大分苦労させられてます。はぁ。

俺には同い年の幼馴染みがいる。
だから何だと言われたら一言、ただそれだけだ。


己の顔立ちの良さと頭の馬鹿さを自覚しているらしいアイツは、思い出す限り数年前まであそこまで馬鹿じゃなかった筈だ。
気付いたらチャラ臭いのを通り越し、変態になっているのだから呆れる気力もない。あれが本当に俺の知っている達哉なんだろうかと、暫く悩んだ時もあった。すぐに馬鹿馬鹿しくなったが。


「ユータ、ダーリンが来・た・ぞ☆」

爽やかな午前7時、新聞を取りに行った俺が玄関先で凄まじく不細工な表情を晒したのも仕方ないだろう。
キャハ、と阿呆らしいポーズを決めた、何処ぞのホスト宜しく白いコートなど纏う幼馴染みに呆れ果てたからだ。一瞬で心が冷えた気がする。

「はいはい、寒いから入れて入れてお邪魔しまーす」
「…おい、」
「あらぁ、タツヤンいらっしゃーいっつかお帰りなさーい」
「マミィただいまぁ」

狭い居間兼俺の部屋でハイタッチなぞ決めている幼馴染みと実の母親に、新聞を握り締めたまま振り返った俺は開いた口を塞げなかった。
タツヤンって何だ母さん。お帰りなさいって此処は俺達親子二人の家だろ母さん。
然も何がマミィだ馬鹿が!のうのうと炬燵に座るな!勝手に朝飯喰うな!


とりあえず後半だけ幼馴染みに吐き捨てれば、良いじゃないのケチ臭いわね兄弟みたいなものでしょアンタら、などと胡瓜を顔中に張りつけたままトーストを齧った母さんに俺は力尽きた。
大雑把と言うより破天荒な母さんと、馬鹿の頂点に君臨する幼馴染みのタッグは或る意味最強だ。相手にするだけ労力の無駄。

「ハニー、お味噌汁お代わり」
「やぁだ、何か新婚みたいねぇ」
「マミィ、俺とユータは出会った瞬間入籍したも同然だから、スイートテン越えてるんだぜ」
「やぁだ、御馳走様ムコ殿!」

馬鹿だ。
六畳の狭い空間に馬鹿が二人も居る。

さっきまで携帯の向こうへ怒鳴り散らかしていたとは思えない母さんの豹変振りも、
昨夜のオールナイトライブが如何に盛り上がったかを脚色しまくりで語る幼馴染みも、
目を輝かせてユータもギターやりなさいよなどとほざく母さんも、
裸の上に白いコートを着ている幼馴染みが俺が教えるからなどとほざく声も。

相手にするだけ労力の無駄遣いだ。大人のスキルを行使させて貰おう。そう、スルースキルと言う名の防衛手段を。


「タツヤン、悪いんだけど私ちょっと出てくるからさ。ゆっくりしてって。何なら泊まって行きなよ、疲れてるでしょ?」
「マミィ、今日も仕事?休みじゃなかったっけ?」
「新人が有り得ないポカやりやがってさぁ、取引先に頭下げに行かなきゃなんなくなったのよ」
「あっちゃー、中間管理職の痛い所だな」
「全くだわ。じゃ、行ってくるから。ライブ成功祝いにお土産買ってくるから期待してて息子よ!」
「胸ときめかせて待ってるよマミィ!大好きだぜ!」

ブチュ、と投げキッスなどカマす幼馴染みに、バチコン、とウィンクした母さんが慌しく着替えて出ていった。
幾ら産まれて間もない頃からの付き合いだからと言って、若い男の前で生着替えする母さんに溜め息が止まらない。今更言った所で昔からこの有様だ。幼馴染みも母親が着替えてるくらいにしか考えないらしく、風呂上がりの母さんが半裸で歩いていても平然としている。
息子の俺が恥ずかしさの余り悶え死にそうだと言うのに。

