可視恋線。

超機械化時代の遠距離恋愛

<俺の嫁は豆類最強の刺客>




左席委員会。
帝王院学園の影の生徒会であるその組織は、初等科〜最上学部に至る各自治会を統括する中央委員会を、唯一罷免する事の出来る、学園公安委員会である。

理事会を上院、自治会を含めた中央委員会を下院と呼ぶ学園内で、中立の立場に立つ左席委員会は、数年前まで表舞台には決して立たない、謎の集団だった。


初代会長は、榛原大空(はいばらひろき)。
それ以降、会長を含めた全ての役員が謎に包まれており、上院である理事会ですらその存在を把握していないと言う、正にミステリアスな団体である。


然し三年前、20XX年四月、初の高等部外部入学生である帝君により、その存在は白日の元に曝された。

左席委員会唯一の統率符所持者。
天皇(てんこう)猊下、彼のその存在は、確実に学園を揺るがし、そして、壊滅的なまでに改革したのだ。



歴代会長碑に記された、その男の名は、遠野俊。
日本最大財閥である帝王院財閥の後継者にして、その一切を放棄した、ちょっと面倒臭い男である。まる。


「面倒臭いって…。メニョたん、そろそろ許して欲しいにょ。まだ根に持ってるなりん?」
「え?何の事ですか?遠野先輩が朱雀先輩の記憶を消そうとして、実は元ABSOLUTELYだった朱雀先輩に神帝陛下が手を回して、例のハムを俺に食べさせちゃった事ですか?」
「ぷはーんにょーん。これは相当根が深いざます!」

新生左席委員会発足の紹介する前に、俺が朱雀先輩と結ばれるまでのあらましを話そうかな。



あれは、俺が高等部に進級した4月だった。
ざっくり言うと、外でエロい事をしてた朱雀先輩の邪魔をしちゃって、俺は目をつけられた訳。これは偶然の出来事だったんだ。って、最近まで思ってたけど。真実は小説より奇なり、世にも奇妙な真実。


大河朱雀、そう、俺の彼氏。
朱雀先輩は中等部時代、白百合こと叶二葉先輩に手を出してボロ負けした挙げ句、謹慎処分になってから不登校になった。表向きの理由は『好みだった白百合に負けて不貞腐れたから』だけど、此処から既に話が捩じ曲がってたなんて、皆、気付いてたかな。


俺には縁のない、不良さんの集団。
この辺の地元では知らない者の居ない二代チームに、遠野会長率いる『カルマ』と、神帝陛下率いる『ABSOLUTELY』がある。
カルマは元々、紅蓮の君が彼を慕う人達と作ったチームだった。反対に、ABSOLUTELYは、元々は中央委員会会長の親衛隊だったらしい。

神帝陛下の前の前の総帥が熱心な庶民フェチで、ちょいちょい学園を抜け出してはゲームセンターとかカラオケとかボーリングとかに繰り出して、その時のヤンキーに絡まれる度に喧嘩して勝っていって、気付いたら最強チームになってたってのが、事の始まり。お金持ちのボンボンの考える事は良く判んないね。

で、朱雀先輩は、神帝陛下の前の総帥だった、つまり神帝陛下の前の中央委員会会長だった『烈火の君』の強さと人柄に惚れて、初等科6年の頃からABSOLUTELYに入ってたそうだよ。
早熟だった朱雀先輩はその時既に女遊びも喧嘩も手慣れてて、あっという間に烈火の君のお気に入りになったらしい。

因みに、烈火の君と言うのは、嵯峨崎零人さんの事。
去年、大学を卒業すると同時に帝王院学園の理事に就任したばかりの、神帝陛下の従兄でもあり、紅蓮の君こと嵯峨崎佑壱先輩の実のお兄さんなんだ。
俺が一年生の時に教育実習で一度だけフランス語を教えて貰った事があるけど、イケメンなのに話が判る先生だって大人気だった。

そんな素敵な人だから、朱雀先輩が憧れるのも無理はないよね。



だけど、朱雀先輩が中等部に上がった頃、事件は起きた。叶二葉先輩が海外の分校から転校してきたんだ。

前左席委員会副会長、山田太陽先輩の恋人。その見た目とは裏腹に恐ろしいほど腕が立つ白百合様は何年も風紀委員会と中央委員会役員を兼任して、知らない者は居ない有名人だった。
俺には詳しい所までは判らないけど、朱雀先輩の身内が、叶先輩から何やら良くない事をされてたとか何とかで、だから朱雀先輩はその仕返しをしようとしたんだ。これが、真実。

