龍クエスト
(Lv.7 the final quest)
「はふん。はァ、ぺんぺんするのも疲れるな」

俺はただただ青冷めたまま、それを眺めていた。

「…まァ、今回はこのくらいにしといてやろう。反省したら夏コミで買い漁ってきた新刊読んで、感想文を一冊につき十枚以上書いて明後日までに提出しなさい。さ、返事は?」
「御意の、ままに、猊下」

青冷めたひぃ君なんて、初めて見たからだ。
震えるひぃ君の手を握れば、パシャって音が聞こえて振り返る。

「大きくなったね、龍」

ふわっと神様みたいに笑う男前が、大きな手で俺の頭を撫でた。さっきまで、ひぃ君のお尻を物凄い早さで叩いていた人にはとても見えない。
そのデジカメが何処から現れたのか、とても気になるけれど。

ひぃ君は呪文の様に真顔で「ごめんなさい」を繰り返して、今は、俺の手を握ったままチワワの様に震えてる。
この中で一番大きいのに、今は幼い子供みたいだ。

「君は覚えていないだろうが、俺は君を知っていた」
「…そう、なんですか」

眠りに誘う様な低い声音のその人は、ナイトさんと言った。今日は平日だから、と。
ひぃ君のお母さんで、ゴロー君のお母さんでもあるそう。すらりと背が高く、ちょっとだけ、恐い。

「それにしても…君はお父さんにそっくりだな。昔、黒髪だった君の父親を見た事があるが、良く似てる。雰囲気が違うから間違えはしないけれど。…ふ、然し枝君は母親似だ」
「枝の事も…ご存じで?」
「太郎は、父親に似たんだ。…そうだな、この情けない性格は残念ながら俺に似てしまったのだろうが」

ひぃ君のお母さんは、俺より少し背が高く、父さんと同じくらい…多分、185cm程度はあると思う。ひぃ君の本名の「ヒロ」と呼ぶ時は冷ややかな声音で、俺は無意識にひぃ君を背後に庇った。
すると彼のお母さんは、人の心を見透かす様な凛々しい目尻にちょっと皺を寄せて笑いながら、

「スゥが心配する筈だ。君のお母さんは男らしい性格だから、君がどんな選択をしても受け入れるだろう」
「あ、の?」
「その甘い眼差しは人を狂わせる。大切な宝石は、守らなければね」

近い。顔が、近過ぎる。

「ああ、でも太郎が嫌になったら乗り換えても構わないけど」
「母上!」
「黙ってろィ、セクハラ息子。婚約前にテメーが何したか、知らないと思ってんのかァ?…夏コミ前に萌え死ぬか思ったわコラァ!」

痛そうな拳骨で殴られたひぃ君は、お口チャック、と言いながら抱き付いてきた。
不謹慎かも知れないけど…可愛いなぁ、ひぃ君は。

「太郎と次郎と悟郎、あとは燦だが…まだ子供だからなァ。スゥは秋葉が良かったんだろうが、」

ぎゅっ、と。
ひぃ君の腕の力が強くなった。縋ると言うよりはまるで逃げない様に、捕まえられてるみたいでドキドキする。俺は何処にも逃げないのに。

「大河の後継者である限り、君は必ず何かしら矢面に立たされる。龍、その覚悟はあるか?」
「その…俺は、後継者とか、あんまり…」
「確かに、まだスゥたんが元気だから、実感がないか」
「枝…弟の方が、頭、良いし」
「ふむ、長男が居るのに次男が継ぐのか?」

