可視恋線。

豆的☆悪魔の証明

<俺の嫁は豆類最強の刺客>




『選べ』
『君は岐路に立っている』

『右は穏やかな風』
『左は荒れ狂う風』

『心を乱す事も、体を傷付ける事もない平和』
『心身共に癒える事のない傷を絶えず刻む刃』



『どちらを選ぶ?』











皆さん、こんにちは。
ゴールデンウィークだって言うのに、今日も勉強と左席委員会のお仕事で短い首が回らない松原瑪瑙です。

「バスケ部の予算?」
「そうなんだよ、困ってるんだ」

何となく不機嫌なザイード君が英語で怒鳴ってる所にやって来た俺は、中央委員会の執務室の隅っこに間借りさせて貰ってる身だから、授業そっちのけで仕事してる皆の分もコーヒーを淹れた。

「一昨年卒業なさった加賀城さんは日本代表として活躍されてるけど、今のバスケ部は去年一年なんの結果も残せてなくて、二日前からの合同合宿の練習試合も見事に負け続きでさ〜」
「へー。水泳部は去年廃部になりそうだったけど、こないだ入賞したんだったよね?今年は推薦昇校生や外部入学も多かったんでしょ?」
「まーね。頑張る所に多く予算を回すのは当然だもん。でもさ、白百合閣下の会計だったから不満があっても言えなかっただけで、代替わりしたばっかの俺ら…ま、早い話が舐められてるんだよ」

うーちゃんはちらっとザイード君の方へ目を向けて、ちょっと怖い笑みを浮かべた。山田先輩からありとあらゆる教えを叩き込まれたうーちゃんは、今の中央委員会の絶対的支配者だと噂されてるんだ。
うーちゃんの前ではいつもの頼もしさが崩壊しちゃう羽柴は、皆からうーちゃんの犬とまで呼ばれてるし。

「これからだよ。誰だって最初から完璧な訳ないんだから。ねっ」
「ん。何かまっつん、最近頼もしくなってきたじゃん。流石、朱雀の君の手綱を握ってるだけはあるね」
「そうかなぁ」
「そーそー。あー、コーヒーの良い匂い〜、俺も貰える?」
「飲んで飲んで。羽柴もザイード君もコーヒーいかが?」

中川はこのゴールデンウィークで投稿用の漫画を仕上げるって意気込んでて、今日はまだ執務室には来ていない。何だかんだ中央委員会の仕事は終わらせてるみたいで、光王子こと高坂先輩から認められたのは今のところ中川だけなんだ。

「ザイード君、後で中川にメールしたら?」
「もうした。アイツは日本人の癖に情けを知らない男だ、俺は王太子なるぞ。何で中川は返事を寄越さない!」
「中川が気にしてるホクロを揶揄うからじゃない?」

だからザイード君も苛々してるんだろうね。寝不足の中川を見つめて「不細工」と言ってる時なんか、にこにこしてるし。ザイード君は、黒髪で顔に黒子がある人を好きになるみたい。あと気が強いって言うのか、…思い通りにならない相手に執着するだけだって羽柴は言ってたけど。

「揶揄ったつもりはない」
「意地悪ばっかしてると嫌われちゃうよ?」
「っ、別に、あんな庶民に好かれずとも構わん!失敬な!」

中川は黒子ってゆーか、ソバカスみたいにちっちゃな黒子が顔中にあるんだ。
泣き黒子と呼ぶには良く見ないと判んない程度の羽柴より、ザイード君は中川を気に入ってるんだと思う。ただ顔は比べ物にならないんだけど…圧倒的に羽柴は男前だもの。中川、どんまい。

「まっつんに手を上げると国潰されちゃうよ〜、王子様?ってさ、親が現国王の第三王子で、その五番目の息子だなんて、庶民とどう違うの?」
「な…!宇野、貴様は副会長如きで俺を愚弄するか!」
「そこのまっつん猊下はお宅の国が融資して貰ってる大河の次期社長夫人だけど、破産させられても知らないよ?」
「………松原猊下、とんだ失礼を」
「え?何が?ザイード君はコーヒーにお砂糖入れない派だっけ?」