ま、見た目は確かに好みだったみたいだけどね。

でも負けちゃって、必ずリベンジしてやると思ってたけど。そんな時に神帝陛下が来日、朱雀先輩の目の前であっさり白百合を捩じ伏せた神憑り的な強さに、多分、本能的に逃げたんじゃないかなって、白百合様が言ってた。
この話は殆ど白百合様から聞いたんだ。山田先輩に誘われてお茶会に行った時にね。


神帝陛下の来日と共に、ABSOLUTELYの総帥は神帝陛下に入れ替わった。これも要因だと思う。朱雀先輩からしてみれば、烈火の君には従えても、神帝陛下には従いたくない。だから謹慎を理由に大阪へ高跳びして、朱雀先輩のチーム、リスキーダイスを作ったんじゃないかな。

初期メンバーのユートさん、シゲさん、村瀬さんは、てんやわんやで大阪から本校へ転校してきた。ユートさんは留年しちゃって今は俺と同級生だったりするけど(笑)、今年卒業して行ったシゲさんと村瀬さんは、毎週末学園内で会ってるから寂しくない。
相変わらず屋台は大盛況で、その他にも村瀬さんは、幾つかアルバイトを掛け持ってるんだって。働き者過ぎ!未だに認めないけど村瀬さんと密かにラブを深めてるかわちゃんは、土日の夜中に手作り弁当を差し入れしてるんだよ。こそ〜っとね。なので、気付かない振りをしてあげる俺とうーちゃんです。



話が逸れまくった!
とにかく、朱雀先輩が不登校になった理由は烈火の君が引退したからだと思う。で、同級生だった村瀬さんとシゲさんの受験勉強を見てやりながら、高校に通ってなかった一つ年上のユートさんを叩き上げて、工業高校に進学させた朱雀先輩は、皆を見ている内に『学生』に未練がある事に気付いて、復学する事にした。
だけど元Sクラスの進学科に在籍していた朱雀先輩は、実家がちょっとお金持ち過ぎる上に国籍が日本じゃないから、色々あって、Fクラスに収まる事になったらしい。Fクラスには当時、大河家に仕える四家の一つ、祭(ジエ)家の跡取りである祭美月(ジエメイユエ)先輩が所属していた。神帝陛下と並ぶほど成績優秀だったのに、自ら荒くれ者のクラスに変わったって話だから、本当、お金持ちの考える事は良く判んないね。

で、メイユエ先輩が口煩いから高等部の一年間はテストだけ受けて、半通信教育みたいな措置を取って貰ってたらしい。でもそれが朱雀先輩のお父さんの耳に入って、通わないなら帰国しろと脅され、仕方なく二年生からは登校する事にしたんだ。これは村瀬さん達にも内緒にしてたみたいだよ。
全く、朱雀先輩の遊び人気質はどうにもなんないね。今はそんな事ないけど。多分。



さてさて。
問題は此処からだよ。


やっと東京に戻ってきた朱雀先輩と、高等部の白いブレザーに浮かれきってた俺は、出逢ってしまいました。運命の出会い、だったら、どんなに酷い出会いなんだって神様に怒鳴っちゃいたい最悪な出会いだった訳だけど、



「はぁ。まさか、神帝陛下が企てたなんて…」

そう。全ての元凶は、遠野会長じゃなかったんだ。

「メニョたん、カイちゃんのコーラZEROにワサビ入れるなら、僕がカイちゃんの気を逸らしてる内に、どーぞ!」
「面映ゆい」

とっくの昔に卒業してる筈の神帝陛下と、先月卒業した筈の遠野会長が何故か高等部のブレザーで中央委員会の執務室に居るのは、突っ込むだけ無駄だね。俺が中央委員会をリコールしちゃった所為で、新規役員じゃどうにも仕事が回らないらしく、暫くは元役員の陛下も光王子先輩も白百合様も、顔を出してくれる事になったって羽柴が言ってた。
やつれてて申し訳なく思ったけど、光王子先輩がスキップしまくった最上学部卒業って事で、どっちにしろ役員を替えなきゃなんなかったんだ。

