龍クエスト
(Lv.2)
最近、ひぃ君に会えていない。
そんな中、一斉考査も期末考査も終わって、何とか追試を免れた俺を枝は鼻で笑った。母さんに似た明るい容姿を歪めて、それはまるで見下す様に。

恥ずかしい、と。言われなくてもその目で判る。


「お前って図体がデケーだけだな、マジ」

見放されるのが怖くて俺は、曖昧に笑いながら深夜に出掛けていく背中を見送った。今夜も俺は二人部屋で一人、夜を明かすのだ。

父さんに似た顔、高めの身長。
母さんは子供に何かを押し付ける様な人じゃない。父さんから叱られた記憶もない。でも逆に、ただ期待されていないだけなんじゃないのか。何度も考えてきた事。枝は凄い。枝は明るくて誰からも好かれて、嫌われたりしない。
なのに俺は。実の兄弟からも嫌悪される、そんな自分自身が大嫌いだった。








夏休みに入って実家へ帰省した。
枝は相変わらず父さんと喧嘩しては家出して、母さんに叱られては帰って来る生活だ。
俺はやっとハイハイする様になった妹のお守りと、数の多い宿題と、気が向いた時に麻婆豆腐しか作らない父さんと、細かな家事がとにかく苦手な母さんの代わりに、家事をやったりする。父さんはやらせれば何でも出来るそうだけど、気が向かないとやらない。
たまにしか帰らない俺に手伝える事は限られてるのに、母さんは嬉しいと言ってくれる。母さんの背中は何だかまた小さくなった様に見えた。

中等部に進む頃には俺の方が大きかったのだけど。

「お兄ちゃん、いつもありがと。誰に似てこんな良い子になったんだろ、やっぱ俺かな、えへへ。枝は馬鹿息子なのに龍はこんなに良い子で、お母さん嬉しいよ」
「ままめこ、肩揉んでやろうか。何ならおまめも揉グフ!」
「母さん…何で焼豚を刺す道具なんか持ってるの?」
「それはね、役に立たないお父さんを焼いちゃおうかと思ってるからだよ」
「ままめこ、何だその蔑んだ目は…はぁはぁ」
「…ち、無傷だったか」
「母さん…おたまは台所に戻して、父さんに肩を揉んで貰ったら?疲れてるよ」
「そうみたい。パパ、真面目に肩揉んでくれる?今度子供の前で馬鹿な事ほざいたら。離婚するよ」
「任せとけマーナオ、俺の凝ったオメガウェポンはお前が解グハッ!」
「龍、パパの死後硬直をズラす為に肩揉んであげて?」

あと、お疲れな母さんの肩揉みをする父さんの肩揉みとか。目を離すと母さんからまた刺されたりデコピンされたりする父さんが、鼻息を荒くするからだ。



そんなこんなで数週間経ち、珍しく枝がボロボロの姿で帰って来た。
負けず嫌いな枝は決して理由を言わず、心配性な母さんが倒れた所為で父さんがブチギレる、いつもの展開。枝は父さんから死ぬ寸前くらいまでボコられて漸く、地元の高校の生徒と喧嘩して負けた事を認めた。

今回ばかりは父さんを止めなかった母さんは無言。ボロボロの枝が泣くのを我慢してる様を見下した父さんは無表情で、


「は、ダセェ」

と、一言。
負けず嫌いな枝はそれにキレて、また家出した。腕力で父さんに、口で母さんに勝てないからだ。

探しに行こうとしたけど母さんが放っておけと言い、父さんは塩を巻けと怒鳴って砂糖を玄関先に撒き散らし母さんから沸騰したばかりの豚骨スープをぶっ掛けられて軽い火傷を負った。
明日中国の本社へ戻らなければならない父さんは火傷を理由にサボり、引退した祖父から掛かってきた国際電話は「いっそ死んでおれば良かったのに」だ。まだまだ若い祖父は久し振りに仕事をすると張り切っていて、父さんが戻ってこなくても良いと高笑いしていた。

『ロンや。汝とマーナオが我の手伝いに来てくれれば、バーバは元気びんびんだ』
「お祖父ちゃん、俺はまだ高校生だから…」
『そんなもの我が帝王院理事長にちょちょいと萌える賄賂を贈れば何とかなる』
「それはいけない事だから…」

どうやら枝は、地元では知らぬ者が居ない有名なカルマの総長に喧嘩を仕掛けたらしい。
長身で男前な彼の名は遠野悟郎、あの枝が敵わないくらいだからかなり強いのだろう。カルマは俺でも知ってるくらい有名なチームだった。
枝の彼女を自称する女の子が家へやって来た時に、偶々俺が応対して聞いた話だ。

彼女なのに枝と連絡がつかない、と、二時間も愚痴っていった。
何故か枝の彼女にしつこく俺のメアドを聞かれたけど、そもそも友達のいない俺は枝と違って携帯は持ってないし、二時間の愚痴に付き合ったのも人見知り故に断れなかっただけで、何で彼女が俺の部屋に行きたがってたのかも不可解だ。
彼女から押しきられる形で招いた居間には、町内会の集会に行った母さんを尾行してる父さんも居ないのに、自室へ女の子を招く理由はない。

女の子だから暗くなる前に帰さないといけないだろう。なけなしの勇気を振り絞り『帰れ』と言うと、彼女は座布団を投げ付けて去っていった。痛かった。

口下手な俺は『もうじき五時だから早く帰った方が良いよ』と言うつもりで、実際は想定の一割も言えなかったんだ。ダッセ。枝からまた笑われる。


「…はぁ」

ひぃ君にはちゃんと言えるのに、と。考えて落ち込んだ。


どこまで俺は、駄目な人間なんだろう。



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