着信

『おはようございます。フレンチを予約したので一緒に行きましょう』

目が覚めたと同時に鳴った着信音に応じると、例の後輩からだった。
寝起きからそんなことを言われてもすぐに処理できるはずもなく、んん…?とか間の抜けた返事しか出来なかった。

『可愛いですね。今から行ってもいいですか?』

そんなことをさらっと言うものだから一気に目も覚め、慌てて拒否する。
昨日はまだ良かったけど、今日、今来られたら完全にアウトだ。
黛に多大な迷惑をかけてしまうことになる。

「ちょ、待って、どこかで待ち合わせしよう!」
『分かりました。今先輩の家の近くなので、適当なカフェにいますね』

こいつまじで押しかけて来そうだなそのうち…。
とりあえず家に来られては困るので、さっさと準備してしまおう。
黛はまだ寝てるみたいだから、起こさないようにそっとバスルームに向かう。
…つもりだったのだが。

「うわっ…」

ベッドから片足を降ろし、一歩目を踏み出した先に布団に隠れていた黛の足があったらしい。
しっかりと踏んでしまったため、床がどんどん迫ってくる。
咄嗟に目を瞑って訪れる衝撃に備えたものの、痛みは私に訪れる事は無く、次に目を開けたときには黛の眠たそうな顔が間近にあるだけだった。

「…危ないし、痛い」
「ご、ごめん…」
「怪我はないか?」

ぼそっとお小言を頂いたものの、気遣ってくれる。
そんな優しいところは前から変わってないな…って、急がないといけないんだった。

「あの、黛。赤司から電話来てご飯行くことになったよ」
「…そうか。帰ってくるか?」
「当たり前でしょー、家の近くに来てるらしいから、すぐ出ないと」

と、身体を離そうとしたら逆に力を込められてしまった。
不思議に思って黛を見ると、少し寂しそうな良く分からない表情をしていたので首を傾げる。

「どうしたの?」
「いや…なんでもない。それより早く行かないと来るんじゃないか?」
「あぁ!シャワー浴びてくる!」
「オレはもう少し寝る。鍵はポストに入れておくから」

はーい、と、二つ返事をして急いで支度を始める。
シャワーから出て部屋に戻ると、宣言どおり黛はすやすやと寝息を立てていた。

軽くメイクをして、ワンピースにカーディガンを羽織ってみるけど…
フレンチってこんな格好でいいのかな?
お洒落にはさして興味の無い私のクローゼットにはこれから赴くであろう場所に見合った服装はこれが限度なのでまぁ仕方ない。
さすがにシャツとパンツスタイルよりはマシだろう…。

急ぎ足でエレベーターに乗って、エントランスを突っ切った先には見覚えのある赤髪があった。
カフェにいるって言ってなかったっけ…?

「カフェが混んでいたので、ここで待ってました」
「う、お、お待たせ!」
「おめかししてくれたんですね。嬉しいです」

学生時代もこういう言動や行動があったものの、昨日から一際回数が増したような気がする。
玲央が言っていたように、確かに赤司は私に好意を抱いてくれているんだろう。
でも、その気持ちに応えられる自信がないよ。

「行きましょうか」

微笑みながら手を差し出されたけど、その手を取れなくて。
どうしたものかと視線を泳がせていたら、すっと赤司の華奢であるもののしっかりと筋肉のついた逞しい腕が伸びてきて右手を包まれた。

「嫌、ですか?」

普段ライオンみたいに自信家な癖に、しおらしく、まるで猫のような目で見つめられては拒否できるはずも無い。
嫌じゃないよ、と返せば、嬉しそうな笑顔を向けてくるかつての後輩に申し訳なさを感じつつも、彼に引かれるまま歩を進めた。



(嫌じゃない、けど)
(良いってわけでもないんだよなぁ)


[ 10/38 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -