リア充と腐男子の
(リア充と腐男子の決して交わらない相対性理論)
微笑ましげな背中が二つ、見える。
片方は近頃姿を現したUMA…否、中央委員会会長である事は、わざわざ回り込んで顔を確かめるまでもなかった。

「ち!またイチャついてやがる…!」

大河枝、そう、俺だ。
草葉の陰(直喩)から数メートル先のベンチを覗いている俺は、決して怪しいもんじゃねぇ。確かに親父は怪しい職業だが、決して、親父の様に母ちゃんを四六時中ストーカーしてる訳でも、糞ヒーロー陛下の弱味を見つけて龍と別れさせるカードにしたい訳でもない。

…や、本心は出来るもんならやりたいがな。
糞親父め、内心じゃ腸が煮え繰り返ってた筈なのに、じいちゃんのラーメンずるずる啜りながら本店店長の黒曜叔父に愚痴聞いて貰って、満足したらしい。
黒曜叔父は昔は母ちゃんそっくりだったらしいけど、今はじいちゃんそっくりの厳ついラーメン屋店主の癖に争い事が嫌いだから、俺にも喧嘩はすんなって念を押した。喧嘩したら焼き豚にすんぞ、って。
…冗談だと思いたい。

だが母ちゃんならやる、躊躇なく俺を焼き豚にする。松原一族は大河一族よりも躊躇がない。
大昔、母ちゃんが実家に帰った時は、ばあちゃんが肉切り包丁を手に中国に乗り込もうとして空港で逮捕された事があったと言う。
親父は今でもあれは地獄だったと言うくらいだから、本当にヤバかったに違いない。親父はばあちゃんには逆らわない、絶対に。

ぷくぷく太ってるばあちゃんは、あんま怖そうには見えないんだけどな…。見た目だけならジジイ…親父方のジーさんのがマフィアっぽいっつーか、まぁ、その通りなんだけどな。
母ちゃんの言いなりな大河一族だから、その母ちゃんがビビってるばあちゃんには、何が起きようが逆らわないだろう。

「ひぃ君、もう一口食べる?」
「ん。あーん」
「どう?」
「お義母様直伝の麻婆豆腐、美味しいね」

イチャイチャイチャイチャ…!
俺の目の前(数メートル先)で朗らかなランチタイムをやめようとしない兄貴とカスを、俺は呪う気持ちで睨んだ。
お世辞でもうちの母ちゃんは料理上手ではない。失敗率一割の低確率ながら、酷い時は糞親父ですら無言で噛まずに飲み込むレベルだ。親父は味覚音痴じゃない、どっちかと言えば舌が肥えてる方である。
何度か俺は母ちゃんに味の冒険はすんなと言ってきた。母ちゃんも失敗する度に反省してはいるが、一向に治らない。何故だ。

失敗しないのはラーメンのみ。
良いか、ラーメンのみ、だ。我が家の食卓は週4日以上、必ず、どのタイミングかランダムではあるが、ラーメンが食卓に上る。夏だろうが朝食だろうが関係なく、丼が湯気を発てる。

確かに旨い。
味は何だろうが、試作の新作だろうが、旨すぎて病み付きになる。
だが然し、母ちゃんのラーメン以外のメニューは、だ。大半が本場仕込みの中華料理で、ちゃんと作れた時は旨いのだ。確かに。
極稀に、親父が台所に立つ時はムカつく事に我が家の食卓は大層きらびやかだった。器用貧乏な親父は何故か豆料理ばかり作るが、それでも親父の麻婆豆腐は天下一品だった。母ちゃんが幸せそうに「からーい」とハフハフしながら飯をお代わりする、辛めな麻婆豆腐。


然し今、俺の双子の片割れが朝から四苦八苦して作ったそれは、母ちゃんのレシピだった。
実は歯磨きしながら横目で製作課程を見ていた俺だ、そのタッパの中身の原材料を一部始終見てしまった。


豆腐。
何か辛いもの。
最後にお肉と片栗粉。

以上、母から兄へ委ねられたクイズの様なレシピの全文である。判るか、これで麻婆豆腐を作る難しさが。
俺は無言で歯ブラシを咥えたまま、親父にメールした。どうせ電話しても母ちゃん以外の着信に、奴は出やしない。