「光王子先輩、お菓子食べますか?さっきからずっと皆のお世話してくれて、有難うございますっ」
「いや。引き継ぎのついでだ、教える程度なら問題ない。お前は気にすんな」

中央委員会は学園に在籍してる生徒なら学部は問わないシステムだけど、光王子先輩は今まで殆ど一人で中央委員会を回してきた強者。書記だけどパソコンが扱えない紅蓮の君の分まで頑張ってた高坂日向先輩は、このままじゃ卒業してからも仕事をやらせられるんじゃないかって、怯えてたらしい。

中央委員会役員は、自ら辞任を申し出て会長&理事会に認められるか、退学するか、何らかのトラブルで続行不可能に陥るか、左席委員会からリコールされて解任される。
高坂先輩はこの二年間、何度も何度も辞任申請を出したのに、神帝陛下が認めてくれなくてやめられなかったんだ。可哀想な光王子先輩…ぐすん。
責任感が強くて、怖そうに見えるけど実は超優しい高坂先輩は、慢性胃炎と胃潰瘍と不眠症を抱えながらも中央委員会副会長を務めてきた人で、風紀委員会に入ってから中央委員会の内情に詳しくなったかわちゃんか、事ある事に『お可哀想に』とぼやいてたから、思いきって俺は光王子だけリコールするつもりだった。けど、遠野会長が耳元で『中央委員会を友達で固めたら仕事が楽になるぞ』と囁いたから、俺は言いなりになったんだよね。

左席委員会なんて言われても、俺、ちんぷんかんぷんだもの。

「おチビ、そのワサビ入れるならあっちでやんなさい。隼人様の目の前でそのチューブ絞ってみろ、てんめーの脳味噌絞り出すぞコラー」
「ひ!ごごごごめんなさい!へ、陛下、ワサビはセルフサービスでお願いしますっ」
「何だと。サービスが悪いぞメニョたん。誠に遺憾だ」

ワサビを入れられたかったらしい神帝陛下が無表情で俯いたけど、俺は無視した。陛下の言葉は鵜呑みにしたら駄目だ、遠野会長よりタチが悪いんだもの、この人。完全に悪人じゃないだけ、益々面倒臭い。

「まっつん〜、俺もう、駄目かも〜」
「わわ。うーちゃん、大丈夫?」
「無理〜。何なの中央委員会、仕事が鬼多いんだよ、ちょっとこれ有り得ない。何で理事会の会議スケジュールまで組まなきゃなんないわけ?それぞれの理事のスケジュールを照らし合わせて、重なった空きにぶち込むんだって〜。そんなん知るか!うー」

よろよろ抱き着いてきたうーちゃんをポンポン叩いて、俺はテーブルの上のお菓子を与えた。高坂先輩が持ってきてくれた差し入れの、紅蓮の君が作ったどら焼き。超美味しくて泣ける。

「甘さが染み渡る〜…。はぁ、もう少し…頑張ろっかな」
「頑張って、うーちゃん!今夜は神帝陛下が寮のレストランで奢ってくれるって!多分!」
「ほう、初耳だが良かろう、その見返りにメニョたんの腹チラを所望する。恥じらいつつ臍を見せろ」
「ケチ臭ぇ事をほざくな帝王院。可愛い後輩だ、アンタの総資産が尽きるまで喰わせてやれ」
「わーい!陛下の総資産ってどのくらいあるんですか?何百万円?!」
「7兆」

ピシッと執務室が凍った。
さらっと囁いた陛下はやっぱり無表情で、羽柴に何かの書類を渡した高坂先輩が『通貨は』と呟く様に言えば、


「ドルだ」

いつも偉そうな雰囲気のザイード君がバサッと何冊かのファイルを落として、恐ろしいものを見る目で陛下を見た。紅蓮の君くらい肌が黒くて黒髪のザイード君は暫く電卓を何度も叩いて、暫くしてから「桁が足りない…」と零す。
俺は瞬いて、羽柴に1ドル幾らか聞いた。120円くらいらしい。成程、安定の円安だね。