うーちゃんに笑顔で叱られたザイード君が大人しくなって、コーヒーを飲む。美味しいと素直に誉められて、男前な癖にコーヒーが飲めない羽柴はミネラルウォーターを片手に悔しげな目を向けてきた。
因みに、俺のコーヒーは紅蓮の君こと嵯峨崎佑壱先輩から教えて貰ったドリップ技術だから、中々好評なんだよ!中川なんか、昨日は帰り際に8杯も飲んでったからね。

「コラァ、松原コラァ。ドパドパ砂糖入れてんじゃねぇ」
「ご、ごめんなさい、でもモカって苦いんです!黒烏龍茶より苦いんです!」

三日に一度は美味しいものを差し入れしてくれている紅蓮の君は、何やら実家がゴタゴタしていると言う光王子様が顔を出せない代わりに、ゴールデンウィークは毎日来てくれてる。
基本的に優しくて頼りになる人なんだけど、口煩かったり変な所で大雑把だったり、未だに良く判んないや。

大学部へ進んだいつも優しい安部河先輩と組むと、ほっぺが落ちちゃうお料理が沢山出てきて、ちょっとしたパーティーになっちゃう。でも遠野会長が殆ど食べちゃうんだけどね。めちゃくちゃ食べるのが早い隼人様より、もっと食べるのが早いから。遠野会長の胃袋はおかしい。

でもラーメンを作った時は鼻水を大量に垂れ流してて、8杯しか食べられなかったって落ち込んでたよ。俺は替え玉を茹でるのに必死で腱鞘炎になったんですけど。

「だからジンジャークッキー焼いてきてやったろうが、テメー糖尿まっしぐらだぞ」
「うう…」
「総長、しれっとコーヒーカップにコーラZERO注いでんの丸見えっスよ」

本場のコーヒー豆を空輸で送ってくれた山田先輩達はまだまだ世界中を駆け回ってて、さっきまでテレビ電話してた遠野会長曰く、今日はアルゼンチンでサッカーをするんだって。
ちらっと見えた画面の向こう側で、山田先輩が白百合様の顔に海苔を千切ってペタペタ貼ってたんだけど、何だろうね。

白百合様、お肌が白いから…なんかおにぎりみたいな、白と黒のボールみたいな事になってた気がする。
…気の所為だよね、うん。山田先輩はそんな事しないよね、うん。俺、俺、信じてる。山田先輩は優しい先輩だよ。そうだよね。うん。

「メェ、課題頑張ってる?今、外でバスケ部の部長が張り付いてたから追い払っておいたけど、何かあったの?」
「あ、かわちゃん、いらっしゃい。コーヒー飲む?」
「有難う、じゃあお言葉に甘えて少し休憩させて貰おっかな」

朱雀先輩程ではないけどやつれてるかわちゃんも、風紀委員会の仕事が忙しすぎて最近は授業を休む事もある。
あ、でも欠席ではないか。風紀委員長のかわちゃんは勿論、中央委員会役員の皆も、帝君の羽柴は元々あった権利ね。俺達には職務優先の授業免除権限があるんだけど、ただでさえ馬鹿な俺が授業を休んだら大事件が起きるから、一度も使った事はない。それもこれも遠野会長を筆頭に、暇を持て余した神帝陛下や他の皆様のお陰です。

「陛下様、コーヒー要りますか?ブラックコーヒー?」
「メニョたん、既に成人した俺にコーヒーとは片腹痛い。ブラックコーラを頂こう」
「あ、ノンシュガーのダイエットコーラですね。遠野会長、ちょっとコーラ貰っても良いですか?」
「はァい、どーじょ。あっ、アタシもクッキーのお代わり頂けますん?コーヒー余ってるなら飲みたいにょ」
「遠野会長はブラックも飲めるのにお砂糖3つとミルク3つとキャラメルフレーバーと生クリームでしたよねっ」

