「綺麗だね」
「はぁ? 俺がやってあげたんだから当然だよねぇ?」
「あ、うん。そう、だな……?」
 このずぼらで女子力のじの字も無いような女が、何故か俺にメイクを施して欲しいと言うから。本当に、自分でも何故こんなことをしたのか分からなかった。偶然部活に顔を出してみたらゆうくんに会えたし、かさくんも今日は駄菓子のつまみ食いをしてなかったみたいだけど、別に機嫌がよかったからとかそういう話でもない。多分、目の前の女の心境の変化に驚いて、少しおかしくなってしまったのかもしれない。ああ、きっとそうだ。
「瀬名。私は自分のことを綺麗だと言ったわけじゃないから、自惚れるなみたいな表情をしないでくれ」
「人の考えてることを勝手に想像してさあ……悲観的になるの、アンタの悪い癖だよ」
 この表情が「いや、悲観的になんてなってないけど」ってやつなのは、俺にも分かる。この女が前からこういう性格だから、今更って感じもするけど。
「で、なんで今更メイクとかどういう風の吹き回し?」
「特にその、意味とかは無くてね……ただ」

 綺麗なものに囲まれていると、自分も綺麗だと錯覚してしまいたくなるんだ。女の言い分はこうだった。
「錯覚って、そもそもしてることに気付けるのぉ?」
「うん。多分無理だね。まあ、所詮一時的な感情だからそう表現したってだけなんだけどさ」
「あのさあ、いちいち言い方がまどろっこしいんだってば!」
「それは自覚済みだね」
 いつもの小難しい言い回しではぐらかされてしまったがつまりは……綺麗になりたかった、それでいいのだろうか。この女の言う綺麗は観念的でその実像を捉えている人なんていないだろうけど、俺がその条件に当てはまる人間だというのはなんとなく想像がついていたが。
「確固たる自我を持たない私なんて、いくら取り繕っても他人に指摘されれば作り上げた像が崩れてしまうんだ」
「へえ、それが錯覚ってことぉ?」
「そうだよ」
 鏡を覗き込んで、鏡に写る自分が信じられないといったような表情を浮かべているこの女は、最早自分の体すら俯瞰して見ている。「絵の具を置くパレットだと思って、好きにやってくれ」という、最初に言っていた言葉を思い出した。
「そんなベタベタ触ったら崩れるし、服とかに付くよ」
「ん、折角瀬名が魔法をかけてくれたんだ。大事にするよ」
「魔法使いは青葉達でしょ。俺は騎士だよぉ」
「あはは、魔法使いと騎士で円卓の騎士だ!」
 何が面白いんだ。というか、円卓の騎士になぞらえられるのもあまり嬉しくないのだが。声をあげてケラケラと笑う様子があまりにも珍しくて、怒る気も失せてしまった。

「12時で解ける魔法かあ、今だけ私はシンデレラだ」
「だから、別に魔法じゃないってば」
 太古の昔人間が御し得なかったそれを操ることを魔法と呼ぶのなら、ステッキを振らなくても、呪文を唱えなくても、人類みな魔法を使えるのだ。
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