「はぁ」
「御馳走様でした」

行儀良く手を合わせたそんな所だけ律儀な幼馴染みが狭いキッチンに消えて、何ともなくもう一度溜め息を零す。
何なんだ朝から。本当に。

「ユータ、褒めて」
「何をだ。食べた食器を片付けるのは当たり前の事だろうが」
「違うって、ライブ頑張った俺に労い!褒め殺し!ご褒美っ!」

ステージ衣装なのか、白いコートを脱ぎ捨てた幼馴染みが勝手知ったる何とやら、小さな押し入れを開けて中のカラーボックスを漁った。
中には今まで幼馴染みが置いていったお泊まり道具やら、事ある毎に理由を付けてはプレゼントしてくる同じブランドの服がわんさか。

「んー、今日のユータはシックカラーだかんなー…俺もブラウン系で行くか…」

ブツブツ呟きながら押し入れを漁る背中を眺めて、溜め息を飲み込みつつ背を向けた。
窓際の勉強机に腰掛けて、茶碗はアイツに洗わせようと秘かに頷いて教科書を開く。教育学部の俺は将来的に教師になるつもりだ。教育学部だからではなく、そもそもから教師になりたかった。今は勉強の毎日だ。

一口で教師と言っても、教育課程を経て、高校教師、中学教師、小学生教師など目指す資格を取る為に様々な試練がある。
一番手間が掛かるのが小学生教諭で、養護教諭の資格と同じく、養護教育も学ばなければならない。真逆に最も容易に受験出来るのが高校教師の資格である。当然国家試験だが、教育課程を卒業した大半の人間はまずこれを取得しているだろう。

資格があった所でこの就職氷河期、採用は容易ではない。第一希望採用など夢のまた夢だ。


「ユータぁ、つまんなーい、遊んでぇ」
「黙れ煩い」
「歌うから聞いて、昨日一番盛り上がった曲。作詞作曲俺、ツンデレボリューション」
「今日は社会科から始めるか」
「Ah〜♪お前はつれない小悪魔〜♪俺を惑わせるイケナイハニ〜♪黙れと言う前に黙らせてくれその唇でっ!」

グキッ、と頚椎が甲高い音を発てた。超至近距離、掛けたばかりの眼鏡レンズ越しに長い睫毛が見えた…気がする。
余りに近いとピントが合わないものだ。特に最近益々目が悪くなった俺は、道路標識が肉眼では見えない事がちょくちょくある。…などと言ってる場合ではないな。


「あ痛ッ!!!」

幼馴染みの悲鳴。
握り締めた右手が幼馴染みの頭上にある。ああ、無意識だからこそ本気で拳骨を落としたらしい。
生きているなら構わないだろう。これ以上馬鹿になる事はないだろうから。

「酷い!ご褒美のチューくらい良いじゃないか!良いじゃないか!」
「…黙れ」
「ベロ入れたりしないから!もしかしたら入れるかも知れないけど!絡ませちゃうと思うけど!あわよくば押し倒、」
「黙れ!黙れぇえええ!!!」

咄嗟に掴んだ広辞苑で幼馴染みの頭を殴り付けた。ばたりと倒れた幼馴染みが痙攣している様な気がしたが、そんな事に構う余裕はない。



「ごめんユータぁ、ちょっとした出来心だったんだよぉう!許してぇ!謝るからぁ!体で償うからぁ!」

畜生。
柔らかいものが一瞬だけ触れた唇を押さえて、教科書を睨んでいる様に振る舞う。


「…黙れと言うんだ、馬鹿が」


窓ガラスに映る幼馴染みの不細工な泣き顔に、意味もなく頬を押さえた。



「ユータぁあああっ、無視しちゃいやーっ!」
「…」
「ユータぁあああっ、離婚の危機はいやーっ!」


ああ神様、菅原道真様。
聖職者を目指す者でありながら、こんな馬鹿に惚れてしまった我が身をお許し下さい。



-illust/柳屋 様-


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