可視恋線。

溺愛の裏には恐怖政治があるもんだ

<俺の嫁は豆類最強の刺客>




「おお、マーナオや。パパだぞう、健勝にしておるかぁ」

鬱陶しい事この上ない猫撫で声をBGMに、努めて冷静を装おうのは他でもない、この俺、大河朱雀だ。
作者の気が向くままに一人称が代わる事でお馴染みの本作、とうとう俺に回ってきちまったらしい。文句は奴に言え。作者か、そこでデレデレ鼻の下を伸ばしてやがる糞白髪に、だ。

「そうかそうか、今回の一斉考査は赤点が一つしかなかったのか!」
『えへへ、頑張りました〜。でもやっぱり数学は苦手っ』
「流石だのうマーナオや、左席会長と言う重職も担っておるのに、勉強も頑張っておるとは…。パパは涙で眼鏡が雲ってしまったわ。良いのう、石さんは良い息子を持ったのう…しくしく」

おのれ老害、紛れもなく嘘泣きではないか。
にやにやしながら泣く奴が居て堪るか。そんなもん、日本最強のアルテマウェポン、山下…山村?あの糞チビに殴られて喜ぶ叶二葉と腐れ遠野だけで良い。
日本は妖怪の巣窟だ。アジアの掃き溜めだ。

然し、そんな日本が産んだ至上唯一の国宝、松原瑪瑙こと『まめこ』は極めて平凡に育った俺の嫁(候補)、健気にもパパと慕ってやる。器の広い男だった。

過去に自分がされた悪戯を忘れているのだろう。
あれほど泣いてあれほど混乱した癖に、喉元過ぎれば馬鹿さ忘れる…だったか?
ともかく、俺の嫁はお人好しだ。何故そろそろ俺に代われと言わないのか。いつまでジジイと話すつもりなのか。畜生。

『あっ、また。パパさん、泣かないで!俺、俺、留年しないように頑張るからっ!本当は中国に留学して、エリート街道に進みたかったけど無理そうだから諦めました。でも!最上学部に通いつつ花嫁修業するって決めてますし。えへへ』
「おお…。然しマーナオや、老い先短い我はそれまで生きておるかのう…」

まだ50代だろうが、と。
俺は怒鳴りたい気持ちを必死で圧し殺し、糞親父が嫌がらせ半分で持ってきた大量の決済書類を片っ端から片付けていった。

日本で言う所の叩き上げ上等とは、確かに有り難いが、こうも休む暇がないと恨みたくもなる。事実、日本を離れてから今日までの2ヶ月弱、平均休憩時間は三時間。その内の二時間強はマーナオとのスカイプセックスに費やしてっから、幾ら俺でもそろそろやばい時期だ。

欲求不満と眠気で本気でやばい。

「ともあれ、夏季休暇はずっとこっちに居るのだろう?楽しみだのう、我は今から全ての仕事をキャンセルしたぞ。何処ぞ行きたい所があれば我が連れていってやるからのう、楽しみにしておれよマーナオや」
『あ、そこは朱雀先輩にお願いするので間に合ってますです』
「ぶふ」

盗み聞きしてる訳じゃない。ざまーみろと、心で笑ってやるくらい良いだろう。流石は俺の嫁、言葉の攻撃力がパネェ。

そもそも俺に掛かってきた電話を、あの糞ジジイが勝手に出やがったんだ。勝ち誇った顔でハンズフリー通話とは舐めてやがる。ジジイがキャンセルした仕事は当然、俺に跳ね返ってきた。

押し付けられた、ってか?
…どっちでも一緒か。新米の俺に拒否権はない、っつーか仕事に関しては親父に口答えする気はねぇ。業界での親父の立場や手腕を理解出来ねぇほど馬鹿じゃないつもりだ。
自分の実力が足りていない内は部下からも舐められる。大河の名を名乗る限り、若輩の甘えは許されない。

グレアム統治下にある企業が蠢く香港を、辛うじて繋ぎ止められてるのは奇跡だった。台湾にしてもそうだ。文化圏が違いすぎる。
大河が倒れれば、アジアはあっという間にアメリカに喰われてしまうだろう。グレアムが存在する限り、アメリカ大陸は最強だ。今は日本も同じく。

