しょっぱい思い出の味です└|∵|┘イヤン

幼馴染みはとてつもなく真面目だ。
だから何だと言われたら一言、この世からありとあらゆる勉強が消えてしまえば良い、と甚く願うボクちゃんが居たりする訳だ。

「裕太…」
「頼む静かにしてくれ」
「冷蔵庫の中にビールがあるみたい」
「石の上にも?」
「三年。…あ、『ん』言っちゃったじゃないか!」

頼み込んで付き合って貰ったしりとり、強制終了。
いっそ俺が教科書になりたい…なんて四六時中考えてるよ!

「ユータぁ、ユータユータユータユータユータユータユータユータユータユータユータ」
「黙れ」
「つまんない。つまんないつまんないつっまーんなぁい」
「黙れ」
「雪」
「黙れ」
「ブッブー!雪と言えば雪だるまだろ、馬鹿じゃん♪」
「黙れ」
「そろそろ泣きますよ」

教科書を開けば何も見えなくなるユータの眼鏡はじっとテキストを見つめたまま、俺が何を言っても黙れしか言わない有様だ。
ああ、なんてつれないベイビーだろう。お兄ちゃんは悲しいよ、ユータの方が数ヶ月先に生まれてるけど。

「ねー、晩ご飯何が食べたい?」
「黙れ」
「ユータが泊まりにくるのって超久し振りだし、」
「黙れ」
「マーヤも修学旅行で居ないし親父出張中だし母ちゃんディナーショー行ってっし、」
「黙れ」
「はからずも二人っきりの夜!あっは、危険な予感がしないかいユータきゅん」
「黙れ」

…挫けないもんっ!
諦めたらそこで試合終了なんだもんっ!俺ってば中学時代バスケ部だったからこの言葉大好きなんだもんっ。

押して駄目なら押しまくれ!
攻めて攻めて攻め続ける不屈の精神イコール俺!ネバーギブアップ俺!ハレルヤ!

「はぁ、何か暑苦しいな今日は。昼間雨降ったからかな」
「黙れ」

さり気なくシャツを脱ぐ作戦、失敗。ユータにお色気はまだ早いのか、お子様めっ。この筋肉美を見ろ!そして惚れ直せ!始めから惚れてないとか言っちゃらめぇ!

「いっや然し、たった二・三時間であんな事になるなんてなぁ」

梅雨明け十日、昼間の雨がもたらした市街地の半分を水没させる水害は、川の近くにあるユータのアパートの一階を呑み込んだ。
因みに俺の家とユータのアパートは隣同士だが、物は言いようと言う言葉がある様に物凄く離れた隣同士だ。

無駄になだらかな坂の下にあるのがユータのアパートで、坂の上にある一軒家が俺ん家である。その距離実に100メートル。最早隣同士とは言えない距離だな。俺ん家の庭から飛び降りた方が早いくらいだもん。いやまぁ、三階分くらいの高さがあるんだけどよ。

で、アパートの一階を全滅させた洪水のお陰で電気水道ガスのほぼ全ての供給が止まってしまい、住人は皆とりあえず避難する事になった。木造部分もあるから倒壊とか心配だしな。
ともあれ、明日には業者が入る。いや、アパートの大家がうちのじいちゃんなんだわ、これが。

だからアパートが凄い事になってるのを見てビビった俺が颯爽と泳いでユータを救い出して、携帯から電気会社とか消防局とかに連絡したのだ。
うわ、俺ちょう格好良い。拍手しなさい。

二階のユータは勉強してたらしく、水害には気付いてなかった。階段の上まで迫る洪水に、「何事だ」なんて呟いて眼鏡を押し上げたマイペースっ子だもの。
一階の住人達がクロールしてるのを見てポカーンと目を見開いたユータの可愛さは一生忘れないだろう。今夜俺の右手はプラチナフィンガーになるに違いない。

因みに、迷わず浮き輪を膨らましたユータは、びしょ濡れで助けに来た俺を無視して近隣住人の救護に飛び出してった。
取り残されてる子供とか溺れてる野良猫とか颯爽と助けて、近くの学校に避難誘導したユータと俺は警察から感謝状が出るらしい。俺はユータさえ無事ならどうでも良かったのに。ユータが心配で付いていったから、たまたま手伝う事になっただけでさぁ。あー、明日は筋肉痛だ。ちくしょう、益々良い男になるじゃねぇか。


