A


「っ、――澪汰!?」



その物音に、澪奈は弾かれたように玄関に向かう。……するとそこには、



「……――、」



黒いシャツ、黒いズボン。全身を黒に包まれ、……そして、



「――ただいま」
「……!?」



親でさえも見惚れる造作の良い顔を、申し訳なさそうに歪めつつ、澪奈の息子、――名倉澪汰は、口の端に少し傷を作り、そこに立っている。澪汰は、走り寄ってきた母親に少し会釈した後、黙って自室に戻ろうとする。が、そんな澪汰を、さすがに澪奈は引き留め、そして真剣な顔で言った。



「っ、澪汰、待ちなさい。今日こそ、きちんと話をしましょう。……あなた、一体この1ヶ月、どうしたっていうの?空手の道場や部活を辞めたと思ったら、毎日毎日こんな夜遅く、―――それも、そんなケガばかりして、」
「――……」
「あんなに頑張っていた空手を辞めた時からおかしいと思っていたけど、……あなた、何かあったの?空手道場で苛められた?それとも、学校の部活でなにかされでもしたの?それとも、私たちに何か不満があって、悪いお友だちとおかしな事でも、」
「……、」
「答えなさい、澪汰。お母さんは何があっても絶対にあなたの味方なのよ?……だから、本当のことを言ってちょうだい。必ず、力になるから」



いつも優しく息子を見つめている穏やかな美しい顔を歪めながら、澪奈は必死にいい募る。しかし澪汰はため息をつき、……そして頭を下げた。



「…………今は、まだ、……言えない」
「……澪汰、」
「……」



心底申し訳なさそうに、息子は母に頭を下げる。その様はまるで今までと同じで、――とても苛めを受けているようにも、親や学校に不満があるようにも見えない。そして、静かだが意思の強い瞳は、この行為が彼にとって意味のあることで、だがそれを誰かに言う気はない、――そんな気持ちを如実に知らせていた。こうなってしまえば、もう彼はこの事について何も言う気はない、例えどんな事情があろうとも。それを知る澪奈はただただ悲しそうな表情を息子に浮かべ、――そしてそんな母親を、再度息子は申し訳なさそうに見つめた後、静かに頭を下げると二階の自室に入ってしまう。



「――……、」



その様を、ただ澪奈は、眉を潜めてじっと見つめる。その瞳は不可解と、息子に対する無力感に揺れていたが、やがて大きくため息をつくと、その場から離れ寝室に戻っていった。



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