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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

人類最後の日

「見ぃつけた」

ああ、やはり逃げられなかったか。
埃臭いコンクリートの臭いに混ざる、饐えた血の臭い。 


見られたくなかった。
朽ちていく死に際など見られたくなかった。
どうせ死ぬならその手に殺されたいと思った事もあったかも知れない。でも、本音は、見られたくなかった。



「ねぇ、オレから逃げられると思った?」
「…まさか」
「だよねぇ」

切れた唇の端から滲む錆の味に目を伏せた。
人間離れした男の、やはり人間離れした金の双眸が歪む気配。近づいてくる足音、周りに人の気配はない。

「来ないでくれ」
「やだ」
「頼む、からっ」
「やだよ。だってやっと、人類最後の二人になったんだもん」

朽ちた廃墟。
此処で産まれた二人。
崩壊した世界の最後の住民は皆、家族だった。貧しくても餓えが苦しくても何とか耐えてこれたのは、家族がいたからだった。

なのにもう、家族は何処にも居ない。
ささやかだった幸福は跡形もない。
植物は育たず、水は枯れ果て、とても貧しくて、皆、金の為なら何でもした。
旧シェルターはどこもかしこもボロボロで、核汚染されたこの地では、二十歳まで生きられない者ばかり。死んでいく家族を哀れむ暇などなかった。一日毎に命は減っている。

「…人類、だと?」
「そう、オレとお前。やっと、二人っきりだぁ。嬉しい…嬉しいよう。邪魔する奴なんて、もう何処にも居ない」

うっとりと、血塗れのお前は囁いた。
兄弟の様に育った二人。家族だった二人。金の為に命を売った俺と、魂を捨てた、お前。

「人類なんて、何処に居るんだよ」
「何でそんな事言うの?ねぇ、何で?何であの時逃げたの?こっちにおいでって言ったのに。勝てるなんて思ってなかったでしょ?何でオレの言う事聞いてくれなかったの?ねぇ、どうして?」

人間が起こした戦争で、世界は崩壊した。
金持ちだけが頑丈なシェルターの中で暮らしていた。何年も何年も何年も、貧乏人だけが早死にする世界で産まれた二人。

「裏切者を雇う物好きなんか居ない」
「雇うよ。だってオレに逆らえる奴なんか居なかったんだ。どうしてそんなつまんない事で悩んだの?ああ、違う。ごめん、ごめんね…。悩んでたのに気づいてあげられなくて、ごめんね…。オレが悪かったんだ。なのに頭に来て皆、殺しちゃった」

古びた旧シェルターには子供しかいなかった。
二十歳まで生きられないから、子供達は、新しい子供を産んで死んでいく。食べるものがないから親の肉を食べる。虫でも何でも、食べられるものは、何でも。

理由は金がないから。
金が欲しいなら働かなくてはならない。金は食べ物と交換が出来る。金持ちの命令に従って、金を稼がなければ生きていけなかった。
けれど働くには体力がいるんだ。少ない体力を削って手に入れる金は決して多くなく、食べ物が足りなくて、また、餓える。


「俺は人殺しなんだ」

俺は家族の為なら何でもすると決めた。たった一人の家族、お前の為なら、何でもできた。皆、どんどん死んでいって、同じ日に産まれた俺達だけが残って。何でもすると決めたんだ。
けれどそれはお前も同じだったんだろう。金持ち同士の下らない戦争の為に俺は命を売った。兵器として幾つものシェルターを襲い、何人もの金持ちを殺した。

けれどお前もまた、同じだったなんて。
愛する家族がどうして戦わないといけないのだとお前は言った。お前を殺せない俺は敗北した。金で繋がった仲間が全て居なくなり、雇い主の金持ちも殺されて、もう、金は手に入らない。

「人殺し〜?ダァイジョウブだよ、オレもいっぱい殺したよ?アハ、アハハハハハ、家族でもない癖に仲間面してた奴らも、お前を雇った金持ちの豚ジジイも、無関係な住民も、ぜぇんぶ!ぶっ殺してあげたー!アハハ!
 …ねぇ、知ってた?オレとお前の勤めてたシェルターが、世界最後のシェルターだったんだよ」
「…ああ、知ってる。俺は負けた。雇い主も、殺された」
「オレが殺したんだ☆だってお前、逃げちゃったんだもん。一緒に居ようって言ったのに、どうして、逃げたの?」

綺麗な、とても、綺麗な。
大好きだった金色の瞳が真っ直ぐ、見つめてくる。俺はもうすぐ二十歳で、だからお前ももうすぐ二十歳で。

「ねぇ、オレを改造した奴も、オレを雇った金持ちも、もーぉ、誰も居ないんだよー?ねぇ、怖くないよ。あっちのシェルターはちゃぁんと残してあるから、」
「俺はお前を置いていってしまう。もう、時間がないんだ」
「あるよ」
「俺はもう死ぬ」
「…死なせないよ。」

金はもう、必要なかった。
長い戦いで疲弊した俺は、自慢だった体格の良さだけで何とか生きてこれただけだ。お前の為に働いている、それだけが生きる目的だったんだ。

粗末なパンをうまいと食べるお前が見たかった。
だけど俺が仕事に出ている内にお前は、もう何処にも居ない。
全部、俺の所為。
粗末なパンをうまいと食べる俺にお前はにこにこ笑って、沢山の菓子や果物を持ち帰った。そして最後に、見た事もない豪華な肉の塊を携えて帰ってきた。二人だけの、汚い廃墟に。

「何で、体を捨てたりしたんだ…っ。俺は、俺はただ、お前の笑う顔が見たかっただけなのに…!」
「大丈夫、オレを改造した奴は死んだけど、研究室と資料はちゃぁんと残ってるから♪」
「何が大丈夫なんだよ…っ」
「だってほら、オレ、笑ってるでしょ?」

いつか人類最後の二人になったら、なんて。
恐怖と餓えに震えながら眠った夜を覚えている。いつか人類最後の二人になったら、俺達は、どうしたいと言ったんだった?

「いつまでも一緒に居ようね」

綺麗な、とても人間離れした無機質な双眸が、甘く歪んだ。
お前の左胸からは何の音も聞こえない。お前の腕からは何の温もりも感じない。

だってお前はもう、人ではないんだ。



「全身機械になっても、愛してるよ」

全ては、貧しさの所為だった。
人間最後の日に流した俺の涙の理由を、お前は知りたいと思ってくれただろうか。


機械人間として目覚めた俺は、俺の体がどうなったかは知らない。ただ笑顔の家族がとても幸せそうだったから、俺もまた、笑ったのだ。

「おはよう」
「おはよう」
「愛してるよ」
「俺も、愛してる」

お前を食べた俺は、もう何処にも居ないのだから。

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*めいん#
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