リア充と腐男子の
(リア充は1日にしてならず)
「おー、真面目にやっとるか大河弟」

通りすがった教師の台詞に内心は痙き攣りながら、決して顔には出さない。それが当たり障りのない人付き合いだ。

「えー。俺いつもマジメっスよ〜?失礼だなー」
「どの口が言ってんだ。ま、次こそ昇格狙ってけよ?こないだは惜しかったな」
「あざっす。でも無理しないのが俺なんで☆気長に待ってて下さいよ。つか俺が居なくなったら先生も寂しいだろ?」

目の保養がなくて☆
などと軽いジョークを挟めば相手は想像通り笑い、去っていった。


「…ち、弟っつったって、数分違いじゃねぇか。双子に兄も弟もあっか、クソが」

生来の口の悪さは明らかに父親譲り、但し出鱈目凶悪俺様野郎から叩き上げられ反面教師、アイツにはなるまいと腸を煮え繰り返らせながら生きてきた。その結果、世渡りには少々以上の自信があるのだ。


「枝」

近付いてきている事には気付いていた。チラホラ向けられていた他人の視線がごっそり、後ろに流れたからだ。

ムカつく事に、声も姿も父親そっくり、同じ日に生まれたのに身長も5センチ近く離れた、片割れの声を聞き間違える訳はない。だから、あの父親に腹が立つほど似ているのだ。完コピーと言っても良い。目と髪の色が違うだけのクローンだ。
特に、中等部時代に声変わりをしてから。その声で呼ばれると、否応なく臨戦態勢になるほどには似ている。と言っても彼に落ち度はない。そんな事は判っている。

「…あ?何処の唐変木かと思えば、龍じゃねぇかよ。相変わらず暗ぇ奴だな、その猫背やめろっつってんだろ。みっともない」
「…あ、ごめん」

子供の頃に受けたトラウマから人見知りになった片割れに、こんな意地悪をしてしまうのは条件反射だ。何せ父親相手には『殺す』『捻り潰す』が挨拶であり、コミュニケーションとも言える。
だがこの兄、相方にはそれは通じない。
益々俯いてしまった男を見るなり罪悪感が背を走るが、何せ負けず嫌いであるので謝りたくないのが本音だ。自分が言っている事は間違いなく正論だ、と、強く己に言い聞かせ、じわじわ蝕む罪悪感を振り払う。

いつまでも俯いて顔を上げようとしない繊細な性格は誰に似たのか、最悪な方向にマイペースな父親と、気遣っているつもりで大半が空回る母親の両極端な様で似た者夫婦から生まれたにしては、余りにも彼は出来が良かった。

本当は、彼の方が自分よりも頭が良い。筈だ。少なくとも兄が答えて間違えていた記憶がない。
律儀な性格で、特にテストの時は採点相手の労を気遣って字を書く時間を無駄に懸ける為、後半の設問を書き漏らすのだ。その所為でいつも点数は奮わず、昇格は愚か選定考査も漏れる始末。
何度注意しても改善しないのだから、最早言うだけ損だろう。だが腹の底では我が事の様に悔しくてならない。だからまた、ついつい意地悪を言う。
エンドレス。

「ウッゼ。で、呼び止めたっつー事は何か用があるんだろ?」
「あ…ご、ごめん、用は別に、何も…」

口下手と寡黙とおっとりした性格の三重苦で、遅いは途切れるは、聞くのが面倒臭い言葉をそれでも何とか耐えきったのは、やはり罪悪感が拭い去れてなかったからか。
尤も、生まれ落ちてから15年、共に育ってきた杵柄かも知れない。

「あっそ。ならもう良いだろ。俺、今から移動で視聴覚室」
「ん。気を、付けて」

ふんわり、笑う時はあの糞父親を忘れ去る極限の包容力を漂わせる兄の笑顔は眼福だ。きゃあ、と悲鳴を漏らす他人らを素早く睨み付けながら、持ち上げた腕を振り振り、踵を返す。