お洒落なスタバでコーラを頼んで失敗した過去を持つらしい遠野会長は、ブラックコーヒーも水の様にガブガブ飲めるんだけど、お洒落なスタバのカフェメニューを熟読してどうしてもそれが飲みたかったらしく、左席のお母さん、紅蓮の君にいつも作って貰ってたんだって。
で、俺は去年の春、紅蓮の君が卒業する時に作り方を叩き込まれたんだけど、今になればあの時から、皆さんは俺を次の左席委員会長にするつもりだったんだと思う。そして俺が断るのを見通して、遠野会長達が残ってくれるのも決まってた。多分、そんな所だ。

「お母さん、…あっ、間違えた!ぐ、紅蓮の君、あの」
「あ?」

つい先生をお母さんって呼んじゃうミス、まさか紅蓮の君をお母さんだなんて!恥ずかしすぎてあわあわしちゃった俺に、電気の入っていない炬燵に寝転がって漫画読んでたコーヤ先輩と、左席委員会の帳簿を広げて計算していた錦織先輩が振り返った。
二人して真顔で「ぶっ!」なんて吹き出してて、俺死にそうなんです。

やめて、こっち見ないで!

「何泣きそうな面してんだ?どうした?」
「あの、あの、クッキーのお代わりありますかっ?」
「あー、お前のはあるが総長のはない。総長、唐揚げとアボカドの生春巻き出来たっスよ」
「ほぇ?!生春巻きだと?!」
「ついでに山田に取り寄せさせたディープローストを粉末にして作った、簡単なティラミス風ムースも冷えてます。喰うなら手ぇ洗ってこい」
「でかしたイチ!神威!ポテチの油まみれのオイリーな手を洗いなさい!一本一本味わいながら舐めるのはやめなさい!めっ!」

ソファセットのテーブルを指で弾く様にカチャカチャやってた遠野会長がズレた眼鏡を押し上げて、ビュイーンとプリンタから出てきた紙をザイード君に渡しながら叫ぶ。
無表情で遠野会長の左手をずっと舐めてた陛下は、叱られて今度は自分の指を舐めながら二人して手洗い場に消えていった。仲良しだなぁ。

「こ…これは、臨時予算案の会計書類?まさか、猊下自ら、俺の為に…?」
「うっそ、狡いや王子!遠野猊下の前でわざとらしく騒ぐから、気を遣わせたんじゃない?」
「そんな!」
「流石は王子、図々し!」

ガーン!と、ショックを受けたザイード君が屈み込んで、うーちゃんはニヤニヤした。かわちゃんが片眉を跳ねてたけど、確かにザイード君はたまーに偉そうな時があるから、庇う人は居ない。

「はー。遠野会長、聞いてない振りしてささっと仕事してくれるなんて、かっこよすぎー!俺、俺、やっぱ遠野会長が好きー!」
「判った判った、ルークが殺しに来るからあんまデケェ声で叫ぶな。総長が格好良いのはいつもの事だ」
「でもお母さん!あの人の格好良さは判り難いと思いませんかっ?!本当はあんなに優しい癖に、何で時々病気になっちゃうんですか?!」
「あー、病気だからな。諦めろ」

またお母さんと呼んでしまったけど、コーヤ先輩だけがうひゃひゃ笑っただけ。紅蓮の君はお母さんと言っても怒らない、とんだ器の持ち主だった。それはそれで格好良い。

「何っつったら良いのか…あれが神の証明っつー奴だ」
「紙の証明?」
「Not paper, it is a god's proof.」

多分英語だと思うけど早すぎて全然判んなかった。笑顔で固まった俺はちらっとかわちゃんを見たけど、かわちゃんも穏やかな笑顔で首を振る。うーちゃんは目を反らした。

「松原、悪魔の証明を知らないか?目に見えないものを証明するのは不可能、と言う絶対説の事だ」
「うう、羽柴、俺にそんな難しい事を聞くだけ野暮だよ?」
「ったく、勉強が足んねぇぞ。あれだ、絶対なんて事はそれこそ絶対ない、っつー事だ」

眉毛が殆どない紅蓮の君から睨まれて、俺はコクコク頷く。判った気がする。判んないけど判った事にする。

「その逆、あの人は正負のバランスが均一なんだ。人間の価値観で言えば善悪だが…判るか?」
「はい」
「判ってねぇだろ、お前」
「ごめんなさいお母さん…出来の悪い子で…!」

じわっと泣けてきた俺を、お母さんは大きな手で撫でてくれました。ちょ、痛い!撫でるってこんな痛かった?!

