リア充と腐男子の
(リア充のお得意は朝帰り)
「あー…もうこんな時間か…」

俺は大河枝、寝起きの15歳。
朝の出来事で丸一日呆けた俺は無駄に過ごしてしまい、気付けば真夜中だった。

ボーッとセクハラの後遺症から腑抜けてた俺は、朝飯も昼飯も食いっぱぐれたまま、いつしか寝てたらしい。そりゃ腹も減る。

店は定休日だが賑やかなドアの向こうに気付き、腹減った何か食わせて、と、ユート兄の店の事務所兼仮眠部屋(兄さんが女連れ込む部屋とも言う)から出た所で、


「え、枝ぁ…」
「…あい?」

半泣きのユートの背後、今世紀最高にキレてる親父と、背中にキモ男(LLサイズ)を張り付けたとーるが見つめあっているのを見た。

「えーっと…」
「助けろ枝ぁ」

半分脱げかけたスウェットをそのままに、目を擦る。
やっぱり馬鹿ユートは涙目で、親父は血管がブチブチ切れている正に般若顔、同じ顔の兄貴は相変わらず俯いていて、その背後に巨大なイケメン。

ああ、夢か。


「…ユート兄、俺二度寝してくるわ、変な幻覚が見える」
「えだぁ」

双子の声を聞き間違える枝様ではない。
踵を返した筈の俺が本能的に振り返り、涙目乙なとーるの背後に跳び蹴りしたのは、とーるがヤバい事になってたからだ。

そりゃ糞親父もキレて両目が赤くもなろう。いつもはどんなにキレても緑の目が。


「卿のものに触れるな」

言っておく、俺は決して俺より体格の良い相棒をすっぽり背後から抱き包んでるキモ男の『もの』に触るつもりはない。
『もの』が何であるかも知りたくねぇ。

俺はお前を殺したいだけだ、と。言っておく。
大切な事だから二度言う。
とーるから引き剥がして殺したいだけだ、とっとと退けゴルァ。

「何で巨大化してんだテメー、誰のもんに触ってンだゴルァ!舐めやがって…!とーる!直ちにソイツを引き剥がせ!」
「え、枝、でも…」
「…黙れジィ、とりあえず座れ。良いか、この俺が我慢汁垂れ流して耐えてんだ、オメー如き雑魚で勝てる訳ねぇだろ」
「何汁だと糞親父!」

俺が蹴った筈のキモ男(大)は、びくともしない所か益々とーるを締め付け『ひぃ君…っ、痛…っ』なんてエロボな涙目に吸い付いてる。

「今日は赤かまぼこ」

何の話だ。



重ね重ね言うぞ。
俺は大河枝、成績は悪くない。優秀ポカリ系今時男子だ。糞親父みたいに古臭い演歌なんか絶対聞かねー、めちゃイケボーイだ。濃い目にメモっとけ。

俺がそれなりに喧嘩慣れしてんのは、喋れる様になった2歳から繰り返し、糞な親父に殴られ蹴られ踏まれ罵られて来たからだ。

糞と言うからには心底腐ってる、うんこ親父。奴は大河朱雀と言う。これはメモる必要はない。馬鹿朱雀とでも覚えとけ。
おかんは大河瑪瑙。どっちかっつーと、おかんのが何するか判らない。これは30回くらいメモっとけ、命に関わる事柄だ。がりがり書いとけ。

そんな嫁を心底溺愛する変態、それが糞だ。
うんこだ。
大河うんこ朱雀、奴の頭には仕事と母ちゃんの事しかない。9割方母ちゃんの事しか考えてない。残りは妹のまなの事だろう。
どんなに熱い灼熱ラーメンをぶっ掛けられようが、鮫の歯を持つ乳児から乳首を噛まれようが、だ。変態うんこにはご褒美。


「ロン」

と、思ってきた。

「父さ、ん?」

吊り目な上に切れ長な奥二重の所為で、人相の悪い糞親父が、とーるに話し掛けるのはまず珍しい。
何せ糞は、とーるが始めて喋った言葉が「せんぱい」だった所為で鼻血が三日止まらなかったと言う。いやこれはどうでも良いか。母ちゃんがたまに糞を朱雀先輩って呼ぶから、俺も最初はそれが糞の名前だと思ってた。

あの頃、初々しかった俺は、糞をパパと呼んでいたらしい。穴掘って飛び込みたいくらいの暗黒史、心のメモから消し去りたいぜ。

「あー…何だ、嫌ならはっきり言え。元々はマーナオと糞カルマが勝手にした約束だ」

とーるが、一杯一杯な顔で親父と俺を交互に見る。
すまん、俺も判らん。糞がまともな台詞を喋ってる、っつー事と、よれよれのシャツの胸ポケから覗いてる白い紙に緑の印字が見える、あ、離婚届だ。くらいしか判らん。

またおかんと喧嘩したのか糞親父、そろそろ捨てられとけ。親権はやらんけど慰謝料は貰ってやるよ。

「オメーはマーナオそっくりだ。…ぐだぐだ悩んでる内は良いが、腹据えると暴走しやがる」
「ぇ」
「…よりによって眼だけ似やがって」

両目を赤く染めた親父は、親父より毒々しい紅い眼のキモ男を睨んだまま、とーるに話してる。
兄貴は親父が話し掛けてくる事でかなり驚いてるみたいだ。何せ俺もビビってる。親父がまともな事をほざくとは…今日は雪か?



