リア充と腐男子の
(非リア充の実態調査)
そよぐ風。
舞い散る桜吹雪を眼科に、屋上庭園のルーフから差し込む日差しを浴びながら細いフレームの眼鏡を押し上げた男はネクタイを弛め、バトラーが運んでくるワゴンへ切れ長の眼差しを向けた。

「何の用だ、セバスチャン。私は呼んでいない筈だが」
「お茶のお時間でございます、旦那様」
「…もうそんな時間か。駄目だな、どうも書類と顔を合わせていると時を忘れてしまう。これでは生活の為に働くのか、仕事の為に生きているのか…判らないな」

ふ、と疲れた笑みを滲ませた男に、メイド服の役員らは『おいたわしや』と泣き崩れ、執事姿の書記と会計は遠い目で積み重なった書類の山を見やる。これを一人で片付けた手腕、疲労は如何程か。

「本日のお菓子はパンだらけの高級あんパンです」

初等科〜最上学部各キャンパスの年中行事は驚異的な量を誇り、マンモス私立の経営たるや半ば命懸けだ。
その膨大な仕事量の大半を、そつなく一人でこなす男、それこそが今、運ばれてきたコーヒーカップを優雅に持ち上げる男なのである。

「あんパン、か。疲れた時は甘いものがイイと聞いた事はあるが…」
「旦那様、お忙しい中こそ」
「一時の休憩が重要、と言いたいのだろう。…流石はセバスチャン、君は私のもう一人の父…親に従わないのは愚の極みだ。頂こう」

彼の名は帝王院次郎、この学園の支配者と言っても過言ではない。ダークサファイアの双眸に艶やかな金糸のハニーブロンド、恐ろしいまでの威圧感と存在感に陶酔しない者は居ない。


パク、もきゅん、ゲフ。
男前な表情であんパンを丸飲みした男は優雅に凛々しくコーヒーを啜り、一枚の絵画の様な光景だった。


「苦!」
「え?!」
「ぷはーんにょーん。
 えー、ちょ、これ苦過ぎィ!!!折角修羅場明けの眠たいお目め擦りながら30分で仕事終わらせたのに、苛めですかァアアア!!!こりゃ眠気もムダ毛もぶっ飛ぶわァアアア!!!ぷは!うぇ、やっぱ苦ーい。大人の味ィ。
 …どうした事だセバスチャン!俺のコーヒーにはミルクが9!砂糖が9、だ!残りはチョコレートかココアで誤魔化し、カフェインは勿論、0!コーヒーでありながらコーヒー含有率は0、それこそ俺スタイル!ジーニアスコーヒーブレイク!
 その黄金比を、セバスチャンともあろう君がまさか忘れた訳ではあるまい、長谷川ァ!庶務こんにゃろー!」
「も…申し訳ありません旦那様!コーヒーをご所望と伺っておりましたので、つい!」
「うぇぇぇん!俺がコーヒーって言ったとしてもそこはコーラZEROを淹れておくとかさァ!見た目が黒かったらイカスミでもイイのにさァ!ぐす、ぐす、本物のコーヒーとか飲めるかァアアア!!!ンなもん父上と弟しか飲めんわボケェエエエ!!!」

ポカスカ殴られたセバスチャンは、やっとハイハイする様になった我が子を見る目で微動だにしない。
ダメージ0、コーラZEROだ。

「閣下、お口直しにコーラZEROを」
「…もう良い。君の気持ちは判っている、仕事に追われ眠れぬ夜を過ごす私を気遣ってくれたのだろう。君の想いは伝わった。幾ら君を父親代わりと思っているとは言え、子供っぽい我儘を言ってしまったな…頂こう。
 …やっぱ苦!俺には無理ィ!!!ゲフ」

ブラックコーヒーに敗北したエセ実業家に、メイドと執事は『おいたわしや』と嘆く。
倒れた男の口からは吐血の様に黒い液体を垂れ流し、虫も殺せない指先が紡いだダイイングメッセージは黒文字で、カフェ怖いと書かれた。

「そ、そんな!いつの間にかジーニアス旦那様が…!きゅ、救急車を!」
「…駄目だ、もう遅い、死んでる」
「そんな…セバスチャンさん…っ」
「この屋内庭園は部外者の立ち入りは禁止…つまり犯人は、この中に居る!」
「「「「「!!!」」」」」

