9.壊れても愛してあげる


あの日から、半ば強制的ではあるもののなまえさんと付き合う事になった。
彼女も拒絶するようなことは一切無いし、僕の一方的な愛をしっかりと受け止めてくれている。
正直な所彼女からの愛をほしいと思った事は一度もないし、これからもそれは変わらないだろう。

彼女も愛を向けてくれるようなことはしないが、それが逆に心地よいとさえ思ってしまうのはおかしいことなのでしょうか。

「なまえさん、今日は遅かったんですね」

恋人同士になったからと言って、僕たちの関係が変わる事はなかった。
いつものゲームセンターで僕が彼女を待ち伏せて、いつも通り突然を声をかけては驚かせる。
そのまま彼女がゲームをするのを眺めてから、気が済んだら帰る、というルーティン。
手を繋いだりもせず、僕は一歩下がって彼女についていくだけ。

「ねぇ黒子」

前を進んでいたなまえさんが、ぴたっと足を止めて僕を呼ぶ。
愛しい彼女が僕の名前を呼ぶ声を録音できなかったことが心残りだが、返事を返すと今度はこちらに向き直って手を握られた。

「どうしたんですか?」
「うーん、恋人同士って手を繋ぐものらしいから」

試してみた、と、そう言われて何より驚いた。
彼女も恋人同士だと思ってくれていたんだという事と、その事実がたまらなく嫌だったこと。

「僕たちには必要ありませんよ」

彼女の柔らかな皮膚が張り付いただけのような細い手首を反対の手で掴んでそっと引き離す。
すると少し残念そうな顔をされたので、一層胸の黒い靄が増した気がした。

「黒子はさ、何をそんなに怯えてるの?」

じっと目を見つめながらそう言われて心臓が跳ねた。
まるで見透かしてくるような瞳を見返す事が出来ずに視線を逸らす。

「何も。怯えるとしたら、君が離れて行ってしまうことくらいでしょうか」
「違うよね。…そんなに、私が黒子を好きになるのは嫌?」

人通りの少ない道とはいえ、こんな道路のど真ん中でする話ではないだろうに。
彼女の問いかけに答えることが出来ずにいると、返事を急かす事はせず一つだけため息を吐いて僕を置いて先へ歩いて行ってしまった。
その背中を見ると安心する。まるで僕なんてそこにいないかのような態度でいてほしい。

あっという間に彼女の家の前に着いてしまったので、いつも通りキーケースを取り出してから玄関のドアを開けるのを少し離れたところで見守っていた。

「…入って」

不意に招かれたので戸惑いつつも彼女の後を追って彼女の家の敷居を先に跨ぐ。
話したいことがあるんでしょうね、さっきのため息で予想はしていました。

なまえさんの父親が不在であることは分かっていたが、おじゃまします、と挨拶をしてから靴を脱ぐ。
僕の後を追って彼女も靴を脱ぎ、部屋に通されたので適当なところに腰をかけた。

「残念だけどさ、もう黒子が一番恐れてることになってるよ」
「…離れていませんよね」
「そうじゃなくて」

立っていたなまえさんを見上げると柔らかそうな太腿が目に入る。
一応思春期の男と二人きりでいるんだからもう少し警戒してほしいものだ。
そんなことを思いながら、極力なまえさんの言葉を聞かないようにしていた。

「私は、黒子が好きだよ」

ぽつりと呟かれた言葉に、弾かれたようになまえさんの目を見つめた。
愛しい人からの突然の愛の告白であるのにも関わらず、どうして自分の心はこんなにも暗がりへ落ちていくのだろう。

「そう言われたくなかったんだろうけど、でも好きなの」
「そんな、」
「傍に、隣にいてほしいよ」

腰を落として、僕と視線の高さを合わせながらそっと触れてくるなまえさんの瞳はとても悲しそうだった。
耐え切れなくなって彼女の手を掴み、その場に力任せに押し倒す。

「どうして、そんなことを言うんですか?」
「好きだから。黒子にもっと愛してもらいたいから」
「僕は君を愛しています。こんなにも」
「うそ。怖いんだよね?もっと愛して、自分が壊れるのが」

愛おしげに頬に触れられて優しく声を紡ぐ彼女の口を塞ぎたくて、でもこれ以上触れたら自分が自分ではなくなってしまいそうで。

壊れても愛してあげる

そう囁かれたときには彼女の柔らかな唇が自らの唇を塞いでいて、何かが崩れ落ちる音が聞こえた気がした。

(気づいてたよね?私の気持ちくらい)
(気づいていましたよ。認めたくないほどに)
(だから安心して壊れてよ)
(君も、壊れていたんですね)






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