最近は滅多に見られなかったブラザースマイルだけに、足取りは軽い。










大河枝は、友人だけが認めるブラコン、シスコンの兄妹大好きっ子である。但し枝はブラコンだけは異議を唱えていたが。

半年前に生まれたばかりの妹『まな』は天使の様に愛らしく、初の娘に父も中国在住の祖父もメロメロだ。
ご多分に漏れず、末っ子の地位を奪われた枝もまた、我が家に舞い降りた天使と頬を緩め、近頃は休みの度に帰宅する程になった。

それまでは父親に会いたくないが故に夜間徘徊上等、血の繋がらない身内である瀬田侑人が営むクラブ形式のバーに初等科の頃から入り浸り、今や時々店を手伝っている。
対人トーク力は、此処で鍛えられたものと言えた。

そんな枝が町で見掛けた男前に喧嘩を売ったのは、夏休みの事だった。理由は、近頃連絡を取っていなかった先輩から久し振りに呼び出された事が発端である。
荒くれものが多い事で知られる工業科工業生の根っからヤンキーな先輩は、普段は作業着オンリーだが私服はお洒落で、何処ぞのチームに入っているらしく面倒見が良い。
龍に密かな恋心を抱いている事には気付いていたが、以前彼が龍に声を掛けた時、人見知りを発揮した龍から睨まれた挙げ句『誰?』と言われて、心が折れたそうだ。

中等部時代からある大河龍親衛隊はどちらかと言うと厳つい男が多く、大半は兄貴と呼ばせて下さい系の暑苦しいファンばかり。
反対に弟の枝に親衛隊はない。女の子からはそこそこモテるが、基本的に友情を結ぶ方が得意な性格が幸いし、今に至るまで襲われた事はなかった。


そんな折り、呼び出された先輩の奢りで食事をしていた時だ。盛り上がっていた話が一段落ついた頃、ふと思い出した様に彼は口を開いた。

「そう言や、最近第二小図書館に通ってんだって?」
「あ?龍っスか?」
「そ。あの辺はFクラスの奴らの溜まり場が近いから人気が少ねぇんだわ。ンな所に通ってらっしゃるっつーからよ、俺ら交代でこそっとお守りしてたんだ」

彼らが何を勘違いしているか知らないが、龍は普段何があろうと99%怒らない、弟の枝でさえ感心するほどの好青年だが、怒らせた時は手が付けられない。
一度だけ、中等部の頃だ。父親と取っ組み合いの喧嘩になり、母が止めても泣いても収束しなかった時に、早めの成長期を迎えていた長男が怒った事がある。

祖父が送ってきた中国の名匠が誂えた青竜刀を振り回し、滅多に使わない中国語で『貴様らの首を落とすぞ』と宣ったのだ。深紅に染まった双眸で。


普段、母譲りの焦げ茶の双眸である双子の内、龍にだけ備わった大河の証は、感情が高ぶると眼圧が上がり水晶体に血液が漏れ、色が変わると言う不思議な性質がある。
一昔前はそれで多くの親族が命を狙われたらしく、発覚したのは幼稚園の頃だった。その時はまだ中国のアメリカンスクールに通っていた頃だ。

同じ日本系の園児の前で龍の目が発現し、騒ぎになった。枝は全て覚えているが、両親が母方の国である日本へ渡ったのも、帝王院学園に進ませたのもそれが原因だ。
子供心に『これは人間じゃない』と思う程の威圧感と存在感を秘めた、髪も目も真っ黒な男がやって来て、泣き喚く龍に囁いた。目を閉じろ、忘れろ、と。
それまで快活だった龍はそれから人見知りになり、今の大人しい性格に育っていったのだ。

お陰で、以来、彼の目が染まる事はなかった。けれど父親との大喧嘩の時の龍の目は、染まりきってはいなかったとは言え、肉眼で見て『あれは赤だ』と答えるしかない。
気を失う様に倒れ込んだ龍は丸一日寝込み、目覚めた時には覚えていなかった。母から釘を刺されずとも、掘り返すつもりはない。枝にも、父親である朱雀にも、だ。