ブラックコーヒー殺人事件で緊張が走る庭園で、セバスチャン探偵が名推理を繰り広げる前に、彼はやって来たのだ。

「おはよう。む、これは…俺の次郎が息絶えている。今日は死体ゴッコかな?すると犯人はコーヒーだ。こんなに真っ黒くろすけなコーヒーを飲むなんて命取りだよ…可哀想に」
「お見事でございます陛下」
「その声は…兄上っ!」

しゅばっと起き上がったたった今まで死体役だったエセ実業家は、ぽいっとシャープな眼鏡を投げ捨てた。何せ彼の視力は8.0、最早日本育ちのそれではない。
小道具の伊達眼鏡が死体役チェンジ、犯人は見つからない様だ。

「この様な穢らわしい場所へお越し下さるとは…あわあわ、何とした事だァ!兄上!兄上が美し過ぎて直視出来んぞ長谷川セバス!!!」
「旦那様、しっかりなさいませ!陛下は旦那様の実のお兄様でらっしゃいますよ!」
「何だと?!よ、良し来た!勇気を出してみるかァ!…ちら」

ちら、っと神々しい兄をチラ見した金髪は鼻血を吹き出しフッとニヒルに笑い、『やっぱ無理ィ』と、クネッと倒れ込みそうな所を執事にキャッチされた。

「…そ、そんな…兄上、兄上の右足がまさかの素足でらっしゃる!ハァハァ、セバスチャン!直ちに兄上のロストライトソックスをお持ちしなさい!」
「はっ!失われし右の靴下ですね!お任せを!」
「んー…長谷川庶務じゃなくて、えっとセバスチャン?靴下より先にかにたまとコーラZEROを一杯貰えるかな、お腹空きました」
「これは大変だ!メイド長!兄上に炊飯器のお釜ごと白米をお持ちしろ!いつものノルウェー産極太たらば蟹の蟹玉だ!抜かるな!」
「承知致しました!ご飯ですよも抜かりなく!」

金髪は割り箸を華麗に割ろうとして力が足りず床を殴り、偶々殴った箇所を這っていた蟻が『今触った?』と不思議顔だ。

「ハァハァ、ハァハァ、駄目だ、今の俺には割り箸を割る力がない…!」

帝王院次郎、割り箸にも蟻にも敵わない見た目騙しの彼は非力だった。
全ての身体能力は、ホモ漫画を書く為のライトハンドに備わっている。根っからの腐男子だ。

「おいたわしや旦那様…!」
「閣下!割り箸は私にお任せを!」

慌ただしく出ていくメイド達、執事姿の役員を笑顔で眺めていた黒髪の男は『テールコート?』と尋ね、執事達は揃って『いやレインコートです』と答えた。

「それにしても兄上…本日はアンダーラインでお昼寝のご予定では?因みに悟郎は今頃洗濯物を干している時間です。公立の入学式は明後日ですので…」

兄を薄目で見つめる清閑な顔は面白い表情だったが、突っ込む者は居ない。大抵、彼は兄の前では薄目なのだ。直視出来ずに。

「流石次郎、俺ら兄弟の行動を把握しているね。でも今日は始業式典だろう?俺も出ないといけないかと思って、昨日から眠れなかったんだ」

ふわり。
何処までも麗しい笑みに魂が抜けた一同の中、山積みの書類をちょちょいと片付けたばかりの仕事は出来るエセ実業家は感銘し、吊り上がった人相の悪い眼差しを潤ませる。

「ドキドキして眠れないからシャドウウィングに乗って屋敷まで戻って、俺の溜め込んでいたかまぼこ板でドミノをやっていたら、いつの間にか父上陛下と『万里の長城』を作ってしまって…」
「「「「「おお」」」」」
「これはもう倒せないな、って目と目で親子の会話をしていた所に、1km先の宮殿から寝返りを打って来られた母上猊下がうっかり、ガチャン…ってね…」

寂しげに淡く微笑む男に、聞いていた一同は声もなく涙した。然しどんな寝相なのか。

「万里の長城はがらがら蛇になってしまったけど、母上の寝顔を無表情で眺めてらした陛下は幸せそうだったから、空気の読める俺は見て見ぬ振りをして始業式のしおりを読んだんだ。ほら、読み過ぎてボロボロになってしまったけど…」

