気が利くのも困りもの (泉孝介)



泉孝介という男は、他の人よりも察しがよくて気が利く人だと思う。だけどまさか自分のことに対してはこんなにも鈍感だとは思わなかった。



小中高とずっと同じ学校でいわゆる腐れ縁のこーちゃんとは今年では同じクラスで。いつの間にか同級生になってた浜田くんと、こーちゃんと同じ野球部の田島くんに三橋くん、そしてこーちゃん。気がつけばこの四人と一緒にいることも少なくはない。

そんな時によく気が利くこーちゃんは良いのか悪いのか、私に気を利かしてくれて「お前も一緒にメシ食う? 浜田の隣空いてっけど」とやけに私と浜田くんを隣同士にさせたがる。

それはおそらく、こーちゃんが私は浜田くんのことを好きだと思い込んでいるからで。だけどそんなこと言った覚えはないし、そもそも私が好きな人は浜田くんではない。いや、浜田くんも友達としては好きだけどそういうことではなくて。そうして勘違いをしているこーちゃんは今日も気を利かしてくれる。


◇◇


「……お前なにやってんの」

日直だからと先生に頼まれた次の時間の準備中、棚の上に置かれた箱がどうにも届かなくて必死に背伸びをしていたら不意に後ろから声がした。

「あ、こーちゃん。先生に箱に入ってる教材出しといてくれって頼まれたんだけど届かなくて。こーちゃん届く?」
「あー……」

棚の上と私とを順番に見たこーちゃんが近づいてくると隣に並ぶ。だけど、取ってくれるのかな、やっぱり優しいななんて思っていたのにこーちゃんの伸ばされかけた手はすぐに下ろされて。頭を掻くと溜息をついたこーちゃんは、棚を背にして教室を見回した。するとどうやらすぐにお目当ての人物を見つけたらしくこちらへと手招きしている。

「おー、浜田。こっち」
「……ん、オレ?」

こーちゃんに呼ばれた浜田くんは「どうしたの?」と首を傾げながらやって来た。そんな浜田くんにこーちゃんは「なまえがあれ取りたいけど届かねぇんだってさ」と棚の上の箱を顎で指す。

「この箱? はい」
「あ、ありがとう」
「いいえ、どーいたしまして」

ヒョイっと取ってくれた浜田くんにお礼を言えば、こーちゃんが「浜田もたまには役に立つんだな」とふふんと笑う。そんなこーちゃんに「こーちゃんと違って背が高いもんね」と言ったら「オメーだって低いだろ」と睨まれてしまった。



「あの、さ……もしかしてさっきオレ手伝わなくてよかったんじゃない?」

こーちゃんたち野球部はさっさと部活へと向かった放課後。日誌を書いていたら困ったように眉をひそませた浜田くんに声をかけられた。

「やっぱり浜田くんもそう思う? こーちゃんも届いてたはずだよね」
「あはは、そうだよね。なんか泉ってす〜ぐオレにみょうじのこと手伝わせようとすンだもん」

席の主がいなくなって空になった前の席の椅子を引いた浜田くんは、こちらに体を向けて椅子に座るなり続けた。

「アイツ、絶対みょうじが好きなのが誰か分かってないよ」
「そうだよね〜。そのせいで浜田くんにはいつも迷惑かけちゃって」
「まあ別にあれくらいオレはなんともないからいいんだけどさ。そろそろ泉が限界そうだけど? ……いや、前からかも」

限界そうなこーちゃんを想像しているだろう浜田くんは眉をひそめて笑う。それから顔を近づけると「耳貸して」と小声で口をぱくぱくとさせる。

「さっきも泉、オレが手伝ってる間ずっと睨んできてたの、気づいてた?」

言われた通りに耳を貸したらそう耳打ちされたから驚いて浜田くんを見る。

「そうだったの? 知らなかった!」
「あれ、そうなの。結構オレ睨まれてンだけどさ、泉に」

溜息をついて笑う浜田くんは「一応オレって元先輩なはずなのにさ〜」と頬を掻く。そんな浜田くんを見ながら「確かに。でもたぶんこーちゃん、浜田くんには気を許してるのだと思うけどな」とクスクス笑えば、「いやーどうだろ」と浜田くんも笑う。

すると突然教室の扉がガラリと開いたから誰が来たのかとそちらを見れば部活に行ったはずのこーちゃんで。走ってきたのか少し息が乱れていた。

「あれ、こーちゃんどうしたの? 忘れ物?」
「……まぁな」

ぶっきらぼうに答えたこーちゃんはツカツカとまっすぐ自分の席へと向かう。それから机の中を漁ってお目当てだったらしいノートを手に取ると何故かこちらへとやって来た。

「お前今日忙しいの?」
「私? 日誌書いて出したら帰れるけど?」
「あ、泉。オレも今日はバイトなくてヒマだけど何かあンの?」
「浜田に言ったんじゃねーよ。オレ、今日はミーティングだけでもう終わるからなまえここで待ってろ」
「……分かった」

