ベルノ・ファーレンハート/誕生日記念の残骸

「ベルノ」
「ただいま」
「おかえり」
 現在時刻は22時過ぎ。ベルノの仕事の関係上決まった時間に帰ってくることはないから、今日もふらりと遅い時間に帰ってくるのだろうと思っていた。誕生日だからといってモデル業が休みになる訳も無く、バレンタインに関連したイベントに出演していたらしい。
「今日のイベント、どうだった?」
「お客さんの反応もよかったし、上々なんじゃないかしら」
「それならよかったね」
 共演者かそれともスポンサーからかは判断がつかないが、イベントで貰ったらしい花束を抱えて帰ってきた。あんな沢山の花を飾れる花瓶はあっただろうか。
 帰ってきたベルノの様子を改めて見てみると、いくつも抱えているショッパーには高級ブランドや有名な洋菓子店の名前が書かれており、自分が送ろうと思っていたプレゼントとの差を感じてしまう。
「ごめん、荷物持つね」
「それじゃあまず花を置いてもらえる?」
「うん」
 花束を受けとれば意外と重みを感じる。送った人には申し訳ないが一先ず花束を床にそっと置き、両腕にかけられているいくつものショッパーを取り外す。一個一個は小さくてもこれだけの数があると相当な重さだろう。今日は朝から撮影があったらしいし、沢山の人に会ってその皆から誕生日を祝ってもらったのだろう。




江西サトル/完全なる未来でまた会いたい話とその原型になった話

「ここにナイフがあります」
「ああ」
「これからこのナイフであなたにわたくしの名前を彫ろうと思いますの」
「……ああ」
 机の上には、悪趣味なまでに派手な装飾が施されたナイフが置かれていた。
 目の前の女はにこにこという擬音が聞こえて来そうな笑みを浮かべている。女はこちらの返答を待っているのかひたすらに見つめてくるだけで、俺はどうすればよいのか分からなかった。この女はカンパニーに出資をしている大企業の社長令嬢だというのだから、無下に扱うことも出来ない。
 女の顔は、本気だった。
「それで、俺は何をすればいいんだ」
 女が何か考え込むような素振りを見せて数秒、ナイフを無造作に掴み放り投げた。壁にぶつかりカラカラと金属音をたてて床に転がる。
「やはり、やめにいたしましょう」
 わたくしは血を見たくありません。焼印にいたしましょう。

__________

「わたくし、自分のものをはちゃんと名前を書いておかないと、心配で心配でたまりませんの」

 女は楽しげにそう言うと、視線をこちらに向けてきた。
 呼び出されたのは夜景の見えるホテルのスイートルーム。こうやって呼び出されるのは、もう5回目だ。1回目はカンパニーの施設の一室で軽い世間話。2回目も同じ。3回目はとある料亭。4回目は高級ホテルのディナー。そして今回は高級ホテル最上階のスイートルーム。
 この女が自分にある種の執着を持っていることは、既に分かっていた。別にその事実には興味が無かったし、特段重視もしていなかった。
 女と自分の関係性は、とある思想に惹かれそれを掲げる明神リューズの元で働いているだけの、同僚もしくは顔見知りに過ぎないのだ。
 ……知識としてはある。きっとこれから行われる行為は、ある一定の関係にある男女がするものなのだろう。ただ一つ、目の前でニコニコとした笑みを浮かべる女と自分は、そんな関係ではない訳で。
 女の品定めするような目線は決して心地よいものではなく、一瞬だけ目線を外してしまう。
 やはり俺は、この女が苦手だ。

「やっぱり、つまらないわ」
 女は傾けていたワイングラスをテーブルに置くと、不機嫌さを隠すこともなくそう言った。出された飲み物に手をつけることもなく、女の言葉に返事をするわけでもない自分は、酷くつまらない人間に見えたらしい。
「あなたが此処に来るまで、わたくしは様々なことを考えておりました」
 目を一度伏せたと思うと、今度は丸っきり表情を変えた。普段は他者の事など一切考えていないような女が、このような表情をするとは思っていなかった。まるで誰かを思い焦がれ、囚われているような。
「あなたのことが、欲しいのです」