確かに、可笑しい話だ。
でも俺は、父さんから何も言われてない。枝は判らないけど、俺は、父さんの声を目の前で聞くのも初めてなんじゃないかってくらいで。

「俺…」
「でもねィ。君が太郎を選べば、全て解決するなァ」
「え?」
「登竜門。鯉が龍になる為の。鯉のまま磨り潰されて、それこそ蒲鉾みたいにならない様にね」

ひぃ君は、多分お母さんに似たんだ。
意味深な喋り方とか、セクシーな意思の強い眼とか、雰囲気とか。とても似てる。

「我が子ながら親馬鹿な様だけど、太郎は性格は悪くない。但し長男だから出来ればお嫁に来て欲しいな」
「俺、が…?ひぃ君、の?」
「選ぶのは龍自身だけど、」

全部。

「俺は、君が家族になってくれたら幸せだ」






ひぃ君は俺の事を知っていた。
俺が帝王院に入学した時から、誰に言われるでもなく俺の眼が誰かに狙われないよう、見守ってくれてたらしい。

「母上の完全催眠が解ける事はまずない。俺なんかが出る幕はないと判っていたけど、龍君を見掛ける度に、目で追ってた」

姿を現すつもりはなかった。
無論、会話するつもりもなかった。
でも無人の図書館でじっと本を読んでた俺の背中を見て、どうしてか顔が見たくなって。

「いつも俯いてるんだ。皆、龍君に話し掛けたそうにしてるけど、気付かなかったろう?」
「そんな事ない、よ。…俺なんかに」
「俺は話してみたかった。話し掛けるつもりはなかったけど、一度だけ。近くから君の顔を見てみたくなって…でも、すぐに気付いた。龍君は気付かないと思っていたから、…びっくりしたよ」

赤い、俺の両目に、ひぃ君の紅い瞳が映っていて。
まるで溶け合うみたいに一つの色で染まっていたから、触るつもりなんかなかったのに、手が伸びてた。


「俺の目は禍々しい血の様だと言われるけど、龍君の瞳はね、甘そうなんだよ」
「そんな…。俺は、ひぃ君の眼差しの方がずっと綺麗だと思う」
「俺を見る時の龍君は、いつも苺色の目をしてた。凄く可愛くて、王子様みたいだと思ったんだ」

王子様は絶対に、ひぃ君の方だ。
恥ずかしくてちょっと俯きながら、チラッとひぃ君を見た。

「…そうなの?俺…可愛いなんて、初めて言われた」
「…ん」

ひぃ君は、ほっぺも目尻も真っ赤に染めて、俯いてる。見た目は物凄い男前なのに、ひぃ君も俺がファーストキスだったそうだよ。

「妹、に。告白もしないでキスなんかする様な男は嫌われる、って。…とても叱られたんだ」

だけど、ひぃ君は夏休み前から背は伸びるし忙しいしで俺に会えなくなって、元気がないと妹達から心配された。
そして、話し終えると叱られたそうだ。初対面がそれじゃ嫌われる、って。

「すぐに謝りたかったのに、家の仕事の都合で出張に出ないといけなくなって…ごめんね、龍君」
「…う、ん」
「もうしないから、嫌わないで欲しい」
「嫌ってないよ…?」
「…本当に?」
「うん。俺…嫌じゃ、なかった、よ」

…可愛いなぁ。
恥ずかしくて死にそうだったけどちゃんと伝えたら、ひぃ君はふんわり、優しく微笑んだ。

綺麗。
今は俺よりずっと背も高くて、髪も何だか少し伸びて、高校生にはとても見えないくらい大人っぽいのに。

「あの…顔はあんまり見てなくて…ゴロー君は、本当の弟?ひぃ君は、何歳なの?」
「先月16歳になった。龍君と、入学式の時に隣同士だったんだ」
「じゃあ、双子なんだね。俺と同じ…」
「違うよ。龍君、次郎は覚えてるだろう?始業式典の翌日に、君が助けた」

式典の翌日と言えば、帝君の帝王院次郎君が寮の外で倒れていた。通り掛かった俺が慌てて屈み込んだら、中等部自治会長の叶君が、

『大河先輩。どうせまた何かに成りきってるだけなので、見なかった事にした方がいいですよー』
『倒れているのに、か?』
『血糊付けて倒れてる所を見ると、命からがら逃げてきた暗殺者か何かじゃないですかねー?助けてくれた人に落ちる影のあるサメ…あれ?セメ?とか何とか』

時間の無駄ですからー、と。叶君はさらっと言ったので、俺は帝君の次郎君の視線を痛烈に感じながら帰宅した。
勇者閣下と呼ばれる次郎君は度々校内で誰かを口説いていたり、口説かれていたり、噂に事欠かない人だ。なのに修羅場みたいな事は一度もなく、始業式典の挨拶は「お前の愛しい俺だ」みたいな台詞だった。

