その計画は初耳だった。
オプティマスはメガトロンの自室で呆然としながらメガトロンの語る《プロジェクト》の説明を聞いていた。
彼が悠々と語る壮大な計画。その規模の大きさと言い様の無い感情の渦がオプティマスの胸の中で渦巻いている。
「…移民船団?私達がこの星系を飛び去って新しい故郷に移住するための…?」
「そうだ。ディセプティコンのみが新たなフロンティアへと旅立つ。戦争が終わった後にずっと我が構想していた一大プロジェクトだ。出・サイバトロン記とでも言い換えるか。ともかく、我々はサイバトロン星から物理的に離れる。それにはオプティマス、もちろんお前も我と共に来てもらうぞ」
説明を終え、満足げな笑みを浮かべてメガトロンは言う。
余りに壮大な計画の全容を聞かされて全く現実味がわかないオプティマスの肩に手を置き、優しく胸元に抱き寄せる。
抵抗も無く腕の中に抱かれるオプティマスのブレインは色んなことを考えていた。
サイバトロン星を離れる。物理的な距離で…距離?
それはどれぐらい離れているのだろうか?
「メガトロン、物理的な距離とはどれぐらい離れているんだ?」
「そうだな…オートボットと接触が無くスペースブリッジのゲートすら届かぬ超距離だ。10万光年…いや、サイバトロン星がある銀河を超えてさらに遠い銀河にある星だ」
オプティマスは衝撃を受けた。
「そんな…それじゃあまりにも遠過ぎるじゃないか!私はもう二度と故郷の地を踏めないのか?チームの仲間達にもう会えないと?」
「サイバトロン星に行く必要など無いだろう?あの星はオートボットが支配する星だ」
「私はオートボットだ…!」
「いいや。今やお前はディセプティコンだ。我が妻たる愛しいリトルプライム…ディセプティコンとして生まれ変わった。我との愛の証をその身に宿して」
メガトロンは愛おしむようにオプティマスの腹を撫でた。
オプティマスの顔は強張っていた。メガトロンについて行くことはオートボットを止め、ディセプティコンへと変わり二度と故郷の地を踏む事が叶わないと言う事だ。
ここへ来て、メガトロンは本気でプロジェクトを実行するのだと痛感した。
オートボットからディセプティコンになるーー確かに戦争は終わったのだから争う必要は無い。
けれど、だからと言って新天地へ旅立つ?
平和とは共存や相互理解で成り立つのではないのか。
「メガトロンは…」
微かに震えながら口を開く。
「私達と分かり合えないから物理的に離れようとするのか」
「互いに死者を出したくないならそれが理想の案だと我は思うが。大のために小を犠牲にしたくない、と訴えるならばな」
「私は…まだ迷っている部分がある。今までずっとオートボットでいたから、ディセプティコンになれと突然言われても簡単に受け入れる事ができない」
「分かっている。我は強制するつもりはないが、お前自身も分かっているはずだ。この先の未来を。だが考える時間は必要だろう、まだ出発まで時間はある。ゆっくり考えてみるといい」
「…ありがとうメガトロン」
顔を上げるとメガトロンの顔が間近に降りて来ていた。啄ばむようなキスにオプティマスは何も言えなくなる。
ベッドに欲望のまま押し倒されないだけメガトロンも成長したと言うことか。そうぼんやり考えながらもこれから自分はどうするべきか決断しなければならない。
全ディセプティコン機がサイバトロン星を旅立つまであと30サイクル。
この短期間のうちに、後悔の無いように。
翌日。ケイオンシティ内のディセプティコン中央部にてメガトロンに面会を求めるディセプティコン兵士がいた。
薄暗い通信室のモニターに移されたディセプティコンの顔を見たメガトロンは思わず含み笑いを浮かべる。
傍に立つラグナッツはひたすらオイル汗を滝のように流していて、足元に水溜りを描いていた。
同じくメガトロンを挟むように立っているショックウェーブは込み上げる笑いを噛み殺すのに必死である。
モニターを埋め尽くす巨大なー仮にもウーマンタイプに失礼な話だがー顔は怒りに歪んでいた。
そう、ウーマンタイプだ。それもメガトロンが全幅の信頼を寄せる部下の1機で、ついでに言えば忠臣ラグナッツの女房でもあるディセプティコン随一の女傑、ミス・ストライカ将軍である。
その女将軍が世にも恐ろしい形相でメガトロンを見下ろしていた。まるで不倫がバレた旦那を射殺す女房のようだなとショックウェーブはくだらない感想を抱く。