先程、我が父から数時間経て返事が来た。


『親をパシらせるつもりなら殺すぞ』

どうやらあのカス親父には、母ちゃん渾身のレシピがお使いメモにしか見えなかった様だ。
俺が件名に『これ何だと思う?』と書いたからかも知れない。
レシピに作り方が書いていない謎。せめて麻婆豆腐の素と一言あれば、龍だってあんなものは産み出さずに済んだ筈だ。

本場仕込みの中華料理。

全ては、母ちゃんの大雑把な性格と、尻に敷かれ過ぎている糞親父の招いた事態だ。俺は悪くない。俺は龍にインスタント使えよと言った。最近のは肉も入ってるから、と。


『でも…ひぃ君、に、食べて貰うもの、だから…』

ああ。
国産だから安心安全、などと宣う日本のババア共を思い浮かべた俺は、間違ってるか?
その国内で廃棄物を転売するご時世に、信じられるものなどない。近いからこそ疑え、俺は、間違っているのか?



「ふむ。兄上が肉巻き冷奴を食す姿に欲情しているのか、大河枝」
「っ、あ?!」

ふー、と、耳元に息を吹き掛けられた俺は回し蹴りを放った。無意識ではない、狙って、だ。
然しひょろんと避けた相手は、サラサラの短い金髪を乱しもせず、ツッコミ所満載の白衣姿でカルテに何やら書き込んでいる。

「大河枝。症状、逆上せ、不整脈、動悸、息切れ、お薬は救心を出しておく」
「テメーのウザさに処方しろ!毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日飽きもせず人のケツ追っ掛け回しやがって…!」
「…ケツ?」

キラッと。
似非医者の艶やかな蒼い眼が光った。不味い、俺はどうしてシカトが出来ないんだ、律儀過ぎる我が身が憎いぜ。

「………ふ、ふふふ。何だ、気付いていたのか大河枝。そう、俺はお前の蒙古斑が残る柔尻を俺の両手の鉗子で割り開いて、俺の猛るメスで切り裂きたいと思っているんだ!」
「んの、変態がぁあああ!!!!!」
「ひでぶ!」

変態医者へのブローは見事にヒットした。
吹き飛んだ似非医者をがっちりキャッチしたSクラスの長谷川が、お騒がせしましたと頭を下げて去っていく。


「…枝?そんな所で、何を…?」
「ふふ。次郎と大河君は仲が良いね、本当に」

後ろから聞こえた声にビクッと震えた俺は、痙き攣りながら嫌々振り向いて、叫んだ。



「それは麻婆豆腐じゃねぇ!焼いた肉で豆腐を巻いてタバスコぶっ掛けただけの、名前のない創作料理だーっ!!!!!」
「「えっ?」」

戸惑う二人を余所に、俺は走り出した。
俺は悪くない。だってあれは、俺の知ってる麻婆豆腐じゃないんだからな!









龍と会長が交際している事は、学園中が知っている。年間お似合いランキング前倒し版で、堂々投票一位になった二人は、学園中から生温く応援されている。
歴代殿堂入りしてきたランキングの中に何故かうちの親父と母ちゃんも載ってるらしいが、驚いたのは警察官である川田小父さんと、大手電気メーカーに次々と新作家電の特許を貸与して阿呆儲けしてるマルチエンジニアな村瀬小父さんまでも殿堂入りしてた事だ。二年連続二位だったらしい。

まさかあの二人がそうだったなんて…。
俺は密かに憧れていたあのお洒落でイケメンな村瀬小父さんが、あの超恐い川田さんと出来ていたなんて信じられなかった。でも確かに、二人共似たような指輪してた。結婚してるんだとばかり思っていたが、…いや、そんな事を言ったらうちの両親は何だと言われるか。


因みに、最優秀殿堂入りの四年連続一位だと言う英雄陛下そっくりな銀髪の中央会長と、さっきの変態医者を黒髪にした左席会長は、左席会長の方はかなり見覚えがあった。
化け物みたいな男だ。醸し出す雰囲気全てが、幼稚園児だった俺の産毛を逆撫でした、あの。


「…あれが英雄陛下の母親とか…ないわー」

そりゃ親父が大人の事情だと何とか、踏ん切らねぇ訳だ。俺だってあの人と喧嘩して勝つ気がしない。
そんな事より今の俺の悩み、そう、通い慣れた学園内でこそこそ隠れなきゃなんない最たる理由は、だ。ストーカーしたい訳でも会長のゴシップを狙ってる訳でも、兄貴のいじらしい初手料理を馬鹿にする為でもなく、

「えっくん、考え事してるの…?悩んでる横顔も、僕、好きだよ?」
「………失せろ」

離宮、特別教室しかない校舎の、使う頻度の少ないトイレの真ん中の個室をわざわざ選んで閉じ籠ったと言うのに、だ。

「強がらないで…昔みたいに甘えてよ、えっくん」

外から判らない様にわざと鍵も掛けず蓋を下ろした便器に座って、極力息もしない様に頑張ってたのに、だ!