「何か良く判んないけど、遠野会長、ビル・ゲイツの方がお金いっぱい持ってますよね」
「うーん、マツコDXの冠番組の多さと比べると、弱いかも知れないぞメニョたん」
「あっ、何見てるのかと思ったら、マツコの知り尽くした世界だ!録画してるんですかっ?俺も見たいっ」

新生左席委員会は、中央委員会の広い執務室の片隅に畳を四畳半敷かせて貰って、居候。今年の体育科が去年の二倍に膨れ上がって、以前の部室棟にあったロッカールームは増えたサッカー部に譲る事にしたんだ。
因みに、今年の中央委員会の顧問は俺の担任の東雲村崎先生。先生の自前の炬燵と冷蔵庫も運んできたから、快適快適。お昼寝だって出来ちゃうよ!

「やっほー、松原君ー。精が出てるかい?若さ故の青臭い精が」
「あ、山田先輩、いらっしゃいませー。青臭いアレコレは、朱雀先輩がいたらドバドバ出ます」
「ご馳走様ってか!はい、お土産のキャビアの缶詰と真空パックのフォアグラと生チョコトリュフだよー」
「惜しい!タイヨー、トリュフはトリュフでも、茸類のトリュフなり、世界三大珍味とはっ!」
「えっ?!そ、そうなん?!黒くて丸いって言うからてっきり、チョコの方だとばっかり!」

卒業式典から直行で世界一周の旅に出掛けていた山田先輩は、アロハシャツと麦わら帽子でやって来た。隣の白百合様は何故かアルプスの少女ハイジみたいな格好で、…世界観がまるで違うんですけど?これ突っ込み待ちなの?

「俺チョコ大好きなので、茸より嬉しいですっ」
「やだもー、可愛いなー、この子。うちの子にしたい。アローハ!」
「ア、アローハ?」
「あ、忘れてた。二葉からもお土産があるんだよ」
「ええ。ご覧なさい、松原君。いつか視聴者を虜にした、ハイジが食したチーズパンですよ」

白百合様がドーン!と持ってきたのは、阿呆みたいに分厚いチーズが乗った、超分厚い食パンだった。成程、海外でも食パンを食べてたんですか、白百合様。そしてその格好の意味がやっと判って、俺、立ち上がりそう!

「マツコが立ったー!」
「…え、ええ?!太りすぎて歩けないと噂されてたDXが立ったんですかっ?!」

遠野会長の見てるタブレットを覗き込んだ俺を余所に、お土産を配りまくった山田先輩達がパンを焼き始めた。中央委員会執務室には、紅蓮の君専用の厨房まであるんだ。今度BBQやるんだって。涎が止まらないね。

『クロノスライン・オープン、コード:まっちゃんラーメンは日本一に定期連絡です』
「あ、はーい」

聞こえてきた機械音声に、俺は焼き立てのチーズとろーりパンをハフハフ食べながら、大きな芸能人が画面いっぱいに映ってるタブレットを見つめて。

『ターゲットのGPS、現在までに異常なし。引き続き探索を続けます』
「有難うございます。宜しくお願いします!」
「あはん。システムにまで礼儀正しいメニョたんが、おじさんは大好きですにょ。がつがつ、はふん。おのれ二葉先生!根っからの米派である僕をパン派閥に塗り替えるおつもりとは片腹痛い…!チーズ二倍でお代わり下さいまし」
「おやおや、実はピザソースもありますが、どうなさいますか?」
「もうっ、好きにしてぇえええええん!!!じゅるりらじゅるり」
「あっ、俺もピザ食べたいですっ」

テキパキ仕事を教えまくる無意識スパルタな光王子先輩がチーズパンを片手に、もう片手でキーボードを見ずにアタタタタタ!って勢いで叩いてる。ケンシロー並みに早すぎて、羽柴が凍り付いてた。
さっきまで落ち込んでたザイード君はとっくに復活して、最近お気に入りの中川に何やら絡んでる。中川は愛用の漫画道具の鋭いペンで、躊躇いなくグサッとザイード君の手の甲を突き刺した。中川、同級生には進学科だろうが遠慮がない。