「見込みのある者は叩き上げられて、端から期待してない人間には際限なく優しい。それはどう言う事か、お前にゃ判んねぇだろうなぁ」
「あたた、あたたたたた」
「ま、今ん所、一番酷い目に遭ったのは山田だろ。良かったな、お前はあの程度で済んで」
「…え?」

あの程度?
何の事かと思ったけど、当の遠野会長がいつの間にか俺の隣で生春巻きをもぐもぐしてて、反対の隣で陛下がコンソメポテチの袋をぱりっと破いてて、お母さんの目が吊り上がった。

「テメェ、手を洗ってきた意味ねぇだろ!」
「うまい」
「喧しい!表に出ろルーク!俺の春巻きよりンな添加物の塊の方が美味い訳ねぇだろ!」
「面映ゆい誘いだが、弱いもの苛めには興味がない」

ブチッと、お母さんから凄い音がしました。実家の母ちゃんからもしょっちゅう聞こえる、あの音。



「私が苛めるのは俊だけだ」

長い足を組み換えた陛下がしゅばっと脱いだブレザーの下、シャツだと思ってた黒いTシャツの背中に、でかでかと文字が書かれてた。





『好きな子を苛めてこその俺様道』



すいません、俺にはちょっと理解出来なかったので、スマホをチェックしたいと思います。
いつも通り、朱雀先輩の居場所チェックと行動履歴のチェックね。不審な所があったら俺は許しませんよ。

「クロノスアース・オープン、朱雀先輩の映像を見せてくれますか?」
『了解、グーグルアースを遥かに凌駕した我がクロノスアースに見えない女優の毛穴はありません。ライヴ映像を4K映像で展開します…78%、』

うんうん、真面目にお仕事してるみたい。
美人な秘書がやってきて一瞬グラッとしたけど、書類みたいなものを置いてっただけだった。てへへ。

「…ん?今、朱雀先輩が何か捨てた。巻き戻して拡大して下さい」
『了解、………94%、拡大。画像補完、特定しました。8センチ四方の名刺形状のものと思われます。更に拡大………100%、』

俺の目にその文字が映り込んだのと、遠野会長の眼鏡にヒビが入ったのと、紅蓮の君から胸ぐらを掴まれてる陛下が「面映ゆい」と囁いたのは、同時だった。

「これ、どう見ても、メールアドレスと電話番号…」
『所有者を特定しました。黄麗花。広東支部秘書室勤務、29歳、独身』
「………」
『ご命令を』
「もしさっき捨てたカードをゴミ箱の中から拾ったり、俺以外にメールしてそうな気配があったり、俺以外に電話したら、即教えて下さい」
『了解、監視を強化します』

遠野会長のお皿に一本残ってた生春巻きを掴んで頬張った俺は、宿題をやろうと笑顔で立ち上がった。握ってたスマホをちょちょいとスワイプしながら、


「あ、もしもし朱雀先輩?浮気したら躊躇わずスープの出汁にするから、覚えておいてね?朱雀先輩、悪魔の証明って知ってる?俺、浮気されたらきっと悪魔になっちゃうから」

室内の全員と、ドアの隙間から覗いていたバスケ部の部長がそっと顔を反らした事には、残念ながら気付かない。

「え?何でもないよ、ちょっと心配になっただけ。えへへ、絶対浮気しないでね?え?今日誕生日?あ、おめでと!」

松原瑪瑙17歳、今日が朱雀先輩の誕生日だった事もうっかり忘れてました。
てへへ。


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