「わたくしたちで、幸せになりましょう」




新導クロノ/特別恩寵

「クロノ君って可愛い顔してるよね」
「は? 何訳の分かんないこと言ってるんすか」
「むらってきちゃった。えっちしよ?」
 名前の爆弾発言からコンマ0.1秒。まともに思考を働かせる暇も無くクロノはベッドに押し倒されていた。本来ならば男女の力の差で名前などに押し倒される程か弱くはないのだが、呆気にとられている間に押し倒されてしまったのだ。
「大丈夫だよ、多分気持ちいいから」
 じゅるり。そんな効果音が聞こえてきそうな名前の舌舐めずりに思わず味わったことのない高揚感と背徳感を感じた。嗚呼、自分は今からこの人に食べられるんだ、と。

「んっ……」
 噛みつかれるようなキスに思わず声を漏らしてしまったクロノ。ファーストキスがこんなに激しいものだとは微塵も思っておらず、尚且つ名前がこんなにも激しいキスをしてくるだなんて想像もしていなかった。恋愛や自分磨きだなんて二の次というような男の気配すら一切感じられなかったあの名前が。
「は、あっ……」 
 キスの間は呼吸も満足に出来ず、やっと口が離されてもただ荒く息を吐くことしか出来なかった。自分の上に跨がって余裕綽々といった表情を浮かべる名前がどうにも憎い。軽く睨んでみてもそんなのどこ吹く風と名前は口を開く。
「そんなに驚いた?」
「……名前さんって、もっとキス下手だと思ってました」
「あれれ? 不機嫌?」
 不機嫌にならない訳が無いだろう、クロノはそう思った。名前から感じる過去の男の存在に、苛立ちを隠せなかった。自惚れではなく本気で名前は自分のことを好いていると思っているクロノではあるが、自分の知らない名前の一面を知っている男がいると思うと、もっと早く名前と出会いたかった、歳の差が憎いと思わずにはいられないのだ。
「俺は名前さんに全部の初めてをあげるのに、名前さんは他の男にファーストキスも処女もあげたんですよね」
「うーん、クロノ君は相変わらず発言が重いなあ」
「俺の初めて、ぜーんぶ貰ってくれますよね?」
「ほんと、話聞いてるんだか聞いてないんだか。いいよ。クロノ君の初めて、全部貰って食べ尽くしちゃうから」




弓月ルーナ/無明

「ルーナちゃんと一緒にレッスンするのも今日が最後だね」 
「うん……」
 ルーナと名前二人一緒での最後のレッスン。それももう終了し、今は壁に寄りかかり休憩している所である。様子が気になり壁中に張られている鏡越しにルーナを盗み見ると、膝を抱え不安そうな表情を浮かべていた。Gクエストという普及協会の一大イベントのイメージキャラクターに大抜擢されたというのに、その表情は暗い。

 ダンスレッスン用の広い部屋には二人以外人はいなく、一度黙ってしまうと途端に静寂が広がる。数分程休憩し、呼吸も大分落ち着いた。そうなると帰らない訳にはいかない。
 明日からルーナはラミーラビリンスというユニットで蝶野アムというもう一人のメンバーと共にレッスンをすることになる。明日からGクエストが閉幕するまでの期間はレッスンや、普及協会のイベントで引っ張りだこのルーナと会う暇もないだろう。まあ、Gクエストが終わったところでラミーラビリンスが解散する訳もなく、ラミーラビリンスは協会の公認アイドルとして活躍していくだろうしまだデビューしてすらいない自分が協会公認アイドル弓月ルーナと会える機会なんてそうそう無いだろうと名前は思う。
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