「それはどうかのう。朱雀は仕事がちっとも終わっとらんのだ、マーナオがやって来ると言うのに」
『えっ?!朱雀先輩、何やってんの?!でもお仕事大変なのは俺なりに判ってるから、我儘は言いたくないけど…。パパさん、何か俺に出来る事ありますか?!』

誰が押し付けてくれたお陰で俺が苛立ってると思っているのかと、いい加減ぶん殴ってやろうと思った瞬間、まめこの大声が響き渡った。
流石の親父も電話の子機を耳元から遠く引き離し、軽く耳を押さえている。全く、ざまーみろだ。

「マーナオ、手伝うと言ってもな…。汝の気持ちは判らんでもないが…」

判ってねぇだろうが、と、もう少しで喉から零れ掛けた言葉を呑み込んだ。だったら自分の仕事を子供に押し付けんなと思うが、試練は面倒であればあるほど、乗り越えた時の己を磨き上げる事を俺は知っている。

…腐れグレアムのお蔭とは思わない。

『可哀想な朱雀先輩っ、俺が、俺がちっとも役に立たない奴だから…!』

いや、お前は役に立ってる。
主に定期的に送ってくる写メや動画、テレビ電話で大いに役に立ってる。今や俺の右手はプロを越えた。

既に親父の話なんか聞いちゃいねぇまめこが泣きわめく声が聞こえた俺は、最後の書類に『却下』と書きなぐり、叩きつける勢いで立ち上がる。

「走開、我今日結束営業!(失せろ、俺の仕事は終わった!)」
「ふん、ケチ臭い男だのう。どれどれ、本当に終わっているのか」
「…下らんいちゃもんつけてんじゃねぇ、葬式早めてぇのか糞親父」
「よよよ。何と意地の悪い事を言うのか…。聞いたか朱花、朱雀が我を殺そうとしておる。たった二人の父子だと言うのに、酷いのう…」
「はいはい嘘泣き嘘泣き」

纏めた書類をジジイの白髪頭に投げつけて、受話器を取った。散らばった書類を拾っているジジイめ、いい気味だ。

「朱雀、屋敷に戻るなら李を連れていきなさい」
「要らね、隣で寝る。わざわざヘリ飛ばしてまで帰るか、面倒臭ぇ」
「全く、誰に似たのか…。我はどんなに多忙だろうが毎日家へ帰ったものだぞ、それをお前と言う親不孝者は…」
「もしもしまめこ、俺だ」

親父の因果応報、ババアの写真など残っていないが、腐れ遠野が不気味なほどそっくりな肖像画を描いてくれやがったので、本社〜支社全てに死んだババアの肖像画を飾っている。本物は香港の屋敷にあるが、此処は上海だ。
親父が泣きついているそれは、複製でしかない。どっちにしろどれだけ似ていようがただの似顔絵だ。馬鹿馬鹿しい。

『うっ、朱雀先輩っ?お仕事は終ったのっ?』
「ああ、終わったぞ。それより、期末対策、早めにやっとけよ。今回追試が少なかったからって油断してっと、追試と補講で夏休みがなくなっちまうからな」
『うっ。まだ一斉考査が終わったばっかなのに…!もっと労ってよ!バカ!』
「判った判った、良く頑張ったな。そんで、飯はもう食ったのか?」
『今夜はラーメンだったよ。ほら、こないだ工業科の子に期限切れの袋ラーメン貰ったって言ったでしょ?あれと購買の90円のもやしと、山田先輩…じゃなくて白百合様じゃない方の叶先輩に貰ったドイツのハムで!』
「ウィンナーな」

俺がこの世で最も面倒臭いと思ってるチビ…もとい山田と叶は年明けに入籍して、イギリスとドイツでは政府主催の結婚式まで執り行われたらしい。
何がどうなったのか、ドイツ空軍戦闘機には太陽を示す『Sonne』と言うロゴが入っていると、ドイツ語で光と言う名を持つ従兄弟がほざいた。

