君の好きな花 (栄口勇人)


……うーん、どうしようこれ。


家までの帰り道に花屋さんがある。

バラにユリにカーネーション。多分もう少ししたら紫陽花。

色とりどりな花に、花のいい香り。花屋さんの前の道を通るだけでそんな季節の移り変わりが分かって嬉しくなる。今はどんな花があンだろ、なんて何か用事があるわけではなくても、なんとなくあえてその道を通りたくなる。

そして今日も相変わらずその花屋さんの前を通れば甘い香りがした。何の花かと足を止めて並んでいる花たちを見渡せば「どんなお花をお探しですか?」と中から店員さんがやって来た。


甘い香りの正体、それはジャスミンだった。ジャスミンは、鉢植えに植えられて青々とした葉にも負けずに元気よく白い花たちを咲かせていた。

店員さんにジャスミンだと聞いた瞬間に、いや、その鉢植えを見た瞬間に、“……あ、これあの子が好きな花だ”と思った。だからなのか、そのジャスミンが愛おしくて買ってしまった。そんなこんなで、ジャスミンの鉢植えを抱えながら家を目指している今へと至る。


◇◇


「ただいま」

いつも以上に手によりをかけて作っている料理たち。私は料理が上手なわけではないけれど、食べて欲しい、喜んで欲しい人の声が聞こえて思わず笑顔になる。

「おかえりー」

火を使っているからお出迎えをするわけにもいかず、キッチンから声を掛ければ段々と足音が近づいてくる。

「いい匂いすンね」
「うん、もうちょっとで出来るよ」

なんて会話を交わしながら最後の仕上げに取りかかる。あともう少し炒めたら出来上がり、っと……。そうしてなんとか料理を仕上げていると、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。嗅いだことのあるこの香りがどこからしてくるのか。そう不思議に思いながら、火を止めると振り向く。

「この香りって、」

すると目が合った彼の顔が真っ赤になっていた。そんな彼の隣には机に乗せられた白い花があって、甘い香りの正体は恐らくこの花だろう。正反対のその色たちを愛おしく思いながら、引き寄せられるようにして近づいた。

「あ、やっぱりジャスミンだ」
「あはは、うん。花屋さんで売ってたからさ。君、好きでしょ?」
はふっと息を吐くと、頬を掻きながら笑った彼の眉が相変わらず下がっていた。その笑顔が好きで、覚えていてくれたことが嬉しくて。

「うん、好きだよ。ジャスミン」

私も目を細めれば「いい香りするね」と彼が笑った。

「そうだよね」

ふふっと笑うと、彼が不思議そうに眉をひそめる。

「あれ? もしかして好きな理由ってこれじゃないんだ?」
「うーん、まあ、この香りも好きなんだけどね」

私が意味ありげな返答をしたからなのか、彼は気になるとでも言わんばかりに目を見開きながらこちらを見てきている。
そんな彼はバチッと目が合うと、ははっと目を逸らすからなんだか隠し事をしてしまったような、そんな気もする。だけど隠すようなことでもないから再びチラリと彼を見る。

「……笑わない?」
「え、うん。笑わないよ、多分」

視界の端に映った彼は眉を下げながら頬を掻いていた。

私がジャスミンを好きな理由。それはもっと単純なもので──。

「栄口くんの誕生花だから、ジャスミン。だから好きなの」
「…………へ、オレ?」

ぽつりと呟けば、少しやわらいでいた彼の顔が再び赤く染まる。そんな彼を見てやっぱりジャスミンの花の色とは正反対だなと思った。

「うん、栄口くんだよ。ジャスミンって6月8日の誕生花なんだよね」
「……そうなんだ。知らなかったや」

力が抜けるようにして笑った彼は眉を下げる。そして「あ、ごめん。オレ笑ってる」と口元に手を当てると眉をひそめながらやっぱり笑っていた。そんな彼を見て笑うと顔に熱が集まった。

それからしばらくの間お互いに何も言葉を発さずにいたら、甘い香りに混ざってご飯が炊けてきている匂いがした。
ピーピーという電子音で我に返った私たちは、「……あ! そ、そうだ、ご飯! せっかく君が作ってくれたんだから冷める前に食べないとね」「そ、そうだね」とそそくさと食事の用意に取り掛かった。


◇◇


ジャスミンはオレの誕生花だと初めて知った。


「栄口くんお誕生日おめでとう!」
「おー、あんがと!」

そう自分のことのように嬉しそうな彼女によって机いっぱいに並べられた手料理も、時折香るジャスミンも嬉しいけれどどこか擽ったくもあって。それでもやっぱり幸せで。彼女の笑顔とジャスミンの花が咲き誇っている。

小さくて白くて可愛らしいけど元気よく咲くジャスミンはなんとなく、彼女みたいだ。そんなことを考えていたら、オレもジャスミンが好きになってきたような気がした。

後で知ったジャスミンの花言葉が《愛らしさ》だということもやっぱり彼女みたいだと思うのは、オレが彼女をそれだけ好きだからだろうか、なんて。
そうして悶々としているオレの隣で、ジャスミンはやっぱり綺麗に咲いていた。


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