いやマジで防水携帯で良かった。
ユータが心配過ぎてジーンズに携帯入れたまんま、滝になってる坂の下に飛び込んだから俺。
ディナーショーの準備してた母ちゃんがスッピンで叫んでたけど。息子の無事より「ディナーショーが中止になったらどうしましょう!」だなんて、我が母親ながら天晴としか言えない。愛してるぜ母ちゃん、ユータの次の次に。ユータの次は自分を愛してるから俺。


「ゆぅたぁん、たっちゃん肩が重いのぉ、もみもみしてぇ」
「黙れ」
「泳いでる時にメタボなオッサンが流れてきてさぁ、このパーフェクトボディに抱き付いてきちゃってぇ、もぉうセクハラ〜」
「黙れ」
「一発殴っといたけどぉ、あれって裁判ものじゃなぁい?だってたっちゃんはぁ、ユーちゃんのものだしぃ」
「黙れ」

因みに夕方には洪水も引いて、所々水溜まりになってるものの、通行に妨げはない。今も元気な若者がバイクで暴走していった具合だから。あの煩さに比べたら俺なんか無口なくらいだっての、なぁ?
さてさて。
主張先から連絡してきたユータのおばちゃんと、予定通りディナーショーに出掛けてった血も涙もない母ちゃんが話し合った結果、住めるくらいに回復するまでユータは俺ん家で寝泊まりする事になった。ちくしょう恐るべき水害め、感謝しますっ。

「あーあ、外食するっつっても開いてる店あんのかよ」

良く考えたら殆どの店が臨時休業だ。被害の片付けで大変だろう。
化粧バッチリでユータを招き入れた抜け目ない母ちゃんには適当に食っとくから平気っつったけど、出前もアウトだったら最悪コンビニ弁当か?
いやまぁ、平気だけど。バンド練習中には良く食べてるし。コンビニラブ。暇潰しにも丁度良い。立ち読みはしないけどな、ずっと立ってんのって面倒臭いし。威勢の良い餓鬼に喧嘩売られるし。


ま、勝つけどw
あっは!


「いよっし、コンビニ行って来るわ。何が食いたい?」
「…コンビニだと?」

漸く黙れ以外の言葉を喋った背中に、俺のオデコが水没しそうになった。やばい、忘れてた。ただでさえ節約家で家庭的…早い話がケチで主夫なユータの地雷を踏んだみたい。
何せユータはつい最近まで携帯すら持ってなかった生きる化石なんだ!使っても使わなくても払わなきゃいけない基本料が無駄だって言って、何回言っても買おうとしなかった。いっそ俺が買ってやろうかと思ったけども、バンド仲間に言ったらパトロンかと呆れられたので自重しました。はい。
で、呆れたおばちゃんが定額制のプリペイド携帯を買ってあげて、やっとユータも携帯を持った。俺の親父のお古のワープロをレポートとかに使ってるから、メールはお手のものだ。但し絵文字も顔文字も使わない、黒メール。なんて男らしい子だろう。愛しい。

「…あの、ユータきゅん?」
「そこで待ってろ、飯の準備してくる」
「は、はぁい。何か足りないものあったら買ってくるから言ってねぇ…」

キッと俺を睨んで立ち上がったユータがズンズン階段を降りてった。いやまぁ付いていくんだけど。何か俺、ユータの犬みたいだな。
…ちょっとときめいた。いかんいかん。


「一通りあるな。簡単に済ませるなら…カレーかピラフだろう」
「カレー!カレー!」
「福神漬けあるか?」
「要らない!福神漬け甘いから好きくない!」
「判った。カレーとサラダにするか…」

家事歴十年以上の幼馴染みは料理上手。ユータのアパートに泊まる時は大体ご馳走になってるけど、いやマジうちの母ちゃんより上手いと思うよ。うん、惚れた欲目!キャハ!

「ユータ、来週うちの従兄弟が遊びに来るんだけどー」
「社長の方?芸能人の方?」
「芸能人の方ー。ハヤト兄がねぇ、また服とかアクセとか持って来てくれるってぇ」
「ふぅん。確かモデルだったな」
「ユータそーゆーの興味ないからなぁ」

実は地主だったりするうちは金持ちの部類に入る。家こそ立て直したから近代住宅だけど、俺が幼稚園に行ってる頃は笑えないくらい古びた屋敷だったんだ。
じいちゃんが死んで親父が継いだから、今の家になったんだけど。だだっ広い庭で野球出来ちゃう。親父なんかゴルフやっちゃってるから。