『そうそう、ぶっといウィンナー。そう言えば山田先輩…じゃないや、叶先輩…紛らわし!もう山田先輩でいいや…。二人共、今は南極にいるそうだよ。オーロラ見るんだって!白百合様が低体温症で大変だったみたい。白百合様って寒がりなの?』
「知るか」
『あ、それと藤倉先輩に暑中見舞い書く約束したんだけど、今ってアメリカに住んでるんでしょ?ちゃんと届くかな…』
「ああ、確か最上階に進んでから、すぐ留学したっつってたな。工科大の建築で何やってんだ、アイツ?」
『朱雀先輩、たまには連絡とかしたら?』
「裕也は今ケータイ持ってねぇぞ、そもそも携帯を携帯しねぇ奴だった」

卒業後、進路が別れた奴らの近況は俺よりまめこの方が詳しい。
左席会長だからと言う訳か、未だに卒業した奴らの大半が執務室に集まってるそうだ。
遠野と糞グレアムは最上学部に進んだので、ほぼ毎日学園内を歩いてるらしい。暇な奴らだ。

『一緒に住んでるケンゴ先輩は?』
「健吾の番号は知らね」
『ケンゴ先輩凄いんだよ、適当に書いた曲が今度映画の主題歌になるんだって!その映画の主演が東雲恭なんだってー!知ってる?!東雲恭!かっこいいよねー!』
「誰だそれ、まさか浮気か?」
『何言ってんの俳優だよ、売れっ子俳優。朱雀先輩と同じ19歳だよ、知らないの?』
「俺はお前にしか興味ねぇ」
『好き』

物好きな奴らだが、ある意味、まめこの安全と左席の仕事は安泰だ。裏社会で知らぬ者はないグレアム夫婦の土地で、好き好んで悪さを働く奴は居ねぇ。筈だと、信じたい。

「………何にせよ、まめこには指一本触れさせやしねぇ」
『朱雀先輩?何か言った?』
「いや?それより、何か変わった事あったか?」

欠伸を噛み殺し噛み殺し、殆ど住み込んでいる仮眠室に足を向ける。日本の様子は監視してるので大体把握しているが、完全に目が行き届いている訳ではないので、油断大敵だ。
近頃不審な荷物が幾つか届けられている為、大河一族全てが神経を尖らせている。

『なーんにもないよ?あ、山田先輩の親衛隊の人、こないだお菓子くれたんだ。スヌーピーのチョコ!』
「フォンナートかよ。アイツは変態だから近寄んな」
『付き合ってた彼女さんと結婚したんでしょ?奥さんも山田先輩のファンなんだって!』
「はぁ?」
『スヌーピーの人の奥さんがやってるオンラインゲーム?か何かで、山田先輩、神様って呼ばれてるんだって。配信三日目にはランキングで一位だったそうだよ、良く判んないけど!』

とりあえず、日本のマーナオに変化はない、らしい。山田のキモさが増しただけだ。マジで何者なんだあの男。キモい。

『朱雀先輩こそ、変わった事ない?風邪引いたりしてない?』
「ああ、今んとこ何もねぇ。でも心配ならGPSでも盗聴でもやってろ、一日中、俺だけ見とけ」
『えっ、バレてたの?!…えへへ、疑ってる訳じゃないよ?でも浮気したら…許さないからね?』

ああ、嫁の無邪気な笑顔が放つ邪気。
不良に振り回される平凡が見たかった馬鹿野郎と、それを完膚なきまでに阻止したかった馬鹿野郎の痴話喧嘩で、初々しかった『平凡』は平凡から遠ざかった。


『俺から朱雀先輩を奪おうとする奴は皆、スープにしてやる』

悪びれないまめこの声に俺はとりあえず黙る事にする。
遠野の所為で主人公に祭り上げられ、その所為でグレアムから人格を書き換えられたまめこには、『理性』がない。
端的に言えば、本能が剥き出しの状態だ。本人に自覚はないらしく、元々、見た目はともかく中身は普通の男だったまめこは、喜怒哀楽のどれ一つでもメーターを振り切ると、大変な事になる。