「何故お前はそんなに暴力的なんだ中川ッ!カリンはもっと愛らしかったぞ!」
「っ、この脳内花畑男…!誰が愛らしかっただと?!宇野が誤解する様な事を言うな!」
「うっせー!今、俺は中央委員会の仕事の内容を漫画に描いて覚えてる所なんだよ!絵心のないイケメンは黙ってろ!」

だん!
中川が原稿用紙だらけの机をクマだらけの顔で殴り付けて、ザイード君も羽柴も沈黙する。
神帝陛下の影響で漫画家を目指して数年、最近では雑誌に投稿するまでに成長した中川は、曰くまだまだ修行が足りない、俺はこんなもんじゃない!…らしい。

「畏れながら神帝陛下!宜しければ、俺の作品の添削をお願い出来ませんでしょうか…!」
「ふむ。常に高みを目指し邁進する者を見守るのが年長者である俺の努め。良かろう、とくと見せよ」
「有り難き幸せっ!」

ぴ!っと赤ペンを手にした陛下が、しゅばばばばと中川の原稿を見ていって、カリカリと何か書き込んでいく。ビシッと背を正した中川の雰囲気に呑まれて、俺とザイード君は何となく背を正した。
うーちゃんがまた「きーっ」と叫ぶ。

「…ふむ。悪くはないが、佳作レベルだ」
「そ、うです、か」
「だがコマ割り、台詞運びは無理がない。読み手に負荷を与えない、気配りが感じられる」
「え、えっ?」
「線にもブレは見られないらしい。日夜書き続けてきた努力は、多いに評価するよりあるまい。今後は、人物だけに留まらず風景や目にしたあらゆるもの、この世に存在しない妄想の産物に至るまでスケッチし、描くものの垣根を取り払う事を心掛けよ」

本物の編集長みたい。

「そなたには果てなき可能性がある。努々忘るるなかれ、少年よ」

タブレットから『ボーイズビーアンビシャスよ!』と言う、マツコDXの叫びが聞こえてきた。涙目で有難うございますと呟いた中川に、ぱちぱちと拍手が注がれる。

「青春だねー」
「青春ですねぇ」
「どうでも良いから仕事しやがれ、二葉」

大切そうに赤ペン先生から添削された原稿を抱いて再び席に戻った中川は、じっくり採点された所を見直しながら、感動の涙を拭った。ザイード君が覗き込んで「…ピカソ?」と呟いたけど、誰も気にしない。

『クロノスライン・オープン、コード:まっちゃんラーメンは日本一に緊急連絡です』
「ふわぁい」

焼き上がったピザパンを頬張るのと同時に、また左席委員会の通信が入った。遠野会長が持参してるダイエットコーラを分けて貰いながら機械音声に応答した俺は、

『ターゲット、移動開始。目的地は不明ですが、今までの行動範囲から著しく逸脱しています』
「へ?」
『20YA年の調査では、浮気は勤務中に行う男が多く見られました。出張と偽っては愛人と旅行、接待と偽っては愛人とホテルなどの他に、オフィスラブの誘惑に弱い男が余りにも多過ぎると統計に出ています。尚、今回の調査は山田陽子さんにご協力頂きました』

ぶーっ!
と、山田先輩がお茶を吹き出して、白百合様が『おや』と呟いた。ピザパンをがぶっと丸飲みした俺は、お尻のポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して、ささっとスワイプする。



プルル…プ!


『どうしたまめこ?』
「先輩、今何処にいるの?会社には居ないよね」
『良く判ったな。今日から支店の視察に回る事になった』
「…お仕事、って事?」
『ああ。どうしたまめこ、腹が減った時の声だな。何も喰ってねぇのか?』
「本当に、お仕事?ねぇ、隣に女の人か男の人、居るんじゃないの?」
『隣?ああ、女の秘書と男の支店長が居るが、それがどうし、』
「3P…?」

ゆらっと、立ち上がった俺の隣から遠野会長が素早く離れた。


「たった一ヶ月で、もうそんなにフィーバーしちゃってるの…?」
『何だと?おい、何の話だまめこ?』
「浮気したらちんこもぎ取るって言っただろっ!そこを動くなよっ、今から飛行機に乗り込んでハイジャックして股間目掛けて墜落してやるかんなぁあああああ!!!」
『は?!おいっ、誤解だマーナオ!仕事だっつってんだろ!』


