知らないけど知ってる (市原豊)
小、中学校とずっと同じで、家も近所。いわゆる腐れ縁で幼馴染とでも言うであろう豊くんと高校が別々になった。
男子と女子とはいえど、同じ学校だったらなんとなく知っていた交友関係も部活のことなんかも高校生となった今ではもう分からないことだらけで。
豊くんが高校の野球部でピッチャーを始めたことも、“イッチャン”と呼ばれていることも最近になって知った。
昔から誰よりも豊くんの近くにいたし豊くんのことを知っていると思っていたのに、今ではそうでないということがなんだか悔しい。
◇◇
土曜日の昼下がり。
外はあいにくの雨で、テレビも面白いものは何もやっていない。家族は揃って外出中で私は家で一人でお留守番。
もういい歳をした高校生だから寂しかったりはしないけれど、どうしても暇を持て余してしまう。
誰か話し相手になってくれそうな人はいないかななんて連絡先を流し見すると、ふと一人の名前が目に入った。その人物とのトーク画面を開くとメッセージを送る。
『いっちゃん!』
『今って暇?』
この間、つまり豊くんが“イッチャン”と呼ばれているということを初めて知った時。
野球部と思われる人達と最寄りのコンビニでアイスを食べていた豊くんたちが、今度の土曜は部活が休みだと話していた。そしてその今度の土曜というのが、つまりは今日で。
豊くんも暇なのかは知らないけれど、今日は部活がないということだけは確かだ。
既読つくかな、なんて思いながら画面をじっと見ていたら少ししてからパッと既読がついた。画面を開いたままで返事が来るのを待っていたら、続けざまに返事が送られてきた。
『まあ暇っちゃ暇だけど』
『やっぱりお前にそう呼ばれるとなんか気持ち悪いな』
その文章を読みながら、えーっと唇を尖らせる。それからまた文字を打って。
『気持ち悪いってなにさー!』
今度はすぐについた既読に、すぐに送られてくる返事。
『いや、悪い』
『気持ち悪いっていうか違和感がすごい』
『今まではオレのこと名前で呼んでただろ』
『豊くんって?』
『そう』
『だから違和感』
一緒にいないのに豊くんと目を見て話しているような感覚になって、喋る時のようにすらすらと文字を打つ。
『じゃあ今まで通り豊くんって呼ぶね!』
『私も違和感すごかったし!』
『なんだよそれ』
私の言葉で、画面の向こうで豊くんは眉を下げて力が抜けたようにして笑っているのだろうか。そんな豊くんを想像しては、文字だけのやり取りが楽しいのだけれど、どこか勿体なくて物足りないようにも思える。
するとまたもや豊くんからメッセージが送られてきた。
『あ、そういえば実習でトマトがめちゃくちゃ採れたんだけどお前んちいる?』
そのことに素早く返事をしたら、豊くんからの返事にまた嬉しくなるんだ。
『いる!』
『トマト大好き!!』
『知ってる』
『だから多めにもらってきた』
私が返事をしたのと同じ時間に帰ってきた豊くんからの返事が嬉しい。 私の好きなものを知っていて、それを分かった上で気を利かしてくれる豊くんが好きだ。
『今から家行ったらいい?』
『うん!』
『あ! でも私がもらいに行くよ?』
『雨降ってるんだから濡れて風邪でも引かれたら困るだろ』
『だからオレが行く』
『すぐ行くから待ってろよ』
そんなヤワじゃないのになとは思いつつも、大切に思われているのが嬉しくて。
私が他の人よりも知らない豊くんの一面もあるかもしれないけれど、豊くんは相変わらず私のことをよく知っていて分かっていて。優しいのも相変わらずで。
お互い暇ならば、トマトを一緒に食べながら今度の試合っていつあるの? と聞いてみようと思った。
せめて身だしなみだけでもと格好を確認している少しの間に、傘を差してやって来た豊くんが私の家のチャイムを鳴らした。
もらったトマトは豊くんが育てたからなのか、豊くんと食べたからなのか、いつもの何倍も美味しかった。
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