5.これが僕の愛し方だよ

歪んでしまったものを正すのは、きっとたくさんの時間が必要になる。

中学二年の夏の終わり頃だ、彼に変化があったのは。
彼の部活が終わるまで待って一緒に帰る。
そのルーティンの中で他愛ない話を繰り広げながら彼に家まで送り届けてもらうのが、小学校の時からの日常だった。

「帰ろうか、なまえ」

その日も同じように彼を待っていたら、やってきた彼に違和感がある。
昔から時々現れていた"彼"だったから。

「…征十郎、は?」
「何を言ってるんだなまえ。僕が征十郎だろう」
「そう…だね、ごめん。行こっか!」

いつもと同じように優しく微笑まれて、優しく手を引かれる。
ただ一つだけ違うのは、彼の左瞼が閉じ込めている眼球の色だけ。

手を繋いで辿る二人の帰り道、いつもなら部活の話が主なのに、今日は全くその話題にならない。
きっと部活で何かあったんだろうけど、聞き出すのは怖いな…。

「なまえ、大丈夫だよ。心配してくれているんだね」

私の様子を察したのか、優しくそう言って微笑みかけてくれるところも何も変わりがない。
いつも通り、今まで通り、だけど。

「…今日は先に征十郎の家に行くの?」
「ん?あぁ、そうだね。なまえに見せたいものがあるんだ」

途中、私の家に行くためには右に曲がらなければならない道がある。
それを私達は真っ直ぐ、彼の家に向かう道を進んでいた。
たまにこういう日もあったし、と、そこまで気にはしていないけど、何も言わずにこちらまで来るようなことは初めてだった。

いつ見ても感動するくらいに大きな彼の家の敷居を跨いで、彼の部屋に案内される。
飲み物を取ってくる、と部屋を出た彼を見送って、相変わらず広くてきちんと整理整頓されている彼の部屋を見回す。
健全な男子中学生らしからぬ、必要最低限のもの以外置いていない部屋。
彼の性格を表しているようなその部屋にいるのは、少しだけ息苦しい。

「お待たせ。座っていてよかったのに」
「なんか征十郎の部屋久しぶりだなって思って、いろいろ見ちゃってた」
「りんごジュースでよかったかい」
「うん、ありがとう」

差し出されたコップを受け取って口を付けて、一口二口中の液体を飲んでからテーブルに置く。
その様子を見つめられていたことを少し照れくさく感じて顔を逸らすと、そっと頬に手を当てられた。

「ど、どうしたの?」
「なまえこそどうしたんだ?なんだか少し緊張しているみたいだね」
「そりゃそうだよぉ、こんな大きな部屋いつ来ても緊張するもん」

動揺を隠すようにもう一度コップを持ち、今度は一気に飲み干すと何か異物が喉を通ったので驚いて咳き込む。
その努力も虚しく既に嚥下し終えてしまった喉に、彼の手が触れた。

「あぁ…まだ溶けてなかったんだな」

顔を上げると赤と金の双眸がこちらを見つめていて、恐怖に後押しされるように部屋のドアへと駆け出した、はずだった。
足が上手く動かない。ドアが遠い…。
薄れる意識の中で、彼の部屋の高級そうな敷物が頬に触れるのを感じた。



「なまえ、いつまで寝てるんだい?」

そんな声が聞こえて、私は目を覚ました。
柔らかなベッドに寝かされていたようで、半身を起こして辺りを見回してみるとそこが征十郎の部屋である事に気付く。
電気もついていないし、外ももう真っ暗なのでかろうじて見える範囲での判断でしかないけど…。

「おはよう。よく眠れた?」
「征十郎…今何時?私帰らないと…」
「どこに帰るんだ?」

ベッドから少し離れた位置にあるソファに座って読書をしていたらしい彼を見つけて、まだ思うように動かない身体を引きずり起こす。
よく見たら服装が変わっていて、ポケットに入れていたはずのスマホの行方も見当たらない。

「…説明して?」
「やっと出て来られたんだ、ゆっくり二人きりの時間を過ごしたいと思ってね。本当は君が気付かないように眠らせようと思ったんだが…」
「意味、わかんない…帰る…!」
「君が帰る家はここだろう?」

立ち上がる事が出来ずにベッドから落ちそうになった私の身体を片手で受け止めてそのまま強く抱きしめられる。
その力強さに、やっと"征十郎"との違いを明確に感じた。

「ちゃんと君のご両親には挨拶してきたよ。婚約者として今後は一緒に生活する事。快諾してくれたから明日にはなまえの荷物が届くと思うし安心しろ」

優しい彼の声色で、優しく髪を撫でられながらそう告げられたけど何も安心なんてできない。
心拍数がどんどん上がって行くのがわかったけど、密着しているため彼にも伝わっているらしい。

「一生離さない。あいつが触れていた場所、あいつと過ごした時間全て僕が塗り替えてやる」

ベッドに押し倒されながらそう告げられて、自分がどこか遠くにいるような感覚がした。
この不安そうな少年の心を、私はどうしたら癒せるのだろう。

(これが僕の愛し方だよ)
("あいつ"はこんな風に、君を愛したりしなかっただろう?)


[ 5/21 ]

[*prev] [next#]
[mainmenu]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -