甘い、 (栄口勇人)

甘いケーキに甘い飲み物、お菓子にアイス。甘い物が苦手な私は、甘い言葉や雰囲気にだって縁はなくて。
だから私がこんな甘いものを贈られるなんて思ってもいなかった。


クリスマスは栄口くんとデートをする日。まさか私が彼氏とクリスマスを過ごす日がやって来るなんて思ってもいなくて。少し浮かれてオシャレした格好は、待ち合わせ場所に着くまでのほんの少しの時間で張り切りすぎたような気持ちにさせてくる。
だけど今更引き返すことなんて出来なくて。既に待ち合わせ場所にいた彼にお待たせと声を掛ければ、私に気が付いてオレも今来た所だよと栄口くんが笑った。

クリスマスの街は人で溢れていて、栄口くんと一緒に何度か来たことがある想い出の場所でさえも油断しているとはぐれてしまいそうだ。だけど栄口くんは話をしながらも時折私の方を確認してくれて、同じ速さで歩いてくれる。それが照れくさいけれどとっても嬉しくて。

「栄口くん、」
「どうしたの?」
「手、繋ぎたい」
「……喜んで」

頬を染めると眉を下げて笑った彼と目が合った。私から言い出したことなのに、手を繋ぐと先程から気にはなっていた心臓の音がまた更にうるさい。栄口くんとの会話も楽しみたいのに上手く離せているのかが分からない。熱くなった顔を覚ましたくて自分の頬を触っていたら、ふと栄口くんが立ち止まった。

「人が多いけど疲れてない? ここで休憩していこうよ」

そう言われて入ったのはコーヒーショップ。やはりいつもよりも混みあっている店内は人がたくさんいるから狭くって、自然と栄口くんとの距離が近くなる。
何飲もうかなぁと呟く彼の隣で長いレジの列に並ぶ。甘いものが好きな彼は、今日も甘い飲み物を頼むのだろうか。こんな時に甘いものを頼むような女の子の方が彼の隣に並ぶには相応しいのだろうか。何故かそんなことを心の中で思えば、飲み込んだ言葉の代わりに溜息が漏れてしまった。

「もしかしてやっぱり疲れた? ごめん、オレあちこち見て周りすぎたよな」

困ったように顔を覗き込まれてハッとする。そんなことないよ! と首を振れば、そんな振って大丈夫? と栄口くんは心配そうに笑った。
ストレートティーを頼む私と、なんとかフラペチーノっていう甘い飲み物を頼む栄口くん。私はその飲み物の名前すらもいまいちちゃんと覚えられなくて、呪文のような名前の飲み物をスラスラと間違えることなく注文出来る栄口くんとは全然違うから、もういっそのこと面白くさえ思える。

「栄口くんってそういうの好きだよね。美味しいの?」
「美味しいよ! 君も飲んでみる?」
「でも甘そうだからなぁー」
「まあ甘いけども」

ははっと笑うと、美味しいんだけどなァと呟きながら栄口くんがまた一口その飲み物を飲んだ。私もつられて自分の飲み物を一口飲めば、やはりストレートティーだからなんにも甘くはなかった。

「……栄口くんはさ、甘いものを一緒に楽しめる彼女の方が良かった?」
「へ、いきなりどーしたの。そんなことないけど」
「でも栄口くんが好きなものを美味しいって一緒に言ってくれる子の方が嬉しいでしょ」
「うーん、そんなこと考えたこともなかったかも」

眉を下げた栄口くんは困ったように笑って飲み物へと視線を落とすと、すぐに視線を上げて私を見て笑った。すると次の瞬間には栄口くんの頬が赤く染まった。

「そりゃ君がオレの好きなものを好きになってくれたら嬉しいけど、好みは人それぞれだから仕方ないんじゃない? オレだって、君が好きなものの中で苦手なものがあるかもしれないし、君と同じものが好きかもしれないしさ。そういうのを少しずつ知っていけたらオレは嬉しいンだけど……」

そこまで言い切るとまるで、はふっという音がしたかのように息をついた栄口くんは、オレはそう思うんだけどなと付け足して笑う。その笑顔につられてそうだよねと笑えば、そうだよと栄口くんは嬉しそうだった。

「じゃあ栄口くん。これ飲んでみる? ストレートティーだよ」
「……え、じゃ、じゃあオレのも交換する?」

そうして交換してみたらやはり甘かったけれど、たまには悪くはないのかもと思える美味しさで。

「これ確かに美味しいね 」
「君のも美味しいよ」

目が合って笑い合うと他愛もない話をした。
どれくらい時間が経ったのかはよく分からないけれど、ふと気が付くと辺りはもう日が暮れていたから、そろそろ帰ろうかとお店を後にしてまた手を繋いだ。

すっかり暗くなった街にはぐるぐるとイルミネーションを巻き付けられた木々が眩しいくらいに輝いていて。私たちみたいに手を繋いだり腕を組んだりしているカップルやイルミネーションを指さす家族連れ、友達同士で写真を撮っている人たちがたくさんいて、その誰もが幸せそうだ。そんな人たちから見ると、私も栄口くんもまたそう思われているのだろうかと思うと少しくすぐったい。

「……綺麗だね」
「圧倒されるよね」

駅前に設置されてイルミネーションや星、オーナメントたちで飾られたクリスマスツリーの前まで来ると、どちらからともなく足を止めてツリーを見上げる。ツリーの光を浴びて、元々色素が薄めな栄口くんの髪が輝いている。綺麗だなぁと眺めていたら、こちらを振り向いた栄口くんと目が合って、栄口くんが照れくさそうに笑った。

「クリスマスツリーも、イルミネーションで彩られた街並みも、君と見ているからこんなに綺麗なんだってオレ初めて知ったよ。それに君も綺麗で可愛いし……」

繋がれている手に力がこもって、まっすぐに見つめられる。顔を赤くしながら笑う栄口くんが愛おしい。

「今日はオレと過ごしてくれてあんがとね。……君のこと大好きだよ」

一瞬視線が逸れたもののまたすぐに見つめられたから、私も栄口くんが大好きだよとつられて笑う。こういうことを言う時にはすぐに真っ赤になってしまうからきっと苦手なはずなのに、それでもちゃんと言葉で伝えてくれる彼が嬉しくて大好きだ。
あんがとと頬を掻いて笑った彼は、帰りはちゃんと送るからもう少しだけと手を繋ぎ直すともう一度ツリーを眺めていた。


慣れない甘い飲み物も甘い言葉もくすぐったくなるような甘い雰囲気も。どれも栄口くんと一緒だったら素敵なものに変わって。すぐに照れてしまう私たちが恥ずかしくなるまでにはまだもう少し時間が必要なのだとは思うけれど、こんな時間もいいものだなとも思う。
今日また積み重なったあなたへの好きっていう気持ちを今度は自分から伝えられたらいいな。なんて、そんなことを考えながらイルミネーションの光と栄口くんの笑顔を目に焼きつけた。



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