で、こちらもお嬢様だったりするうち母ちゃんの兄さん、つまり俺の伯父さんが国会議員で、母ちゃんの家は総理大臣を排出した超名目政治家な訳。
伯父さんには二人息子が居て、俺の3つ年上と2つ年上。弟の方は隠し子なんだけど、兄弟仲は悪くない…っぽい。
ユータが言ってたモデルの方が隠し子で、俺の親戚だけあって二人共スゲェ美形だ。で、兄貴のアサヒ兄ちゃんはハヤト兄が可愛くて仕方ないとか。元ヤンのハヤト兄に蹴られても殴られても怒らないから、Mかも知れない。いや、そう言うMな兄ちゃんも元ヤンキーだったらしいけどさ…、


え?
Mの家系…?
いやいや、ハヤト兄はドSだったから大丈夫…な、気がする。俺はMじゃない。うん。
俺はユータの犬になりたいんじゃない!恋人になるんだい!


「ハヤト兄が飯奢ってくれるっつってたから、ユータも行こー」
「無関係な俺が相伴したら悪いだろう」
「ハヤト兄は金持ちだから大丈夫だって。日本で一番売れてるモデルなんだからよぉ」
「…そう言えば、帝王院の卒業生だったか?」
「ハヤト兄、仕事忙し過ぎてあんま大学行ってないっつってたな。頭は超良いから進学科だったみたいだけど」
「そんなに凄い人なのか…」

昔。
中学時代。私立の推薦枠貰えた筈のユータが、おばちゃんに言えなくて推薦蹴ったのを知ってる俺としては。やっぱり未練があったのかな、とか、思うわけよ。
うちの中学は変わってて、テスト後に順位を張り出してた。得点は隠してたけどな。教科ごとに何位、とか。競争心を高める為らしいけど、えげつねぇだろ。

で、ユータは三年間ずっと一位だったんだ。平均95点。凄いだろ、俺のユータ。

「西園寺と帝王院、あの時もしどっちも行けたらさぁ。ユータどっちに行った?」
「何だいきなり」

野菜切ってる背中をダイニングテーブルから見つめながら、聞きたかった事を口にしてみる。答えによっては、成績優等生で元ヤンで芸能人なハヤト兄にユータは会わせない。
ハヤト兄は男も女も食っちゃうバイのエロ魔神だからっ!

「どっちにも行かなかっただろうな」
「…は?何で?」
「じゅ、授業料が勿体ないだろうが!徒歩通学の方が健康にも財布にも優しいからな!皿!ぼーっとしてるならサラダボール取れ!」
「はぁい」

ユータの怒りのツボは謎だ。
でもまぁ、あの時もしユータが推薦蹴らなかったら俺が邪魔しまくってユータから推薦枠奪っただろうし。良いけどな。
いや、ユータが本気で西園寺に通いたかったなら止めなかったけど。


「ユータぁ、再来週はとこがパーティーするんだって。一緒に行こー」
「パーティー?」
「創立記念のパーティーらしいよ。ハルカ兄ちゃんから招待状来てた」
「創立記念?」
「うん、ばあちゃんの兄ちゃんの孫なんだけどさー、西園寺遥ってゆーの」
「お金持ちそうな名前だな。ルー取ってくれ、………さいおんじ?」
「うん、西園寺学園の理事長。ユータも昔遊園地連れてって貰っただろ、ハルカ兄ちゃんに」
「…」
「そう言えばユータが西園寺推薦受けなかったから随分落ち込んでたなぁ、昔。俺らは入試も授業料も免除してくれるっつってたし。ユータなら進学科も実力で入れるだろって、俺は理数科しか無理そうだったけど」
「…はい?」
「ぶっちゃけ帝王院の今の学園長親戚だから、言えば裏口で入れてくれたかもしんないな。勿論授業料免除で」
「………」

男子校じゃなかったら悩まず行ったけどな。男子校なんだもん。可愛いユータが襲われたらいけないし!真面目で純粋なユータが穢されちゃったら相手殺すし!
これでいいのだ。バカボンか。



「公立のが気楽で良いよなぁ、ユータ」
「そ…そう、だな…は、ははは」

野菜たっぷりカレーが、何だか今日は塩っぱく感じた。ユータの作ったご飯なら残さず食べるけど!




「…は、ははは………推薦蹴るんじゃなかった…ぐすっ」
「何か福神漬け欲しくなってきたなぁ」


しょっぱいぜ!


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