「ひぃ君、あの時も見てたの?」
「次郎から聞いた。寡黙の貴公子がイケメン過ぎて本当に呼吸が止まったって」

そうだ。
あれは、ひぃ君に出逢った日。ドキドキしたまま寮に戻る最中だったんだ。

「龍君と話したんだって報告したら、喜んでた。俺には友達が居ないから」

…あれ?
次郎君は友達じゃないのかな。帝君と親しく話せるなんて、凄い事なのに。

「…俺、は」
「龍君は、友達じゃないもの。…友達にはキスなんかしないよ」
「俺、ひぃ君と、お付きあいしたい」

頑張った。
恥ずかしくて吃り気味だけど、ちゃんと声になってたと思う。

今度こそ狡い方法じゃなく、素直に、心の中の言葉を声にした。
とても恥ずかしくて死にそうだけど、ぱぁあああって、お花が咲くみたいに笑ったひぃ君が、ぎゅむって抱き付いてきてぐりぐり頬擦りしてくるから、多分。
答えはイエス、だよね?






今日知った事。
ひぃ君は、俺より口下手さんらしい。










ひぃ君は貴族でSクラスで帝君であの帝王院次郎君の兄弟で、しかも中央委員会の会長さん、だった。
落ち着いて考えたらすぐ判る事なのに、俺は母さんに似て昔からそそっかしいと言うか…思い込むと周りが見えなくなる性分だった様だ。特に魔法が溶けてからは、本来の気性が少しずつ具現化してくると言う事で、変に慎重過ぎると自覚していた過去が嘘のよう。

枝が最近、毎晩の様に俺の布団に潜り込んで来てはひぃ君の悪口を言うから、初めて、俺は枝を叱った。
つい手が出てしまった時は俺の方が吃驚して泣きそうになったけど、ほっぺを真っ赤にした枝は何故か嬉しそうだったから喧嘩にはならなくて良かったと思う。

でも、父さんを秒速で叩く母さんに似てしまったらとても困るので、暴力は控えたい。母さんのビンタはちっとも痛くないそうだけど、俺が平手打ちした枝のほっぺはそれから暫く腫れ上がった。
可哀想で見てられなかったから、二度としない。


「考え事してるの?」
「…え?」

ともあれ。
ひぃ君の本名は、ヒロ=グレアム。日本名は帝王院太郎。俺達高等部一年進学科のもう一人の帝君で、中央委員会の現会長、つまり、幻の英雄陛下だった。

「龍君?どうしたの、赤くて青い…グラデーションかまぼこになってるよ」

それを知ったばかりの俺、大河龍15歳の新学期一日目。式典で初めて姿を現した会長に、会場は噴火した。勿論、俺も。

壇上の上から手を振ってくるひぃ君…帝王院太郎君…いやいや英雄陛下の満面の笑みの所為で、バタバタ皆が倒れていく。ついでにパシャパシャ壇上からフラッシュ。

「ハァハァハァハァ」
「あ、あの、次郎君、大丈夫…?」
「次郎はいつも呼吸が荒いんだよ、龍君」
「ハァハァハァハァ、兄貴氏が、兄貴氏がよもや寡黙の貴公子から求愛されるとは…!」
「きゅ…求愛…」
「龍君、大好き」
「あァん!」

真っ赤な俺、クネクネしながら喘いだ次郎君はやっぱりお母さん似で、男前だけど。彼はひぃ君の前ではいつもこんな感じらしく、今日は『高校デビューでぼっち脱出したいエセ不良』役なのだと聞いている。

次郎君は毎日何かしらのキャストに成りきって、同人活動と言うお仕事をしているそうだ。その役に成りきる事で、色々な物語を広げているそう。
難しくて良く判らなかったけど、それはとても大変なんだろう。

「兄上!そんなにイチャイチャなさって!リア充オーラが俺のライフを奪っておられる…!眩しくて見ていられない…イイぞもっとやれ!」
「ひぃ君、リア充って?」
「俺の様に充実した男の事だよ。…ん?充血だったかな。そう言えば、近頃は龍君を見ているだけで股間が熱くなるんだ」
「うっかり死神アンソロジーの製作に没頭してしまう余り、疾風怒濤の展開に密着出来ず全く不甲斐ない有様ですよ!ええいーああ、夏コミが憎い!兄上!あの夏をプレイバックプリーズ!」