何事かとぽかんとしているうちにまたこーちゃんは扉をガラリと開けて出ていって。少しずつ足音が遠くなっていった。こーちゃんがピシャリと閉めた扉を眺めていたら、浜田くんが椅子を片付けた音がした。

「今のあれ。泉、絶対にオレたちのこと勘違いしたんじゃない?」
「えー、どうだろ。こーちゃんだからなぁ」

自分の席に鞄を取りに行った浜田くんに疑問を投げかけても「またオレがいたら泉は怒るだろうから先に帰るね」と浜田くんは笑うだけ。

「なんか、ごめんね」
「まあ慣れてっからね」

鞄を持つと歩きながら溜息をついて笑った浜田くんは、扉へと向かっていた足をふと止めると「あ、」と口を開いた。

「泉に勘違いした?って聞いてみたらいいんじゃない? みょうじにならさすがの泉もちょっとは素直になるかも」
「だったらいいんだけど」
「あはは、じゃあね」
「うん、また明日」

浜田くんに手を振って見送ると、書きかけだった日誌に視線を落とす。

勘違い、だったのかなぁ。そういえば浜田くんがこーちゃんが睨んでくる、限界だって言ってたなぁ、なんて思い返しては自然と笑みが零れた。



こーちゃんに言われた通り教室で待っている間に日誌を書き上げた。教室には私以外に誰もいなくて手持ち無沙汰で。なんとなく立ち上がると先程届かなかった棚の前までやって来た。

もう一度背伸びをしてみてもやっぱり棚の上にある箱には届かなくて。授業終わりには先生が自分で片付けてくれてよかったなぁ、と今更思う。そんなことを考えながら何気なしに背伸びをしていたら、また教室の扉がガラリと開いた。

「お前何やってんだよ」

教室にやって来たのは今度もこーちゃんで。私に待ってろと言ったのだからもちろん来てくれるに決まっているのだけれど、こーちゃんが私に用事があって部活終わりにわざわざ来てくれたという事実が嬉しい。

「やっぱり届かないなぁって思って」
「だからお前小さいからだろ」
「こーちゃんだって大きくはないじゃん」
「うるさい。オレはこれから伸びンだよ」

にっと笑ったこーちゃんは隣に並ぶと手を伸ばして棚の上の箱を取った。それからこちらに振り向くと箱を片手に自慢げに笑った。

「それにオレはこれ届くからな」
「……昔なんて私よりちっちゃかったくせに」

ぽつりと呟いた言葉をこーちゃんは聞き逃しはしなかったらしい。「いつの話してんだよ?」と楽しそうにまた一歩こちらへと距離を詰めた。そんなこーちゃんから顔を背けると唇を尖らせながら口を開く。

「こーちゃん、さっき勘違いしたの?」
「はぁ? なんのことだよ?」

少し声が大きくなったこーちゃんを見上げて「さっき。私が浜田くんと話してた時」と端的に答えれば、「……あー、」と歯切れ悪く今度はこーちゃんが横を向いた。

「……お前よかったじゃん。浜田と楽しそうで」
「まあ楽しかったけど」
「……そろそろ、アイツに言えばいいんじゃねぇの」
「何を?」
「そ、れは……、その……好きだって言わねぇのかよ」

俯いていったこーちゃんにこっちを見てほしくて。いい加減、変な思い込みもやめてほしくて。早く私の気持ちに気づいてほしくて。

「こーちゃん、好きだよ」
「…………は?」

ずっとずっと何年もあたためてきた思いを初めてはっきりと口にすると、こちらに振り向いたこーちゃんの顔が赤く染まっていった。

「おっまえ、そーいうのは浜田に言ってやんねぇと」
「なんで、こーちゃん好きだよ」
「……だから、」

はぁーっと溜息をついて笑ったこーちゃんは次の瞬間には顔をしかめると首に手を添えながら再び横を向いた。

「こーちゃんは私が好きな人って誰だと思うの?」

首に添えられたこーちゃんの手を取って握ったらとても熱くって。だけど今日の部活はミーティングだって言ってたからおそらく部活が原因ではない。たぶん、私が原因だ。

「……浜田、じゃねぇんだな」

恐る恐るこちらに振り向いたこーちゃんに「うん。だからね、」と言い直そうとしたら「ちょっと待て」ともう片方の手で口を塞がれてしまった。じっと見つめてくるこーちゃんの視線から逃げ出せなくて。やっぱり熱いこーちゃんの手の熱が伝わってきて私まで熱くなる。

それから一度視線を逸らしてから息を整えたこーちゃんに再び見つめられると胸が高鳴った。

「……なまえ、好きだぜ」

真っ赤な顔をして笑うこーちゃんに「知ってた!」と抱きつけば、「それならもっと早く言え。無駄に嫉妬しただろうが」と眉をひそめてぎゅっと抱きしめ返された。


だけどまあ、結果オーライということでどうでしょう、なんて心臓の音がうるさいこーちゃんの腕の中で考えた。
そして願わくば、こーちゃんや私の恋愛関連のことについてももう少しだけ察しが良くなってくれてもいいかも、なんて。


[ 3/18 ]

[*前] | [次#]

[目次]

[しおりを挟む]
[top]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -