2.その顔、好きだな

「ねぇ黛、赤司くんってなんであんなにかっこいいのかなぁ」

屋上、燦々と輝く太陽から絶えず送り込まれてくる光が目に届かないように右手を翳しながらぽつりと呟く。
宛先であるはずの黛千尋はまるでこちらの声など風の音にかき消されてしまったとでもいうように黙々と手元の本の世界へ入り込んでいた。

「ねぇねぇ黛、今日赤司くんが告白されてたんだけど断ってたよ。私にもチャンスがあるってことかなぁ」
「なぁ」
「なにかな黛!やっと気づいてくれたね?!」

彼は比較的影が薄いとか言われてるし私もたまに気づかない時があるくらいだけど二人きりの時はどうやら立場が逆転するようで、そこにいないもののように扱われる事がしばしばだ。
半ば独り言のように呟いた後に黛からお声がかかった。やった。

「うるさいから少し黙ってくれないか」
「じゃあ私ここにいる意味なくなっちゃうよ!それじゃ黛が寂しいでしょ!」
「寂しくないしそういう相談なら女友達にしろよ。友達がいるならだが」

う。
淡々とそう毒吐かれて何も言い返せないのは彼が言った通り女の子の友達なんて居ないに等しいからだ。
そもそも女友達がいたとして、洛山高校きってのイケメンである赤司征十郎くんを好きだなんて話、本気でしたら友情にヒビが入るに違いないだろう。
赤司くんを好きな女子がこの学校に一体何人いると思ってるんだこのラノベやろう!

「まぁ多少雑音があった方が読書に集中できていいからな」
「ツンデレじゃん黛!赤司くんの次に好きだよ黛!」
「次にな。はいはい」

黛の肩をぱしぱし叩きながらそう言って、さりげなく隣に腰掛ける。
なんだかんだで黛もイケメンだし冷たい所もあるけど優しいんだよなぁ。冷たい所もあるけど。

「あー赤司くん元気かなぁ。今日も赤司くんかなぁ」
「…あのさ、みょうじ」
「なにー。黙れってのは却下だからね!」

ぱたん、と、黛の手にある本が閉じられた音を右耳が捕えた。
なんだ、やっと私の話を聞いてくれるのか。
ぱっと首を右に動かすと、痛いくらいに照りつけていた太陽が何かに遮られている。
疑問に思う前に額と鼻の頭に軽い衝撃を感じた。

「ま、ゆ…」
「みょうじはアイツとどうなりたいの?」

黛が声を発するたびに、口元に息がかかる上にほんの少し唇同士も触れ合っているような感覚がある。
驚いて身を引こうにも背後にはフェンスがあるし、黛が私のお尻の横に手をついているせいでスカートも抑え込まれてる上に足の間には膝をついているせいで一切の身動きが取れない。
なに、なんだ、どうしたの。
そう問いかけたいけど、口を開けばまた唇が触れ合いそうで何も言えなくなってしまう。

「こんな風に、近づいて、触れ合いたい?」

私の考えなんてお構いなしで黛は問いかけてくるけど、その度に軽いキスを繰り返していることに気付いていないのだろうか。
むしろ確信犯なんじゃないかなこのやろう。こう見えてファーストキスなんですけど。(お父さんを除く)

繰り返される質問に答える為にと精一杯の力を込めて彼を押し戻そうとしてもびくともしない。
線が細く見えるのにちゃんと男なんだなぁ、バスケ部だもんね、とか、暢気に考えていられるような状況ではないのに。

「黛、ちょ、落ち着いて」
「落ち着いてる」
「まって、ちょっと、ん!」

やっぱり確信犯だった。
話す時に触れ合う程度じゃ物足りないとでも言わんばかりに、今度はしっかりと唇を重ね合わせてきた。
あろうことかブレザーの上から腹部を撫でられて、徐々に上に滑らせて来たので背筋が凍りついた。

「やだ、やめて」

屋上には私と黛しかいないし、屋上に来る人なんて滅多にいない。
前に赤司くんが黛に会う為に来たことが本当に稀な事だったくらいで、その時は羨ましがる前に私達以外の人間がこの屋上に足を踏み入れたことに対する驚きの方が勝っていたほどだ。
つまり、今、この状況で救いを求めることはできない、ということ。

「は、すげー顔」

涙目になりながら黛を睨みつけると、思いのほか簡単に黛は離れていった。
困惑と嫌悪感と怒りと悲しみが入り混じった感情に胸を圧迫されて吐き気を覚える。
なんだ、何がしたかったんだ。

「その顔、好きだな」

ぽつりと呟いて意地の悪そうな笑みを向けてくる黛に恐怖を感じてその場から逃げだした。
屋上には吹き荒ぶ風がページを捲る音だけが残っていた、気がする。

(アイツにはそんな顔見せないだろうし)
(お前にそんな顔させられるのはオレだけだろうな)


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