ブツッ!
叩き切ったスマホを片手に据わった目で執務室を出ようとした俺は、コンコンとノックされたドアを蹴破る勢いで開いた。今はお客さんなんか相手にしてる暇はない。

「おっと。どうしたんだメェ、ひょっとこみたいな顔をして」
「か…かわちゃん…」

紅蓮の君の指導を受けて鍛え始めてから、あっという間にムキムキになったかわちゃんが、ボロボロの作業着二人を両手に一人ずつ鷲掴んで立ってた。鬼子母神怖い、鬼子母神強い、と、ぼそぼそ呟いてる二人の工業科は、かわちゃんから投げ込まれる勢いで執務室に突っ込まれ、ぼてっと転げる。

「お久し振りです局長。丁度良かった、この二人が他人の発明品の特許を自分の名義で申請した事が発覚し、我々風紀委員会では処罰が不可能と判断しました。つきましては、下院に判断を仰ぎたく」

流石の内容に俺もびっくりして、かわちゃんと一緒に執務室へ戻った。特許を偽装するなんて、超悪人じゃん!あれは発明した人の血と汗の結晶なんだもの!

「幸い、登録前だったので既に申請を取り消し、警察へは届けていません。被害者にも箝口令を命じていますが…」
「おやおや、私の時代にはそんな馬鹿は居なかったんですがねぇ。まだまだ躾が足りませんよ、川田君」
「…力不足は重々承知しております」
「宜しい、速やかに精進なさい。…さて、以前は度々この様な悪事を働く者は中央委員会が処罰し、退学、最悪裁判沙汰にさせてきたのですがねぇ」

青冷めた作業着の二人は、白百合様を見上げて身動きしない。蛇に睨まれた蛙、だね。裁判云々より、白百合様が怖いのは、見てる俺にも判る。

「然しご覧の通り、今の中央委員会にこんな雑務まで行う余裕はありません。残念ながら私も陛下も高坂君も、引退した身の上。ですから今回は、猊下にお願いしましょう」

皆の視線が遠野会長に注がれた。
けど白百合様と光王子様、そして神帝陛下と当の遠野会長までもが、何故か俺を見てる。それに気付いて、羽柴もうーちゃんも、かわちゃんも作業着の二人も、俺を見た。

「畏れながら松原猊下、先程の怒りを彼らで晴らしては如何がでしょうか?」

白百合様が俺に微笑みながら、作業着二人を指差す。左席委員会の会長の癖に帝君でも進学科でもない俺に二つ名はないから、遠野会長みたいに『天の君』とか山田先輩の『時の君』みたいな通称はないわけ。
だから俺はキョロキョロと皆を見て、やっと、猊下の意味が判った。そっか、皆がまだ神帝陛下って呼んでるから忘れがちだけど、今は羽柴が太閤陛下って呼ばれてるんだった。つまり猊下は遠野会長じゃなくて、俺じゃん!

「えー?!俺、猊下なんですか?!うっそー!」
「はァ。メニョたん、だから僕とカイちゃんの事はおじちゃんって呼んでって言ったのに…」
「この一月で実に801回程訂正してきたが、一向に改善が見られない為に俺は諦めたぞ俊、この回数は縁起が良かろう。確かにステルシリートラストの会長である俺を、マジェスティと呼ぶ者は多い」
「あらん、それだったら僕も愛のある悪夢を提供するナイトメアですもの、果てしなく猊下のままざます。諦めるにょ」

前会長の二人が同時にバリッとポテチの袋を破る。遠野先輩はうす塩、神帝陛下はのり塩だった。あ、コンソメのストックがなかったのか。あらら。

「えー…どうしたら良いんですか?退学にするの?俺が?」
「あは。何なら、もぎ取ればよいじゃんかー」

キャビアの缶詰を一瓶、豪快にパンに乗せて食べてるリッチな隼人様が炬燵に寝転んだまま言って、作業着の二人とかわちゃん以外がそっぽ向いた。
そこで朱雀先輩への怒りを思い出した俺は、中川の机の上からスクリーントーンと言う漫画素材を削ったり切ったりするカッターを掴んで、にっこり、笑ったのだ。



「悪さするちんこは、ちょん切っちゃいます。」


執務室に、凄まじい悲鳴が響いた。かも知れない。まる。


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