く、と涙を拭った金髪は立ち上がり、ひ弱な拳を握る。ボロボロのしおりは素早く新しいものと交換だ。

「…何と生徒思いでらっしゃるのか、ああ兄上、俺は感動で最早前しか見えません」
「次郎、お前は後ろも見えるのか?流石は俺の弟、凄い」
「然しながら兄上、式典などと言う雑務は我々下っ端にお任せ下されば良いのです。大変面映ゆい事に、恐れながら兄上は兄上お一人の身ではなく、帝王院学園全人類、果ては全世界の宝、生きるロストオーパーツなのですから!」
「ロストオーパーツって、それじゃ俺はなくなってるのかな?生きているのに見付けて貰えないなんて…寂しいね」

新しく運ばれてきた靴下を寂しげに履き替えながら微笑む男、帝王院学園中央委員会会長、帝王院太郎に皆は呼吸を止めた。

美しい。
最早この世のものではない美しさ。肌など驚きの白さである。まるで漂白した様だ、気高い。
艶やかな黒髪はさらっさらで、燦然と神秘的な輝きを湛える双眸はクリムゾンブラッド、血濡れたルビーを彷彿とさせる。

生きる芸術、日本の至宝。
父の血を99%、おまけで母の黒髪のみ引き継いだ、グレアムの至宝。

余りの美しさに免疫のある彼らも次々と倒れ掛けたり、靴下を無くしたり、ハンカチを落としたり、写メを取りそうになったり、珍事件が後を絶たない。

「俺が軽度のアルビノだから…弟に迷惑ばかり掛けてしまって………地味で役立たずで卑屈で陰険で根暗で童貞だなんて、俺は何の為に生きているのだろう。母上の修羅場中も消しゴム掛けしかやらせて貰えない…死のうにも飛び降りても着地してしまうし…海に飛び込んでも泳げてしまう…母上はカナヅチなのに…この悲しみを歌にしようと思うんだけど、聴いてくれるかい?」
「あああ、兄上、只今蟹玉が参りました!ささ、どうぞ熱い内に召し上がって下さいまし!」

ズブズブとネガティブの海へ沈んでいく超絶美形に、ハラハラと食事を並べた一同は素早く割り箸を割ってやる。
何せこの生徒会長、割り箸が割れない。そして鼻唄でハルマゲドンを起こせる逸材だ。

「かにたま…?」
「おやつに蒲鉾もご用意しておりますにょ。紅白は勿論、笹蒲も各種」
「こんなに…俺なんかのウジ虫の為に…」
「直視出来ませんがこの辺にいらっしゃいますか兄上、躊躇わず召し上がって下さい、ささ、まずはコーラZEROをどうぞ」
「わーい、有難う。いただきま。」

兄とは反対方向に頭を下げドバドバコーラを垂れ流す弟を他所に、麗しい笑顔で恐ろしい量を華麗に食べ始めた生徒会長を認め、彼らは息を吐いた。


「…はふん。何とか危機は乗り越えたな。シェフを呼べ、どうも米が足りんぞ」
「は、直ちに」
「副会長、そろそろ式典の時間です。式典では実業家以外のキャストで出て下さい、理事会と被るので。甘えた系ホストとか良いんじゃないですか?」
「もうこのレインコート脱いでも良いですか?ビニール製なんで蒸れるんです…くっさ!」
「良し…兄上がご飯ですよに気を取られている内に征くぞ、生徒が兄上を万一うっかり見てしまったら、…死人が出るかもょ」

笑えない事実に息を飲み込む一同は、こそこそと機敏な動きで庭園を後にする。
残った男はセバスチャンならぬ長谷川庶務に元気よくお代わりを告げ、庶務の代理で残ったメイド姿の男子生徒に瞬いた。

「あれ?長谷川君…セバスチャンは?君は誰かな?」
「恐れながら最上階で自治会会長を務めさせて頂いている者です、陛下。中等部自治会長は中等部式典への出席にて、僭越ながら僕が代わりに馳せ参じましてございます」
「あ、割り箸を落としてしまった」
「新しいものを割りましたのでご利用下さい。長谷川閣下はジーニアス閣下と共に式典へ向かわれました」
「そうなのか。どうしよう、まだ食べ終わってないのに…」
「どうか陛下、心行くまで召し上がって下さいませ。式典へはいつでも御参加頂けますので」
「そうだね、毎年あるんだもの。じゃあやっぱりご飯のお代わりを貰えるかな?あの、今度は大盛りでお願い出来ると嬉しい」
「は、仰せのままに」


嗚呼、成長期。
炊いても炊いても間に合わないほっかほかご飯に、厨房のコック達の腕が泣いている。



帝王院学園お抱えシェフらは毎日腱鞘炎だ。



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