ラグナッツの方はガタガタと震えて今にも倒れそうではあるが。
ストライカは言葉を慎重に選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「偉大なるメガトロン様。近頃妙な噂が聴覚回路に届いたので真偽を確かめたくこうして通信をしているのですが…質問の許可を願います」
「許す。何でも聞いてみよ」
「メガトロン様がオートボットと和平を結び、とあるオートボットの1体と結婚をしたと言う噂は確かなのですか?」
「本当だ」
「……では移民計画の件も本当なのですか?我々はサイバトロンを諦めて奴らから尻尾を巻いて逃げ出すと」
彼女の直球すぎる質問にメガトロンは無言だった。ショックウェーブは最初から見守るつもりなのか何も言わず、代わりにラグナッツが巨体を揺らして反論する。
「ストライカ、それは違うっつ!メガトロン様は奴らから逃げるつもりは毛頭無いっつよ!」
「そうでなければ一体何のつもりか?メガトロン様、貴方が行方不明になられて以来、取り残されたディセプティコン兵士達は常に貴方に忠実であろうとした。いつか貴方が我々に故郷を取り戻してくださると信じていたから!しかし、貴方が帰還されてからの行動はあまりにも違和感があり過ぎる!我々の存在意義を、ディセプティコンの目的を消去するつもりなのですか!?」
彼女の叫びはメガトロンのスパークを波立たせた。
確かに、そう。
彼女の言い分は間違っていない。ディセプティコンを結成した理由は追放された故郷を偽善者たるオートボット、及び評議会から謂れのない迫害を受ける同胞を解放するためだった。
師であるフォールンの憎悪がサイバトロンを焼き尽くし、瓦礫の海を作り1から文明をやり直すと。
狂気に満ちた笑顔を浮かべて語るフォールンをメガトロンの記憶回路は鮮明に記録している。
『奴らのーーー死骸を踏みしめて瓦礫の海を泳げ、メガトロナスよーーー1機も残さず全てーーー破壊しろ。神が間違えて産み出したスパークはリセットされるべきだーーーー正しい生命をーー真の支配者をこの星にーーーー我の代わりに』
全てのオートボットを殺せ。
本当に?
大義のためにあの赤と青の美しいプライムが死ぬだと?
(我がオプティマスを殺す未来を我は否定した)
それだけだ。
しかし、
「傲慢な支配者を気取る偽善者共に血の雨を降らせ、全ての同胞に自由を、死こそ最大の慈悲であると説いた貴方が我々を否定するのか!何故!何故あのようなオートボットを貴方が?貴方は奴らが我々にした事を忘れたのか!?」
「ストライカ!いい加減にするっつ!お前はメガトロン様の御心が分からないのか!?」
ストライカは泣きそうな顔でラグナッツを見つめた。
「あんた…!あんたまでもどうしてだい……?私にはとても受け入れられない、こんな結末は決して望んでいない…」
「それでよい。今はまだ全てのディセプティコンがこの計画を受け入れるとは我自身思わぬ」
淡々と告げるメガトロン。
(なにを分かりきった事を!)
ストライカは心中で吐き捨てた。
「これは…いずれ最悪の事態を招きます。ディセプティコン内部でいつ分裂が起きてもおかしくはない。メガトロン様、貴方自身がディセプティコンを崩壊させてしまうとは…」
「いずれ復讐は終わる」
「それは今なのですか?メガトロン様、貴方の傍にいる愚かなオートボットを私に処分させてください!そのボットのせいで貴方は何もかも狂わされてしまった!」
「面白い、やってみろ。その代わり貴様が何処へ逃げようとも我が必ず探し出し殺す」
「貴方はーーー」
メガトロンの殺意に気圧されたストライカは絶句する。
「…出過ぎた事を申しました。どうかお許しください」
「よい。貴様を許す」
込み上げる怒りと恐怖を隠すように俯むいたまま視線を彷徨わせーーーやがて沈んだ声で謝罪の言葉を絞り出した。
メガトロンは腕組みをしつつ寛容な態度で部下の無礼を許した。つもりであった。
「…質問は以上です。任務に戻ります」
ブツリとモニターからストライカの通信が途絶える。
残されたメガトロンはモニターを睨んだまま思案に耽っているようだった。
ショックウェーブは主人の邪魔にならないよう、彫刻と化しているラグナッツの巨体を部屋の外まで引きずる事に決めた