「ね、えっくん。…僕と一緒に、トイレじゃなくて教室でおべんと食べよ?」
「俺とテメーは違うクラスだろうが、SクラスはSクラスの活動範囲から出るな、息をするな、俺に関わるな」
「酷い…えっくん…」

見たら負けだ。
某ホラー映画か、恐らくドアの上から奴が覗いている。そう、あの金髪野郎が、だ。


「でも尖ってるえっくん、きゃわゆいっ!」

俺は俯いたまま頭を抱えた。
奴、帝王院次郎にはまるで日本語が通じないからだ。だからと言って六歳まで暮らした中国の、且つ標準語ではない言葉で悪口を吐き捨てようが、奴は理解している。たが会話は通じない。無駄骨だ、打つ手はない。

「はい、じゃ行こっ、えっくん」
「…」
「僕のえっくんを苛める奴は、許さないんだからっ。プンプン☆」
「…」
「僕に任せてれば大丈夫だから!」

さて、一体何人が奴の口調の変化に気付いただろう。俺も当初は多重人格なのかと本気で怯えたものだが、実は違う。ただの学芸会の様なものだ、つまり、全部。

数日前の変態医者も、夏休みのコンビニで俺にゴミを渡してきた自称死神も、今、俺の手を勝手に引いて廊下をスキップしてる「僕」も、全部、ただの帝王院次郎なのだ。

目的などない。
全て本人の趣味、らしい。迷惑この上ないが。

「………帝王院弟、頼むから普通にしろ。弟同士、一度腹割って話そうぜ、まともに…」
「きゃっ。えっくん、他人行儀だょ?僕の事はぁ、いつもジロって呼び捨てしてた俺様なえっくんらしくない、ょ?」
「………そうか…今日は俺は俺様なのか…は…ははは…」
「んもぅ☆えっくん、ちょっと俺様過ぎて今は皆からハブられちゃってるけど、また元の人気者なえっくんに戻れるからっ。負けないで?」
「………」

見るな。頼む、今の俺を見るなギャラリー達。
ポカンとこっちを見るな工業科共、くっそ、親しい先輩まで見てやがる!死にたい!



帝王院次郎。
またの名をジーニアス=グレアム。次男だから次郎、二番目なのにセカンドじゃないのは、他にセカンドが居るから、らしい。

中央委員会の現副会長であるコイツは、知っての通り帝王院太郎の弟だ。然も余り知られていない様だが、双子ではなく五つ子で、以前俺が喧嘩を売った遠野悟郎は、末っ子に当たるらしい。
よーく見れば、遠野は英雄陛下そっくりだった。若干、あっちの方が吊り目気味なだけで、髪形と雰囲気が違うだけ、写真だとほぼ見分けが付かない。

先日、俺は龍に叱られて遠野に渋々謝った。ボコボコにされたのはこっちだったが、龍の眼が本気で怒っていたから仕方なく。
でもまぁ、お陰でアイツがメチャメチャ良い奴で、モテそうなのに彼女と続かなくて色々悩んでると言う話も聞いて、今はメル友だ。自慢じゃないが俺はモテるからな。

ま、八方美人過ぎて勝手に色々思い込んだ相手から浮気を疑われたり、一度しか会った事のない女から彼女気取りされたりはするけど。華麗に修羅場は回避してきた。
この下半身の緩さは恐らく昔の親父に似たのだろう。母ちゃんからくどくど言われた事がある。流石にキスマーク付けて帰宅したり、開封済のゴムのゴミをポッケに突っ込んだままにしたら不味い、うん。気を付ける。

「えっくんっ」
「………あ?」
「教室着いたよ!ささ、おべんと食べよ♪」

シャンデリア、ペルシャ絨毯、どかーんと突き抜けて広い部屋の中央に敷かれたレジャーシート、数々の重箱が並んでいた。
イチャイチャとぴったりくっついて座っている陛下と兄貴が、お互いに「あーん」をしているのが見える。