中央委員会の執務室で硬直してる俺、その俺をお膝抱っこして会長席に座るひぃ君…英雄陛下、それを涎全開で撮りまくるのは、あの凛々しい顔が凄い事になってる、副会長、勇者閣下だ。
そっか、勇者は英雄に文字って付いた名前だそうだけど、ひぃ君が太郎と書いてヒロだから、ヒーローなんだね。成程。

「ざけんな!俺は認めてねーぞ!今すぐとーるを離せ!キモ男!チンコ切り落とすぞ糞が!」

今まで黙って震えていた枝がとうとう叫ぶ。

「あ?テメェ、この俺様の兄貴氏がキモいだと?」
「はっ、こんなキモ野郎、顔だけじゃねぇか!とーる!そんな奴やめとけ!お前の恋人は俺が決めてやるからっ!」

それはちょっと…。やっぱり好きな人は他の誰でもなく、自分で決めたい。

「訂正しろ大河枝、この迸るイケメンカポーをキモいだと?お前の目は腐ってる。俺は心底全てが腐っているが」
「ああ?!誰が腐ってるだと?!舐めやがって、やんのかゴルァ!上等だ、糞グレアムが…!」
「ああ?!やる訳ねェだろうが!俺はデジカメと同人誌より重いものは持てねェ、ちんけな雑魚だぞ!巻き舌に物言わせやがってリア充め!底辺には優しくしろ!巻き舌反対!暴力反対!」

あ、うん。そんな自慢げに言う事じゃない、んじゃないかな、次郎君。ほら枝も黙っちゃった。

「ジロと彼は仲良しだね」

ひぃ君の純粋な紅い瞳には、あれが仲良しに見えるのか。俺には、勝ち誇る次郎君と恨みがましく睨む枝にしか見えない。

「ね、龍君…」
「何?」
「子作りはいつから?」
「………え?」

とんでもなくいやらしい目をした、様に見える、ひぃ君が。俺の手を持ち上げて俺の人差し指を齧りながら、

「それとも結婚するまでおあずけ?」
「え、ぇ?」
「あーあ。早く18歳にならないかな。あ、俺の方が誕生日が早いから、龍君はお嫁さんになってね」
「………え?!」

子作り?!
枝が目を剥いて叫ぶけど、キラッと目とデジカメを光らせた次郎君が何処からか取り出した網を枝に投げ付けて、バタバタ暴れる枝は他の役員さん達に引き摺られていった。

見事なお点前で…。


「ま、待って、ひぃ君、」
「はァ。折角、龍君からプロポーズして貰ったのに…ごめんね、龍君。父上はお祝いのコンソメポテチを下さったんだけど、母上がまだ早いって仰られて…」
「違、ひぃ君、そうじゃなくて、あの、」
「結婚指輪はちゃんと働いてから買うから待っててね。まだ3億ドルくらいしか貯めてなくて…。あ、それより先に婚約指輪」
「あの、」
「朱雀お義父様の銀行に預けてるから無駄遣いは出来ないけど…龍君、キスしたい。駄目?」
「…駄目じゃ、ない、よ」

パシャシャシャと言うシャッター音を聞きながら、ルビーの双眸で笑む人の口付けを受け入れて。

「…やっぱり、龍君の眼と同じ黒曜石と紅玉の2つ必要だ。早速、今から買いに行こう。龍君、俺の透明なシャドウウィングでデートしようか」

天然なのかマイペースなのか判らない、でも幸せそうな笑みに頷いたのだ。




まだ混乱しているけれど、ひぃ君を信じて付いていこうと思う。だって、どうなったって俺は、きっとずっと、幸せだと思うから。

父さんを愛した母さんの様に、ね。








「…カイちゃん、うちの太郎ちゃんが早速ろんたん押し倒してるんですけど」
「案じるな俊。ヒーローから直々に相談を受け、挿入に至らねば万事良しと伝えてある」
「きゃー!どーしてうちの子は揃いも揃ってマイペースしか居ないにょ!カイちゃんの悪い血が流れまくってるにょ!ハァン!」



冒険の書1 完



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