「お前らの死んだばあさんからの、遺言だ。」








親父に引き摺られながら、痙き攣りそうになる唇を力一杯噛む。とーるの事を、俺は何も知らなかったのだと思い知らされた。今の話を聞くまで。
何より悔しいのは、俺が一番近くに居た事。

「…離せ糞親父ぃ、虐待で訴えんぞチンカス」
「黙れ糞餓鬼。磨き抜かれた俺のオメガウェポンをテメェの粗末なうんめー棒と一緒にすんな」
「う、うう…母ちゃん、母ちゃあん、うっうっ」
「泣くなカス、磨り潰すぞテメェ。本当に俺の息子かゴルァ!」
「寧ろ他の父親を求めとるわ!心の底から!母ちゃんマジで浮気してねぇのか!」

龍と双子である限り、どう足掻いても間違いなく朱雀の息子。無意味な言い争いの虚しさに気付いたのは親父が先だった。

「…諦めろ、ままめこのおまめは出逢ったその日から俺のもんだ。笑えるほど何処も此処も新品だった。つまりテメーは雑魚だが俺の息子だ、諦めろ」
「うっうっ」
「糞餓鬼が、俺のが泣きてぇっつーの」


糞親父、頭なんか撫でやがって。
目と鼻からしょっぱいもんが止まんねーわ、どうしてくれる。



本当は話して欲しかった。
図書館で会ってるキモ男の事も、何で元気がねぇのかとかも。全部、俺だけに。いつも何でも、一番先に。



だから俺は知っていたのだ。
ゴールデンウィークの話に沸く四月末、最後の桜が散る窓辺を背景に。

兄は笑っていた。
こちらからは背中しか見えない男に。あれが会長だなんて知らなかったのだ。中等部の頃に一度だけ、見た事があっただけ。
金髪の帝君と誰も居ない非常階段で話し込んでいるのを見掛けただけ、その時は帝王院次郎からあの鋭利にも雄々しい顔で『見たのか』と問われ、見ていないと答えた。


知っていたなら。
見て見ぬふりなどしなかった。大河如きと笑われようが引き離した。毎日苛々してそれから夏休みまでの間、満足に龍の顔など見ていない。


一番近くに居た筈なのに。
産まれた時から臍の緒で繋がってた筈なのに。
いつから、兄貴にとっての一番が、俺じゃなくなっていたのか。


「くっそ!何がグレアムだ!糞親父、何とかなんだろ!総力戦だ!グレアムと抗争しろよ!」
「まぁ何だ、…大人には大人の事情がある」
「きー!このまま引き下がってなるものか!…母ちゃんにチクってやる!グレアムなんかラーメン地獄に落ちて火傷しろ!うっうっ、ずず、ぐす」

グレアム。
グレアムグレアムグレアムグレアムグレアムグレアムグレアムグレアムグレアムグレアムグレアムグレアムグレアム、あの紅眼の憎いグレアム。どうにかしてやりたい、どうにも出来なくても許さない、絶対、許さない。

グレアム。
とーるの記憶を封じたのも、とーるを奪っていったのも、…俺の頬に何の脈絡もなくキスなんざしやがったのも、グレアムだ。

「………殺してやる…!今から戻ってボコボコにしてやる!離せ糞朱雀!」
「死ぬ気か馬鹿野郎」
「煩ぇ!骨の一本や百本くれてやる!俺は許さんぞ!肋骨砕かれようが八つ裂きにしてやるぁ!糞グレアムがぁあああ!!!」
「諦めろ。その無計画無鉄砲な馬鹿さ加減は誰に似たんだ。…まさか俺か?」
「とーるとーるとーるとーるとーるとーるとーるとーるとーるとーるとーるとーる俺のとーるが!とーるぅううううう!!!」
「煩ぇ。何時だと思ってやがる」
「大事にしてきたのにぃいいい!!!うわぁ!俺が悪かったよぉ、とーるぅ!もう意地悪しないからぁ、ひっくひっく」

俺がもっと、ちゃんと、話を聞いてやれば。
俺がいつも、ちゃんと、傍に居てやれたら。
あの時、図書館に居たのが。俺だったなら。

畜生、朝日が目に沁みる。


ああ。
これ、何か。
昔、実家に帰るって出て行こうとしたおかんの前で土下座した、糞親父と同じ事言ってねぇか?


「ぐずっ」
「…久し振りに、親父さんとこのラーメン食い行くぞ。汚い面、どうにかしやがれカス」
「うっうっ、腹減った。石英じいちゃあん、チャーシューおまけしてぇ」
「泣くなっつってんだろ!カス豆が!まめこそっくりな目から豆乳垂れ流してんじゃねぇ!俺が泣くぞ!」
「うわぁ!親父が殴ったぁ!うわぁん!とーるが盗られた!グレアムに盗られた!うわぁあっ!俺の兄貴をアイツが盗ったぁ!うわぁん!うわぁぁぁん!」
「お前…マーナオそっくりな泣き声やめろ…」


全部。因果応報。



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