『えっくん』に以前苛められていたが今は健気な恋人『役』の、帝王院次郎に手を引かれて場違いな中央委員会執務室に立ち入った俺は、ビシッと制服を纏う会長以外の役員に笑顔で迎え入れられた。

「色々悪かったな、大河。俺は君を誤解してた。ほら、長谷川も謝れよ」
「…すまん、枝。苛められてもめげないジロにほだされたとは言え、親友の俺が真っ先にお前を疑ってしまって…」
「………大変だな、長谷川庶務。今日は俺の親友かよ。昨日は俺の生き別れの母親だったよな」

シナリオが書かれたホワイトボードが見える。
胸ポケットにペンを指した書記が「良し、これで仲直りだ!」と唱和臭漂う青春映画の様に宣言し、俺以外がアハハウフフとレジャーシートに寄っていく。


「あ、枝。待ってた」
「大河君、イチさんのお弁当は綺麗だから写メを撮っても構わないよ?リア充の学生は、写真をインスタグラムに載せて競い合うんだろう?ね、龍君」
「ん。…あ、俺もひぃ君と写真、撮りたいな」
「ハァハァハァハァ…お任せ下さい寡黙の貴公子!否!義兄上!写真と言えばこの腐男子、伊達に母上の子宮の中から腐ってはおりませぬ!兄上、ささ、どうぞもっと義兄上に近寄られて下さい!はいチーズ!で何ならブチュと…!はいっ、チーズ!ハァン!」

帝王院次郎はホモではない。
ただのオタクだ。腐男子、とか言う奴らしい。腐女子の男版とか。


「リア充、早くしないと玉子焼きが無くなるぞ」
「そうだぞリア充、勇者閣下の隣に座っておかずを確保しつつ、リア充のトーク力で場を盛り上げてくれ」
「…会計、書記。俺はテメーらの宴会部長じゃねぇ、殺すぞ」
「おお、流石は本物のリア充!偽リア充の俺とは違う、本物の迫力!書記。今の台詞、しっかりメモしといてくれ」
「えっと…俺はテメーらの宴会部長じゃねぇ、殺すぞ、だな。良し、後でコピーしてくる」



リア充だか何だか、そんな事はどうでも良い。
大切なのは、どうやって俺がオタクから逃げ切れるか、だろう。
脈絡なくキスしてきたり、朝からその辺の奴等を口説いていたり、口説かせていたり、至るところでハァハァ息が荒かったりする変態は、学園の皆から微笑ましく迎えられている。
性格と顔と家柄が良いからではなく、俺が思うに被害が自分達に及ばないからだ、それだけだ。


奴は弟同士と言う立場で一方的に俺に仲間意識を感じたらしく、近頃、奴の趣味に毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回付き合わされている俺の身にもなってくれ。
逃げても隠れても即座に見つかる俺を哀れんでくれ…!

喧嘩すれば確実に勝てるんだ!奴は笑えるほど弱いからな!マジで!遠野の兄とは思えないほどに雑魚だからな!
だが!殴っても、蹴っても、罵っても、だ!

…奴にはノーダメージだった。
何故ならば奴は、基本スペックがドエムらしいのだ。何たる悲劇。殴れば目を輝かせ、蹴れば息を荒げ、罵ればお代わりを要求される始末。

俺は龍の身よりも自分の身が可愛かった。
だから兄貴達を別れさせる気はない、そんな事より…学校、辞めたい…。

「おい、枝。お前の愛しい俺にタクアンを喰わせろ。…口移しでもイイぜ?」
「ヒュー!副会長っ、やっぱ溺愛系俺様役がお似合いですよ!」
「大河、照れてないでタクアンを早く!早く口を開けたままの副会長に、そっと!優しく!」

夏休みが明けて既に一月。
俺は今、世界中の全てのリア充が憎い、不幸のどん底に居る。






本日のシナリオ。
幼馴染みの受けを苛めていた俺様人気者の転落とその後。
リア充、華麗なる復活編。
(※シナリオ実行は行き当たりばったりなので多少異なる場合があります)


キャスト。
『健気受け』副会長
『俺様人気者』大河枝
『親友』庶務
『人気者のお付き』書記、会計
『担任』会長
『担任の恋人の保険医』寡黙の貴公子



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