10月4日:今日だけのありがとう(鹿と蟹)
クランプダウンにとって、それは死刑宣告のように思えた。
今にもシャットダウンしそうなブレインを、気力を振り絞って目の前に起こっている怪奇現象が一体何なのか必死で理解しようとしていた。
今、ブレインの中を占めているものは恐怖。ただそれだけだった。何故なら。
「あ、ありがとよクランプダウン…」
あのサンダーフーフに。
歩くヤクザ(元マフィアのボスだけど)の凶暴凶悪鹿野郎のサンダーフーフに、照れ臭そうに顔を紅潮させながら不器用にお礼を言われるなんて。
しかもクランプダウンには礼を言われる覚えが全く無いというのも不気味だった。
ますます深まる恐怖感にいっそ逃げ出したくなる。
(これなに?今から俺っち殺される?あーそうかーとうとう八つ裂きにされるのかー。あるいは蟹鍋にされるのかなー?だったらいっそ…)
極限の恐怖で思考回路が麻痺したせいか。悟りを開いた目で真っ直ぐにサンダーフーフを見上げるクランプダウンは、爽やかな笑顔を浮かべながら懇願する。
「殺される前にいっぺんカーチャンのお墓参りに行っていい?」
「…何言ってんだテメェは。別に殺さねーよ」
心底心外だと言わんばかりに言い放つサンダーフーフを、クランプダウンはえっと意外そうに見上げた。
「…ありがとよってマフィア流の死刑宣告じゃねーの?」
「どこのマフィアの掟だよそれは!俺は、ただ純粋に、ありがとよと言ってるだけだ!!」
「ほ、ほえええ!?そうなのんじゃ何でいきなりガチでお礼なんて言ってくんの!?やっぱり俺ガチでなんかした!?なぁ俺全然記憶ねーけどガチで何かやらかしたんだろ!?」
「別に不愉快なことは何もされてねぇ。ああ昔はあったかも知れねーがなぁ……あーいや、そんな涙目で震えなくていいだろ。今はテメェをとっちめる気はねーよ。…信じろよアホ蟹」
「む、無理だってそんな…せめて優しく殺して…」
「…あのなぁ…」
たかだか、礼を言った程度でこのビビリよう。
(お前にとっちゃ些細なことかも知れねーが、隠れてこっそり基地の掃除を毎日やっていること知ってんだよ。その礼だってのに)
ガクブルに震え始め、しまいには引きつって泣き出したクランプダウンを見下ろすサンダーフーフは、これ以上は無理か…とため息をついて両手を上げた。
(終)
| top | | mokuzi |