何が大変かと言えば、本来眠ったままの人間の脳の大半が、解放されるのだ。それの何が大変かは、俺だけ知ってりゃ良い。
過去に一度、遠野の催眠術でまめこを助けようとして失敗した俺は、現在に至るまで細心の注意を払ってきた。

「俺はまめこのもんだ、安心しろ。つまりまめこは俺だけのもんだ」
『うん!そうだよ!』
「な?無問題だ」
『もーまんたい、もーまんたい。えへへ』

ルーク=グレアムに知らされた一件も親父に伝えてある為、俺の警備に四六時中数人張り付いているっつー、糞鬱陶しい状況だ。鬱陶しいが、下手に動いて嫁に心配させる訳にはいかない。
俺の体は俺だけのものじゃない。そして、ふにゃふにゃ笑っているまめこをまめこのままで居させる為にも、だ。その為なら、何も恐れる事はねぇ。一つも。

「早く会いに来い。そろそろ我慢の限界だ。何ヵ月離れてると思ってる」
『まだ3ヶ月じゃんか』
「もう3ヶ月だ。オメー、俺と離れたくないっつって離陸寸前まで泣いてた癖に、忘れたのか!」
『覚えてるよ、ばか!俺だって会いたいんだから!ばか!でも俺、受験生だし…』
「最上階に進むんだろ?左席会長歴がありゃ、面接免除でエスカレータだろうが」
『俺だってもうちょっと賢かったらさ、中国に留学したかったんだもん…』
「あ?それは諦めたんじゃなかったのか?」
『もうっ、複雑な男心なの!』

堅苦しいシャツを脱ぎ捨て、真っ直ぐシャワーへ向かい掛けて、テレビ電話に切り替えた。

「まめこ、風呂は」
『まだ入ってない』
「じゃあ今から入れ。川田帰ってきてんのか?」
『かわちゃんは巡回に行ったよ。夕飯食べたらいつも二時間は帰ってこないもん。…あ、でも今日は土曜日だから、村瀬さんに会ってるのかも!』
「あー、例の屋台か。だったら好都合だな、良し」
『好都合って、何が?』

きょとんとしてる嫁に俺は最大級の笑顔を送る。

『朱雀先輩?どうしたの、変な顔してるよ?』
「失礼な奴だな。おい、今日は趣向を変えて風呂でヤるぞ」
『え?…ええっ?!そ、そんな…お風呂場で?!』
「んな興奮すんな、まずは脱げ」
『ど、どうしよう、お風呂場で…。あっ、ちょっと待って朱雀先輩、まだお湯溜めてなかった』
「溜めながらヤりゃあ良い」
『やだ、天才過ぎる。ねっ、バナナは使わない日?それよりシャンプーのボトル入れろとか言わないでよ、無理だから』
「馬鹿野郎、おまめは俺のオメガウェポン専用だ。勝手に変なもん突っ込むなよ、俺泣くぞ」
『えへへ、夏休みまで我慢する』
「そうしてくれ」

出来る事なら今すぐ抱いてやりたいと思いつつ、嫁を暴走させない様に誘導しながら脱いだ下着を投げた。



いつもと同じく盛り上がったが、盛り上がり過ぎたまめこが逆上せたので、風呂場でのテレフォンセックスは以後控える。

「ちゃっかりしろまめこ!聞こえるか、俺だ、まめこ!」
「何を騒いでいるんですか、李に刺されますよ。全く…汝は何を考えているのですか朱雀、素っ裸で電話など」
「まめこのヌードに川田の野郎が催したらどうすんだ馬鹿野郎、見張ってんだよ!おい川田、先に服を着せろ!凛悟!テメー、まめこに変な事したら判ってんだろうな…!」
『総長、ゆりりんから殴られんのは俺でっせ?パンツくらい穿いてくれへん?お願いやからせめて下は撮さんでくれへん?セクハラやで?』

何はともあれ、梅雨が明ければ夏はすぐそこだ。
俺とマーナオの仲は概ね良好だろう。



…逆上せる程にはな。


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