因縁とも言える大河の眼を継がせてしまった罪悪感からか、龍の扱い方に手を焼いている様に見える父親は、どう会話して良いか判らないらしい。枝は殴れても龍は殴れない、勿論、親に反抗せず言う事を良く聞く龍を、殴る理由もなかった。
暴力以外のコミュニケーションツールがない朱雀を哀れと思わない事もないが、龍はどうせ朱雀が何を言っても聞いていないと思っている節があり、時折、娘にデロデロ鼻の下を伸ばしていたり演歌番組を見ながら大音量で歌っていたりする父親に喋りかけていた。

悩み事やら、何て事ない、世間話など。
ぽつりぽつり、双子である自分にも空回る癖に心配性な母にも聞かせない癖に、だ。これが頭に来ない訳がない。然し枝は本来、相談を受けられる性格ではない。友人らの話は一生懸命聞いてやる振りをするが、基本的に我が悩みは我のもの、と考える。
つまり龍が相談をしてきた所で猫を被る必要のない兄相手に優しい言葉を掛ける確率は、極めてゼロだ。自分以外の全ての人間に気を張って生きている控え目な龍も、ただ聞いて欲しいだけだとしたら、枝に相談する事はいずれにせよない。

ぽつりぽつり話し終えると満足して部屋に戻っていく長男を確認し、それまで無視していた父親は途端にそわそわする。
ボーダーラインは朱雀なりにある様で、母に聞かせるのは不味い話や男同士の秘密的な話は決して口外しない。然し母親も男だ。中年のおっさんだ。そうは見えない童顔さと大きめな目だが、どう見ても女には見えない。授業参観にやってきたら一応、皆の手前『父さん』と呼ぶ事にしている。母もその時は満更でもない表情だった。

枝は母に似ていると時折言われるが、反して龍は確実に朱雀の子だと誰からも頷かれる。下手をしたら朱雀と間違われる龍は、繁華街を歩けばアジアンマフィアから必ず挨拶を受けた。大河はその頂点にある家であり、現頭取の朱雀は彼らからしてみれば雲の上の存在と言えるからだ。

だからこそ長男であり大河の証を有した龍は、余程の事態が起きない限り、大河を継ぐ事になる。
幼い頃から龍は教育係を付けられ、学園の中であっても英才教育を受けていた。小さい頃は何をするにも一緒だった枝も付き添う内に一通り覚えたが、龍の才能は凄まじい。レベルが違う。中等部進級前にはもう教える事はないと教師が免許皆伝を言い渡すほどだった。教育にしても、護身術にしても。


つまり、龍は簡単に殺される様な人間ではない。高々高校生らが寄り集まろうが、大抵の相手には喧嘩にすらならないだろう。
それを知らない親衛隊やファンらは何をトチ狂ったか、龍を警護している気になっている。そもそも名だたる家柄が集うFクラスの大半は大河を熟知しており、手を出してくる筈がないのだ。

「龍が一人になりたいってんなら、そっとしといてやってよ先輩」

言外、無駄な事はすんな、と笑いながら釘指せば、いいや然しと何やら煮え切らない様子で、相手の先輩は声を潜めた。

「だがな…見たって奴がいんだよ」
「見た?何を?」
「…陛下が話し掛けてた、ってな」
「は?」

陛下。帝王院学園の生徒がそう呼ぶのは、当代中央委員会会長ただ一人。今は歴代最年少、初等科六年で就任した男が努めている。

「陛下って…あの?」
「ああ…あの英雄陛下だと…。進学科の奴が言ってたから多分マジネタだぞ、これ」
「んなアホな」

信者らからは全知全能だの唯一神だのと崇められている、全世界のキング、ルーク=ノア=グレアムの長男であり、初等科の入学時に高等部三年までの全選定考査を受験し全て満点。
故に学部分けのない初等科に進学科が設けられ、以降、今に至るまで彼の姿を見た者は殆ど居ない。枝は一度だけ、中等部の頃に見た事がある。同じ人間とは思えない容姿の、大層綺麗な男だった。
その本名からヒーロー=グレアムとして知られ、知名度は間違いなく校内一、現在二人君臨している学年一位、Sクラス帝君のもう一人は彼の実の弟であるジーニアス=グレアムだ。

