メインアーカイブ

最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

竹を取ったその後は

生徒会長の月城神夜を知らない者は居ない。

英国のクォーターと言う金髪は、アシンメトリーで左側だけサイドに流されている。
ミントキャンディーの双眸に、くどくない日本人好みの整った顔立ち。成績優秀、文武両道、難関公立の推薦を受けられたにも関わらず敢えてランクの落ちる私立へ入学した彼の伝説は、どれもこれも煌びやかなものばかり。

「カグヤ様、今日も素敵ぃ」
「はぁ、格好いいなぁ。崎田様みたいに、男も相手してくれたら良いのに…」

クラスメートが窓辺で話しているのを教室の隅で聞きながら、眼鏡を意味もなく押し上げる俺は、佐藤光。ヒカルなんて名前の癖に目立たない、どちらかと言えば暗い印象を与える人間だ。

「カグヤ様、クラブのナンバーワンホステスと付き合ってるって聞いたよ」
「え?実業家の女社長じゃないの?」
「どっちにしろ、物凄い美人じゃないと釣り合わないよね…」

噂している彼らには何の興味もない振りをして、窓辺の向こうを覗き見る。
副会長の横山先輩と何か話している月城会長は、とても同じ人間とは思えないくらい格好良かった。何度見てもやっぱり、実感が湧かない。

と言うのも、実は三日前、入学式の時に、俺は彼からキスをされた…らしくて。
確信がないのは、高校デビューを狙って分厚い眼鏡をやめ、コンタクトなんかしてきた事が原因だろう。

ひ弱な体つきで口下手な俺は、大勢とコミュニケーションを取るのが生まれつき物凄く苦手。
ゆっくり喋ってくれる相手なら良いんだけど、同年代は快活に、且つ会話を二転三転させる器用な喋り方をする人ばかりで。会話に付いていけないから次第と返事も遅くなり、会話が続かないから話しかけられなくなる、そんな悪循環の果てに、中学時代は孤独に過ごした。

友達が居ないから静かな図書館が暇潰しで、裕福とは言えない母子家庭でテレビゲームも持っていない俺が、読書を友達にするまでに時間は懸からなかった。

みるみる悪くなった視力。
中学最後の年は、必要最低限の会話以外、クラスメートと交わした記憶がない。
根暗眼鏡と呼ばれていた事も知っている。

でも、友達が欲しくない訳ではない。
こんな俺にも昔は何人か友達が居たものだが、中学時代はクラスが別で、ひ弱な俺以外は部活動をしていたので遊ぶ機会も少なく。高校で散り散りバラバラになってしまい、今や本当の意味で独りぼっちなんだ。

それでも入学式は、今までの自分から生まれ変わろうと意気込んだりもした。
慣れないコンタクトに悪戦苦闘しながら赴いた、予定より随分早い時間の高校。後で行くからねと笑った母は、めかし込む俺にニヤニヤと笑っていたけれど。

明るい高校生活の実現を誓い、ドキドキドキドキ。


が、やっぱり慣れない事はするものじゃない。
違和感がある目を触りすぎて、見学していた校庭でコンタクトを両方共、落としてしまったんだ。
半分諦めモードだったけど、小遣いを貯めて買った念願の品だった事もあり、見過ごせず。かと言って裸眼では道路標識も見えない俺が、小さなコンタクトレンズを易々と見付けられる筈がない。

「わっ」
「え…?」

下ばかり向いていたので、誰かの太股に当たってしまった様だ。額を押さえながらとんでもなく長い足を見上げると、キラキラ輝く何かが見えた。
それが金色の髪だと言う事には気付いたけれど、人と目を合わせるのが苦手な俺は、裸眼だった事もあり、顔など見ていない。

彼はツキシロシンヤと名乗った。
今まで、平凡で根暗な俺の名前を知りたがる人なんか居なかったのに、ゆったりとした穏やかな声で聞かれてしまい、とても恥ずかしかった気がする。

見えない強みもあって、普段よりスムーズに喋った気がしないでもない俺が、優しい先輩に興奮して、つい、また会ったら話しかけても良いですか?なんて図々しい事を言ってしまったのも、金髪なんて不良の証みたいな髪の彼が、優しい人に思えたから。

