名倉家の人々


注・この話は名倉くんが中学時代の話です。



――とある平日の夜、23時。主婦・名倉澪奈(なぐら・れな)は、リビングのソファーで身じろぎもせず、心配そうな顔でチラチラと時計を、そして玄関を見やっていた。……もう、日付が変わるまで一時間を切った。なのに、息子は帰ってこない。しかもここのところ、毎日のように。そのうえ、帰ってくる息子は常に傷だらけなのだ。腕にも、足にも、顔にさえ。衣服もくしゃくしゃの泥まみれの時が多々あり、まるで喧嘩の後のようだ。また今日もそんな姿をして帰ってくるのではないか、怪我をしているのではないか、――そう思うと澪奈は、気が気ではない。22時を過ぎた時点で何度もスマホに連絡はしたが、それもなしのつぶてと言った有り様だ。……どうしてこんな事に、と澪奈は再びため息をつく。



つい1ヶ月前まで、彼は澪奈にとっては自慢の息子だった。顔は親の欲目ではなく類い稀に整っていたし、夫である廉三(れんぞう)に似て、中学生ながら高い身長と長い手足、均整のとれたスラリとしたスタイルは嫌でも人の耳目をひいた。都会を歩いていたら声をかけられるのは日常茶飯事だと、彼の友人たちからも聞いている。しかしそんな恵まれた容姿でありながら、息子は常に真面目だった。今は辞めてしまったけれど、空手の稽古は今でも欠かしてはいない。勉強もきちんとしているし、親に反抗した事もないし、間違った事は一切しない。隣町にまで女子のファンクラブがあるそうなのに、そのどれもを一顧だにしないらしい。親の欲目ではなく、本当に完璧な、自慢の息子だったのだ、――そう、1ヶ月前までは。



しかし、今、息子はおかしい。夜はだんだん遅く帰ってくるようになったし、なぜか怪我までするようになった。訳を聞いても話してくれない、苛めにでもあっているのかと、それとなく回りに聞いてもそんな事実はないという。夫に相談しても、案外放任なところがあり、また家庭より仕事、という気質の男ゆえに『男は喧嘩のひとつもするもんだ』と、いかにもな無責任な返事しか返ってこない。自分の父母も、『わけを話してくれるまで待ちなさい』というばかりで、こういうことには当てにならない。……こうなったら、空手師範を務め息子を導き、彼からも厚い敬意を払われている夫の兄弟に相談するしかないのか、と澪奈が思い詰めていると、玄関の鍵がガチャガチャ、と音をたてた。

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