タッチパネルに手をかざせば、研究室へ続く扉が音を立てて開く。長い廊下を経て、研究用の資料や用途不明の謎の機械が置かれた区画を抜ければ、今度は分厚い扉が現れた。その扉もどこからともなく機械音が聞こえたかと思うと低い音を立てながら開き、更なる地下室への道が見える。
 白衣を翻しながら迷いなく進むその女はギアクロニクル所属の科学者であり、ここはギアクロニクルから与えられた個人の研究施設の訳だが、そんなことは放り出して今は篭ってひたすら個人的な研究に没頭するばかりである。元々名前は""時機人形""や一般的なギアロイドのメンテナンス技師のようなものをしていたような、ギアクロニクルの中では珍しくもないただの科学者だった。過去形である理由は勿論、今は"ただの科学者"ではないということに他ならない。



 ギアクロニクルの歴史を知るものならば一度は耳にしたことがあるであろう、宇宙の「時」と「時空」について研究を続けた者たちの傲慢と狂気に満ちた願望の果てに生まれた、あらゆる時空に干渉し過去も今も未来も食むべく在る理想の兵器「デミウルゴス」。解き明かされた真理は、賢者とも呼ばれた研究者達を狂気へと導き、そして賢者達は愚者と成り果てた。ギアクロニクルが生まれたのは「デミウルゴス」が引き起こした世界の混乱への贖罪からだったというのは既に語るまでも無いが、残念なことに名前という科学者にとって記録としてその事実を理解していても「贖罪をしよう」というような特段の思いは浮かばなかったらしい。
 目的も無くただ才能を買われて技師としてぼんやりと毎日を過ごしていた名前が科学者として個人的な研究に没頭するようになったのにはとある切っ掛けがあるのだが、一先ずそれは置いといて名前の研究の詳細について語ろうとしよう。
 結論から言うと、行きついた先は「クローン研究」だった。クローンはクローンでも名前の研究しているものは簡単に言ってしまえばDNAなどの生体分子を複製して作るものである。名前の天才的な技術はギアクロニクルの為でなく、個人的な欲求を満たす為に使われた。
 惑星クレイという地において、クローン技術自体は神聖国家やネオネクタールを中心に研究が進んでいるが、クレイに生きる研究者達が今まで意図的に避けてきた道を名前は踏み越え、人間と寸分違わぬクローンを産み出すことに挑戦し、見事成功したのだ。
 研究所内でたまにすれ違う黒髪の女達、これも研究の産物らしい。研究資料を運んだり掃除をしている女達の様子をよく見てみると、女の顔立ちが全て一緒ではないか。着ている服装や髪型は異なっているから最初は小間使いでも雇っているのかと思ったが、振り向かれたその顔を見た瞬間その考えは否定された。
「随分と愛を注いでいるんだなァ?」
「何が言いたい」
「いや、我としてもお前の機嫌を損ねて大金を積んだ意味が無くなってしまうのは惜しい。黙っておくことにしよう」
「それが懸命だろう、カオスブレイカー」
 それまで微塵も動かなかった名前の表情が少しだけ動いた。今までポーカーフェイスを保っていたこの女の表情が歪められたという事実は、自分に僅かな高揚感をもたらした。
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