度々全校総会などで挨拶をする副会長の彼は、入学以降全てのテストで満点を叩き出しているが、自ら副会長に甘んじている。但し顔は兄には似ておらず、誰に聞いても「侍」と漏らしそうな精悍な容姿で、ブロンドと蒼眼の持ち主でもある。
どちらにせよ兄弟揃って底知れない。

「まさか…龍に限って、よりによって会長はねーわ。先輩、ガセっスよ、ガセ」
「や、やっぱそっか?…は、ははは。いや、陛下が好みだったら俺なんか死んでも報われねぇな、って思ってたんだけどな?!良かった、お前が言うなら間違いないな。そっかそっか」

極めて明るく言いながらも何処か覇気のない相手に曖昧に笑い、何にせよ一生報われる事のない片想いを応援した。

「お前ってマジ良い奴だなぁ、枝。奢るからどんどん食ってくれよっ」
「わー、オニイサン有難う♪」
「おま!お義兄さんなんて…!気が早ぇよ!」

例え龍が許したとして、この程度では自分が許さないからだ。



だが腹一杯食い散らかし、相手の財布を軽くさせてもチクチクと耳に残っていたのだ。相手が誰であれ、身内以外と満足に会話出来ない筈の龍が、他人に笑いかけていた、などと。


「待ちやがれ!テメェ、何もんだゴルァ!」

重い足取りで繁華街を歩いていると、壮絶な喧嘩が聞こえてきた。随分な人数が一人の長身を囲んでおり、どう見てもノッポな男の分が悪い。
助けてやるか、と溜息一つ、同じく面倒臭いとばかりに息を吐きながら頭を掻いた彼は、『今日って何曜日だっけ?』などと宣った。

「あ、火曜日か。だったら俺はフィフス=グレアムだ」
「舐めてんのかテメ、…うわ!」

グレアム。
つい今し方ファミレスで聞いたばかりの名前に、血が上った。軽々と柄の悪い男達を倒していく背の高い男へ真っ直ぐ駆け寄り、跳び蹴りを放ったのだ。

「…あ?何だ、お前も俺に何か恨みがあるのか?」
「っ」

然し背中に目があるのか、優雅に身を翻した男から完膚なきまでに負けた。稀に見る男前だった。誰かに似ているなんてものではない。
綺麗な顔をしている帝王院太郎に似ている。雰囲気が違うだけで、こちらはかなりの男前だった。

「悪ィけど人違いだって。マジで。遠野悟郎は確かに俺だけど俺じゃねェの、信じてちょ」
「うっせ!潰す!」
「金玉は潰さないで…って、シカトしないで。心が折れちまうょ」
「死ねやゴルァアアア!!!」
「きゃー!冤罪はこうして生まれますー、お巡りさァん」

実際は、負けても負けても立ち上がる枝に『ゾンビかァ!もうこれ恐怖しか感じない!』と叫んだ男が、逃げる様に走り去ったのだ。

ふらふらと家路に着き、とりあえず龍からそれとなく探ろうと甘い事を考えていた。



実家には6月からの本社出張から帰ったばかりの、残念ながら奴が居たのだ。社長の癖に執拗に呼ばれないと本社に顔を出さない、半引きこもりが。生まれたばかりの娘可愛さに何かにつけて仕事をサボろうとする、半ニートが。

大河朱雀と言う名の大悪魔が居るのを、この時ついつい失念していたのだ。帰宅してからの委細は、枝曰く、語りたくないらしい。



 バイオトープ 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -