えた後、教室に忘れ物をしてしまったオレは、そそくさと帰っていった野球部のヤツらに置いていかれてしまった。みんな薄情だなァなんて思いながらも、でも早く家でゆっくりしたいかとも思って、オレも家に帰るべく下駄箱へと向かっていた。すると同じく帰ろうとしていたらしい、彼女と出くわした。

「あれ? みょうじさんも今帰り?」
「そうだよー。栄口くんは?」
「オレも。今日はミーティングだけだったんだ」
「そっか。……栄口くんは今日も自転車?」
「電車だよ。朝練もなかったし雨降ってたからさ」
「……そっか」

彼女が嬉しそうに再びそう言った。そんな彼女の笑顔を眺めているうちに彼女は靴を履き終えていたから、オレも慌てて靴を履き替える。そうしてオレも靴を履き終えたのを見た彼女は、オレの足元からオレの顔へと視線を移したから、じっと見つめられてドキッとしてしまう。

「私もね、電車なの」
「ああ、いつも電車だよね」
「栄口くん知ってたの?」
「そりゃ知ってるよ。つーか中学ン時に自分で言ってただろ。電車で会えるといいねって。まあオレが部活あるからまだ一度も会えてないけどさ」
「確かにまだ会えてなかったね」

うん、と頷いた後にしばしの沈黙が訪れた。正確には周りには人がいて会話に花を咲かせているし、雨もザーザーと降っているから沈黙してはいないのだけど。二人の間に流れる空気だけがとても静かな、そんな感じ。

同じ中学出身の彼女とは、中学生の頃から時々こういう時間があった。くすぐったいけど心地良い。彼女とのそんな時間が、彼女と過ごす時間が、オレは好きだ。なんて、彼女にはまだ伝えたことはないけど。

そんな時、ふと彼女がどんな表情をしているのか気になって、少し外していた視線を彼女へと向けた。すると彼女は、あの後もまだオレを見ていたらしく目が合った。はは、と笑ったものの、きっと顔が赤くなっているのだと自分でも分かるくらいに顔が熱い。しかし彼女は真っ直ぐオレを見たまま、口を開いた。

「……栄口くん! 一緒に帰りませんか」
「え、うん。そのつもりだったけど?」
「あ、そっか。そうだよね!」

すっかり一緒に帰れるのだとばかり思っていたオレは、驚いて素っ気ない返事をしてしまったのだけど、彼女はそう言って頷いた。そして先に玄関へと向かって歩いていった彼女は、あはは、と笑って傘を開いた。傘で隠れて見えない表情は、いったいどんななのだろうか。
オレも傘を開いて、彼女の隣を歩く。遠いようで近く、近いようで遠い、この距離がもどかしい。


話しながら、だけど時々沈黙もしながら歩いていたら、あっという間に駅に着いた。それに電車を待つ時間も、電車に乗っている時間もやっぱりあっという間で。

「家まで自転車?」
「ううん、歩き」
「じゃあオレ、自転車取ってくるから待ってて」

今になって、一緒に帰れていることがすごく嬉しくて足取りが軽くなる。駅の前で俺を待つ彼女の姿を見て、デートをしたらこんな感じなのだろうかと考えてしまったり。

「お待たせ。帰ろっか」
「自転車乗らないの?」
「押してくよ。傘差してたら乗れないし」
「そうだよね」
「うん」


どちらからともなく、歩くペースが遅くなる。オレも、そしてきっと彼女も、家に着くまでの少ししかないこの時間が今更惜しくなってきたからだろう。

だけどそんな時間はいつまでも続くわけがなく、もうすぐそこが彼女の家という所まで来てしまった。あと十歩ほどで着くだろうか。今まで以上にゆっくり歩いていたら、急に彼女が立ち止まった。

「……栄口くん! お誕生日おめでとう!」
「へ……あ、あんがと!」

……オレの誕生日知ってたんだ。つーか祝ってもらえるの嬉しいな。頭の中では色々考えてるのに、驚いてそれだけしか言えないオレをよそに彼女は続ける。

「本当はね、栄口くんたちが今日ミーティングだけだって知ってて、だから下駄箱の所で栄口くんのこと待ってたの。誕生日おめでとうって言いたくて……!」

聞こえているはずの雨の音も、目の前で降っているはずの雨も何も入ってこなくて。彼女の声と、姿しか入らない。少し震えながら伝えてくれるその声は愛おしくて、赤くなりながらも笑うその姿は可愛い。

「ホントにあんがと! 一緒に帰れて楽しいし、誕生日祝ってもらえてすごく嬉しいよ!」
「私も楽しいし嬉しいよ。……あ! プレゼント! は、なくて……ごめんね」
「いいよ。……もう貰ったから」

最後に小さく呟いた言葉は、彼女に聞こえていただろうか。
だけどそんなやり取りもやっぱりくすぐったく、心地良い。そして彼女の家までのあと少しの距離を隣同士で歩くと、「また明日」と言って別れた。


にやけてしまいそうになるのを必死に抑えると、傘と自転車のハンドルを持つ手にそれぞれ力が入る。足取りもさっき以上に軽い。

話した時間と、一緒に帰った時間。それにオレに向けられた言葉と、色んな姿。オレ以外のヤツにはきっと見せていないだろうそんな一面を君がオレに見せてくれた。それがオレにとってはプレゼントだってことを、いつかこの気持ちと一緒に伝えられたらどんなにいいだろうか。そんでいつかこんな雨の日には一つの傘で二人で一緒に帰る、お互いにとって特別なそんな関係になれたらいいな。


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