そんな彼に手を引かれて、唇に違和感を覚えた。物凄い至近距離で見た、閉じられた瞼。バサバサの睫毛も金色で、地毛なのかな、なんて考えたのは後の事だ。

とにかくその時の俺はとても混乱していて、無意識に平手打ちしてしまった。叩くつもりなんかなかったのに。


頬を押さえて佇んでいる長身に気付いて、物凄く恥ずかしくなり、謝りながら逃げ出した俺は。
入学式が始まっても興奮冷めやらぬドキドキを胸に、何度も何度も、ツキシロシンヤと言う名前を心の中で繰り返してた。

観覧に来ていた母から眼鏡を渡され、無理はしない方が良いわよ、なんて揶揄われたけど、そんな事どうでも良くなるくらい、俺の頭はツキシロシンヤでいっぱいで。


黄色い歓声と共に、スピーカー越しに響いた凛々しい、セクシーな声に目を見開いた俺の眼鏡越し、に。


『生徒会長の、月城神夜です』

金髪碧眼の生まれて初めて見る物凄い美形が、壇上でマイクを前にする姿が映ったのだ。





有り得ない。
式を終えた直後の放心状態だった俺の感想は、その一言に尽きる。

有り得ない。あんな凄い人が、俺なんかにキスしたりする訳がない。

白昼夢か、同姓同名の別人か。若しくは彼の名を語った第三者、か。色々考えたけれど結局、答えは見つからないまま。

「横山様、カグヤ様と並ぶとお似合いだよねぇ」
「横山副会長も誰かと付き合ってるって話聞かないけど、もしかして、カグヤ様と付き合ってたりして!」
「きゃー、あの二人なら応援しちゃうよー!」

本当に此処は男子校なのかな。
そんな甲高い声も、教室に入ってきた加藤君を認めるなり静かになった。

「やぁ佐藤君、今日も図書館に行くの?」
「え?…あ、うん、その、つもり」
「そう。谷崎潤一郎はもう読んだ?」
「えっと、お、俺には、難しく、て…。一応、読んだ、よ」
「そう」

お人形みたいな綺麗な顔の加藤君は、入学式以降、何故か俺に話しかけてくれる物好きな人だ。
皆からは姫って呼ばれてて、納得するくらい美人なんだけど、あんまり表情が変わらなくて、何を考えてるのか判らない。口下手な俺の返事を無表情で待ってくれて、ちゃんと最後まで聞いてくれるから、悪い人じゃないとは思うんだけど。

「加藤、君」
「何だい?」
「…あの、ね?」
「うん」
「か、会長に、告白したって、ほ、ほんと?」

こんなに綺麗な加藤君に誰も近寄らないのは、そのミステリアスな雰囲気は勿論、入学式早々、彼が月城先輩に告白したと言う噂が広まったのが最たる要因だろう。
それを知った俺はいてもたっても居られなくて、今までずっと悶々としてきた。加藤君は入学式から席が隣同士で、キス事件で混乱してた俺に話しかけてくれたのが縁で、こうして教室でも何とか、親睦を深めてる…と、思う。

「いいや、告白なんかしてないよ」
「そ、そうなの?で、でも、加藤君がラブレターを渡してた、って…」
「正確には、下駄箱に封筒は入れた。でも中身は、ラブレターじゃない」
「え?じゃ、じゃあ、何…?」
「『やーい、引っ掛かったな、ばーか、ばーか、馬鹿が見る〜』」

無表情で言った加藤君に、俺は席に座り掛けた状態で固まった。教室中の皆も、加藤君以外固まってる。加藤君と俺の会話を、皆こっそり聞いていたらしい。

「大抵、読んだら殴り込みに来るんだけど、彼らはまだ読んでないみたいだ」
「…彼ら?」
「僕は自分に自信がある人間が大嫌いだから、勘に障る執行部役員全員に手紙を出したよ。安江って人だけは人畜無害そうだったから、送ってないけど」
「へ、へえ…。そ、そう、なん、だ」
「そう」

無表情の加藤君に、誰もが固まったまま。一応、口下手なりに返事をした俺は、加藤君が月城先輩に告白した訳じゃないと知って、ほっとした。
馬鹿だな。本当にあの時のキスの相手が月城先輩だったかなんて判らないのに、俺、いつも彼の事ばっかり考えてる。俺みたいな根暗、相手にする筈がないのに。

「佐藤君」
「…えっ?な、何?」
「僕、佐藤君の自信なげな所が凄く気に入ってるんだ。君はそのままで居て欲しい」
「えっ?えっ?」
「とても、萌えるよ」

加藤君は謎だ。





加藤君もたまに図書館に行くそうだけど、暫くは早く帰ってしなきゃいけない事があるらしく、今度一緒に図書館に行こうと指切りしてバイバイした。
あの後、何事もなかったかの様に振る舞ってたクラスメート達だったけど、多分、物凄く混乱してたと思う。

