4.でもきみは、逃げない

「みょうじさん、今日は遅かったんですね」

いつも通り学校帰りに寄るゲーセンの入り口で、いつも通り突然声をかけられる。
高校に入ってからほぼ毎日繰り返されている出来事であるにも関わらず、彼の影の薄さにはいつになっても慣れる事はなかった。

「黒子かぁ、びっくりしたよ。部活お疲れ様?」
「はい。みょうじさんは委員会お疲れ様です」
「ありがと、今日はバスケ部早かったんだね」

他愛ない話をしながら、ゲーセンに入って自販機に向かう。
飲み物を二つ買って一つを彼に差し出し、自分はお気に入りの音ゲーをしにそそくさと彼から離れた。
離れたところで、気づいたら彼はすぐに追いかけてくるのだから。

何回かゲームを楽しんで、帰宅しようと足元に置いていた鞄を掴もうとした手が空を掴んだ。
ぱ、と後ろを振り返れば、私の鞄を持った黒子の姿が目に映る。

「ゲーム中は荷物から目を離してはいけませんよ」
「あはは、ごめんね。ありがとう」

まぁ、黒子以外の人だったらすぐに気づいただろうけど。
とは思っても口には出さない。

ちなみに、私と黒子は決して恋仲であるというわけではない。
もちろん学校生活の中でいくつかの接点はあるが、委員会も違ければ部活も違うのに、顔を合わせる事が多いのだ。
偶然、と、彼も言うし私もそう思っている。

「今日は何かおかしなことはありましたか?」
「うーん、いつも通り変な視線感じたり、呼ばれて振り返っても誰もいないとかそんなことくらいしかなかったよ」

黒子から鞄を受け取って、時計を見ながらゲーセンの出口を目指す。
高校に入ってから、不可解な出来事が多発していた。
さっき黒子に言ったような出来事に加えて、物が無くなっていたり記名のない手紙が家のポストに届いていたり。
家の近くで視線を感じたこともあったけど、実害があったわけじゃないので黒子にしか話していない。
最初はいじめかとも思ったが、記名のない手紙の内容を見る限りだとどうやら私の熱狂的なファンの盲信的なアプローチだと勝手に解釈していた。

誰だかわからないけど、たまに贈り物をしてくれることがあるしまぁ良しとしよう。
一方的ではあるが、私からしたら見えない友人が出来たような感覚だった。
こういう普通ではない自分の性格は重々自覚しているけど、それを受け入れてもらえるとは思っていないので誰かに話す事はしない。

「何もないと良いですが、何かあったらすぐに呼んでくださいね」
「黒子がいてくれるなら心強いよ、いつもありがとね」

彼にこの出来事の話をしたのはどうしてだったっけ。
確か、その姿の見えない友人から声をかけられた時に丁度彼も現れたからだった気がする。
不思議そうな顔で見られたので少しだけ事情を話したら、心配そうに話を聞いてくれたから何かある度に伝えるようになったんだ。
話すつもりはなかったけど、隠す事でもなかったし黒子と特別仲が良かったわけでもないのでどう思われても構わないと考えたからだけど。

「送ってくれてありがとね、黒子」
「大切なみょうじさんに何かあったら僕が辛いので」
「紳士だなぁ、黒子の彼女になる人は幸せ者だね」
「じゃあ、みょうじさんは幸せ者ですね」

なんて、家の前で自宅の鍵を探しながらにこやかにそう言われてちっとも戸惑ったりしない自分の神経の図太さに呆れてしまう。
相手が黒子だからかもしれないなぁ、とか暢気に考えながら鞄の中にあるはずの鍵を探しても一向に見当たらない。

「どうしたんですか?」
「いや、鍵が…なくて」
「家の鍵ですか?」

私は一人っ子の片親なので、所謂鍵っ子というやつだ。
親は今出張中だし、鍵がないのは困る。かなり困る。

「どうしよ…鍵かけ忘れたのかな?」

と、玄関に向かって歩いていき、ノブに手をかけてもガチッ、と途中で止まってしまう。
うーん…どうしたものか。
っていうか、鍵閉めたのになんで鍵がないの…?

「大丈夫ですよ、なまえさん」

さすがに困惑して狼狽えていたら、黒子がポケットから何かを取り出して目の前の扉にある鍵穴へと差し込んだ。
するとガチャッという音が鳴り、然も自然な動きで私の家の扉を開けてくれた。
まるで黒子の家の前にいたかのような錯覚さえ起きるほど、当たり前のようにその家に入っていく様子をただ茫然と見ていた。

「どうしたんですか?開きましたよ」
「え、あ…うん…?」

何故入らないのか、と不思議そうに見つめられたので、なんとも煮え切らない返事をしてしまう。
たくさんの疑問に押しつぶされそうになりながら、"いつも通り"我が家の敷居を跨いだ。

「お父さんは出張中でしたよね、せっかくなのでいろいろ教えてあげます」

私の手を引いて、優しく玄関の扉から離しながらそう微笑まれる。
どこか遠い所で鍵とチェーンロックがかけられた音が聞こえた気がした。
見慣れた玄関の扉を背にしてこちらを見るその視線は、高校生になってから毎日感じていたあの見えない友人のものと同じ。

「この鍵、いつか使いたいと思ってたんです。あぁ、なまえさんのキーケースなら僕が持っているので安心してくださいね。きみのお父さんが今日から出張なのはわかっていたので、今日全てを明かそうと思っていたんです。いつも通り不用心に鞄を足元に置いてくれたのは助かりました。さぁ、部屋に行きましょう?」




(気付いていたんでしょう?声の主も、視線の主も僕だって)
(気付いてたよ。見えない友人が黒子だってことくらい)
(でもきみは、逃げない)
(もうとっくに私は壊れてたんだね)


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