まだ知らぬ君 (栄口勇人)

「巣山、日誌書いたら行くから先に行っててー」
「おう」

日直の仕事もほとんど終え、残るは日誌を書くだけとなったオレは巣山に軽く手を振って言った。


オレも早く部活行かないとな。そう思い、予め考えておいた今日の感想を思い出しながら日誌を書き終える。

「よし、終わった」

ぐるり、と書き忘れがないかと日誌を見直す。

すると日直の欄にはオレの名前は書いてあるものの、もう一人の日直のみょうじさんの名前は書いていなかった。
まあそれは、彼女が朝一番に「私、黒板消すの好きだから黒板消しやってもいいかな?」と聞いてきたから、日誌を引き受けたオレが、日誌を一日中持っていたのだから当たり前といえばそうなんだけど。

それにしても、黒板を消すのが好きだから黒板消しがやりたい、なんて彼女は面白い。前から話してて楽しい子だなとは思っていたけど、今日はなんだか彼女の新たな一面を知れた気がする。
朝、オレに黒板消しをしていいかと聞いてきた時にはキラキラ目を輝かせていたし、休み時間の度に嬉しそうに黒板を消していたのも見かけた。それに今だって、きっと嬉しそうに黒板を消しているのだろう。あんなみょうじさん、今日まで全く知らなかった。

今日最後の黒板を消している彼女を見ようと黒板へと視線をやると、ちょうど終わったところらしかった。そんな彼女はオレに気づくなり、「黒板、消し終わっちゃった」と少し残念そうに、だけど楽しそうにオレの隣の席へと座った。

元々の主は部活へ行ってしまった椅子を、くるり、とオレの席の方へと向けた彼女は、髪を耳にかけながら日誌を覗き込んだ。
耳にかけたはずの髪は、はらはらと何本か耳から落ちてきていて、その髪からなのか、彼女の横顔からなのか、何故だか目が話せなくなる。

「日誌、書き終わった?」
「……え! あ、うん。終わったよ」
「じゃあ後は先生に出すだけだね」
「オレが部活行くついでに出しとくよ」
「ごめんね、ありがとう。あ、あと黒板消させてくれてありがとう!」
「はは、全然いいのに」

突然話しかけられたことにドキドキしながらも、なんとか答える。オレちゃんと答えられてたよな、と今の会話を思い出そうとしても、頭の中で流れる映像はさっきの彼女の姿で。


さっきの彼女はとても綺麗だった。落ちてくる髪が、横顔が、とても綺麗だった。それまでの黒板消しを楽しんでいた時は綺麗というよりも可愛かったのに。

……いや、そもそも綺麗だった、可愛かった、って。

確かにそうだったけど、でも、それじゃあ──、



「栄口くん」

名前を呼ばれてハッとする。彼女の方へと向くと、不思議そうにオレを見ている。

「ごめん、考え事してた!」
「そうだったんだ」

ふふ、と彼女は笑った。それから、落ちてきていた髪を再び耳にかけながら、反対側の手で日誌を指差して言った。

「栄口くん、ここ。私の名前。まだ書いてない」
「……あ、そうだった!」
「自分で書こうか?」
「いや、オレが書くよ」
「そっか。ありがとう」
「どういたしまして」


小さく深呼吸をすると、出来るだけ丁寧に、綺麗にみょうじさんの名前を書いた。

名前を書いただけでこんなにも胸がドキドキとうるさくて、苦しいなんて。




今日知った彼女の新たな一面を、表情を、仕草を、振り返る。


──オレはもう君を、ただのクラスメイトとは思えない。



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