そんなこんなで何日か経って、何処となく衰弱した様に見える加藤君が、今日には片付くから…と言って、ふらふら帰って行くのを見送り、図書館に向かった。
何やら今週末にイベントがあるらしく、加藤君はその会場で展示する印刷物みたいなものを作ってるそうだ。燃える燃える言ってるから、燃え易い紙なんだろう。

加藤君はとてもモテるけど、真顔で、腐男子は己まで染まったらそこで試合終了だ、と言っていた。意味は判らないけど、今まで恋人は居なかった様だ。
なのに遊んでるって噂が後を絶たないのは、彼がとても魅力的な人だからだと思う。そんな加藤君からの手紙を読んでいないかも知れない会長は、どれほどモテるんだろう…。

「あ…。貸切?」

気が滅入りそうになりつつ訪れた図書館は、金曜日の放課後と言うのに貸切だった。何で誰も居ないのか判らないけれど、ゆっくり出来てラッキーかも知れない、と少し気分が上昇した俺は、加藤君に勧められた本を探してみる。
加藤君のオススメは難しいものが多くて、最近気付いたのは、耽美ものが多い。

「えっと、その時クジラが潮を噴いた…だっけ?どんな内容なんだろ、全く想像出来ない…」
「人魚の青年が、人間の王子をクジラに乗って救う話だよ」

高い所にあった本に背伸びした俺の後ろから、誰かの手が伸びてくる。その手が本を掴むのと同時に、バクバク心臓を震わせていた俺は、本棚にぐっと押し付けられてしまった。

「なっ」
「ヒカル、会いたかった…」

押さえ込まれたまま、ぐるっと体が反転する。ぎゅっと抱き込まれた腕の中、足が浮いてる俺の視界の端に、キラキラ輝く何かが見えた。

「つ、月城、かいちょ…?」

そんな馬鹿な。そんな筈がない。
そう思いながら、けれど、口が勝手に喋って。俺を抱き締めたまま、少しだけ体を離した人の、物凄く整った顔が眼鏡越しに、視界一杯飛び込んできた。

「そ、んな…。本当、に、カグヤ様?本物の、月城神夜?!」
「俺の偽物が居るのか?」
「っ」

どうしよう。
どうしよう。
心臓が痛い。顔が熱い。逃げたいのに足が浮いてて、出来るだけ先輩から隠れたくて俺が取った行動は、彼の首筋に顔を埋める事くらいだった。

「ひ、光?!」
「や、やだ、見ないで!」
「わ、判った、見ない、見ないぞ」

ぎゅっと益々抱き締められた俺は、良い香りがする首筋を思わずクンクン嗅いでしまい。

「…光!」
「あ、わっ」

凛々しい美貌が欲望の眼差しで俺を呑み込むのを、ただただ受け入れるしかなかった。







有り得ない。
会長が俺みたいな平凡根暗眼鏡に、あ、あんな、いやらしい…全部、俺の妄想だ!

『全校に告ぐ。一年の佐藤光は、俺、月城神夜の恋人だ。手を出したら、丑三つ時に五寸釘を打ち付けて子々孫々まで呪う』

月曜日、一斉放送で学校内は震撼した。
ピクピク眉を痙き攣らせた加藤君から問い詰められ白状した俺に、彼は苛立たしげな舌打ち。怖い…。

「…おのれ月城、ありふれた会長×平凡でこの僕を満足させようとは、片腹痛い」
「か、加藤君、鼻血が…っ」
「ひかりん!幾ら体を許してしまったとは言え、心は勿体付けるんだよ!ああ言う顔の男は、簡単に手に入ったらすぐ浮気攻めに転向するんだから!」
「ひか…えっ?」
「おのれカグヤ…!良いだろう、この僕を本気にさせた事を後悔させてやる!佐藤君が欲しければ、数多の試練を乗り越えて貰おうじゃないか…!ハァハァ」
「加藤君、鼻血が…っ」

連日やってくる先輩に加藤君が小姑宜しく無理難題を突きつけ、その度に華麗に乗り越える先輩に、益々惚れ直す俺が居ましたとさ。

- 竹を取ったその後は -
*めいん#
[49/54]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -