リア充と腐男子の
(リア充、殺し屋と遭遇する。)
この日は朝から何もヤル気が起きなかった。

叔父である瀬田侑斗の営む店は月曜が定休日で、土日二日の忙しさから解放される月曜は、何ともアンニュイな気持ちになるものだ。いつも。
燃え尽きシンドローム、ブルーマンデー。そんなものかも知れない。

「あー…腹減った…」

朝方まで飲んでいたオーナーは、閉店時の散らかったままの店のソファーで、空の酒瓶を抱いたまま大きな鼾を奏でている。

「おーい、ユート、俺コンビニ行ってくるけど何か居る?」
「グゴー、コゴッ、ぐふふ…シゲ…イボ痔…グゴー、コゴッ」
「…何で松田の兄貴がイボ痔だって知ってんだ?見たのかよ、ユート兄さん」

こんな中年にはなりたくねーな、と、商売着のシャツを脱ぎ着古したスウェットに履き替え、誰のものか判らない置きっぱなしのサンダルを引っ掻けて。
お供は財布とスマホだけ。

殆ど記憶のないつまらない合コンで無理矢理交換させられたメアドに、近頃頻繁にメールを送ってきていた面倒臭い女の子は飽きたらしく、平和だった。



「お、そっか月曜か」

昼前の閑散としたコンビニエンスストアが見えてきた。
水商売の店ばかりが並ぶ繁華街の町並みは人も疎らで、派手な服を着たホステスは化粧も髪もボロボロで人目を避ける様に足早に去っていく。

「あー、ジャンプ出てっかな…。此処が一番遅ぇんだよなこの辺で」

繁華街と言え近隣に幾つかチェーンのコンビニが軒を並ぶ中、敢えて選んだのは繁華街の端にある、マイナーなコンビニだった。店に入る直前に気付いて舌打ちしたが、コンビニとは思えない品揃えで、やっと乳離れした妹の好きなおやつを良く買いに来る店でもある。
通い慣れた店に勝手に向かってしまった己の足に、今更文句を言っても無駄だ。諦めてまずは朝食を買おうとスウェットに手を突っ込んだまま、両開きのドアの片方を膝で押す。

「らっしゃせー」

やる気のないバイトの声、客は一人、流行りのBGMが流れているのが聞こえる程の静かさは悪くない。
一縷の望みを懸けて雑誌コーナーへ足を向ければ、夏場にも関わらず黒のコートを纏う長身が立っていた。サングラスを掛けているので顔は判らないが、枝より背の高い男は笑えるほど足が長く、キラキラ眩しい金髪で、朝帰りのホストかと考えながら通り過ぎる。

やはり目当ての漫画は並んでおらず、先週号の売れ残りが散らばっていた。見れば合併号ではないか。
ならば何処の店に行っても無駄骨、これは仕方ないと横目に息を吐き、ドリンクコーナーへ直進しようとして立ち止まる。


「…は?」

手。
シルバーにしては煌びやかな細い白銀の指輪を嵌めた、長い指が枝の腕を掴んでいる。

「おはよう、大河枝。聞きたい事があるんだが、このジャンプは最新号か?」
「はぁ…?合併号だから今週は出ない…じゃねぇ!何、アンタ、何で俺の名前知ってんだよ?!」
「何って、ああ、そうか」

男が読んでいたのも枝の愛読している漫画だったらしい。ドン引きする枝を見つめ、きょとんと首を傾げた男は枝の腕から手を離し、ゆらりとシャープなサングラスへ手を伸ばした。

ゆっくり、見惚れるほど長い指がサングラスを外していくのを見守るばかり。
隠されていた眼差しを見るなり硬直し大きな目を見開いた枝へ、彼は意思の強いダークサファイアの双眸を細める。


「おはよう、俺だよ枝。…可愛いお前の、ジーニアスだ」

甘く、解ける様な声音が耳朶を擽った。
見覚えは勿論あるが、冗談でも『可愛い俺の』ではない、とんでもない相手だ。

「み、みみ、帝王院…次郎っ?!」
「違う、今日はジーニアス…そうだ、土産がある。命を狙い狙われる立場にある俺が、一時の休息で向かった旅先の木星で拾った砂だ。ああ、でも放射線検査が終わるまで封を開けたら駄目だぞ」

彼、帝王院学園の中央委員会副会長は、同級生ながらまともに会話した事などなかった相手。数百人在籍する学園内ではそんな事は良くある話だが、名前を覚えられているなんて考えた事もない男だ。

余りの驚きに最早言葉もなく、無理矢理渡された厳重に封をされた箱を抱え、ただただ見上げるばかり。
男として羨ましいほど、彼は男前だった。

「合併号なら仕方ない。俺のおやつのコンソメポテチをカラッと揚げてるゴロへのお土産は、さっき見かけたアスファルトに咲く雑草にするとしよう…如何なる時も男は強く在らねばならない、そうだろう?」
「え、あ、は、え?」
「ジャンプは残念だったが、今日はお前の顔が見られただけでも僥倖だ」

するり、と。
頬を長い指に撫でられ、恐ろしいまでの男前に見つめられる。大河枝15年の人生で、それは初の出来事だった。


「…また逢おう、運に見放された死神にさえ舞い降りた、優しい女神」


チュ、と。
頬に出現したネズミの正体は、知りたくなかった。




やる気のないバイトがポカンとした表情で、有難うございましたと、呟く声。



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