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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

たけとりものがたり

世間一般では、容姿端麗、成績優秀、文武両道なんて、身に合わない評価を受けている俺だが、言われる度に死にたくなる。

ヒョロりと伸びた背は190に届きそうで、大半の鴨居が俺を攻撃する。何にも良い事ではない。

イギリス人の祖父から受け継いだ金髪と碧眼、けれど、北欧のけばけばしさのない日本に合った顔。幾度も女性の熱い眼差しを注がれるが、俺は女性を好きになれない性癖がある。
5つ離れた姉から、彼女が大学入学を期に一人暮らしを始めるまで苛められ続けた俺は、女性を見るだけで動悸、息切れ、眩暈、湿疹と言った様々な症状を発症してしまう。共学だった小中学時代にトラウマが悪化し、高校は悩まず男子校にした。

難関公立を蹴ってしまったが、悪すぎる事もない一般的な私立だ。

この学校には派手な生徒が多く、今までちやほやされてきた俺には、新鮮な世界だった。
気の合う友人も出来、猫背気味だった背もキリッと伸ばし、顔を隠したいが為に伸ばしていた前髪も、美容師を目指している友人に整えて貰ったら、自信が漲って来たものだ。


二年へ進級し、親しい友人らと生徒会役員に選ばれ、身に合わない尊敬の眼差しを注がれる様になって半年。


「カグヤー、新入生に可愛い子見つけたぜ。カトウって呼ばれてた」
「お、それ三中の姫って呼ばれてた奴じゃね?読者モデルとかやってたって」
「げ、そりゃ遊んでそうだ。神夜は見た目は王様、中身は純情でナイーブだからな、カトウは駄目だ」

入学式を終え、生徒会室に入るなりキャラクターが変わった友人らに、何度見ても感嘆の息が漏れる。

カグヤ、月城神夜は俺の名前だ。ツキシロシンヤが正しいのだが、月と神夜に引っ掛けて、副会長の横山が付けてくれた、ニックネームである。

「あー、煙草吸いたい。ババアの奴、小遣いカットしやがって」
「馬ぁ鹿、中学生妊娠させたりすっからだろ。勘当されなかっただけマシと思え、下半身ヤロー」

眼鏡優等生、に見える横山は、中学時代知らない人が居ないくらい暴れ回ってた元不良で、入学式早々から俺に殴りかかってきた恐ろしい男だ。
ゴキブリも殺せない弱虫な俺だが、イギリス人の癖に柔道漫画に憧れてオリンピックにまで出た柔道師範の祖父に扱かれ、いやいや続けてきた柔道の腕前のお陰で、最強不良だった横山を奇跡的に倒せた。以降、カグヤと呼ばれ、横山は俺の親友的な立場に居る。

「カグヤぁ、横山みてぇにだけはなるなよ!お前は見た目だけホスト真っ青な俺様イケメンだけど、中身はうさぎちゃんなんだからなッ」
「そうだ、お前はそのままほのぼの育て。間違っても横山みたいな下半身馬鹿になるなよ」
「ひっでー。カグヤー、何とか言ってやってくれよ。コイツらが悪口言うー」

寺の息子だからか、坊主にされそうなのを毎回辛うじて躱している会計の崎田は、ベリーショートの茶髪が物凄く似合う好青年だ。
だが横山の幼馴染みでもあり、元不良で喧嘩も強い。売られた喧嘩を買うだけ、と言っているが、十分震えが走る。
いつも爽やかで明るいが、男女問わずモテるのでしょっちゅう修羅場が起きているらしい。

俺は、俺を好きになってくれる子が居たら、その子だけを好きでいるのに…。

女の子大好きな横山は、学校の外じゃ見境なく不純交遊を広げている様で、先日、遂に女の子を妊娠させてしまい、トラック運転手の強面なお父さんからボコボコにされていた。
結局、女の子は産まない道を選び秘密裏に処理したらしく、学校でそれを知っているのは俺達だけだ。責任を取ってあげろ、子供が可哀想だ、と泣きながら説得した俺だが…男女の関係は判らない。
寧ろ、相手の女の子の方から産まないしもう会わない、と言われたそうだ。

横山はモテるがすぐ振られる特技がある。崎田とは違い浮気はしない様だが、何故だろう。

「カグヤ、さっきからどうした?ぼーっとして」

書記の安江だ。
彼は不良でも何でもない普通の生徒で、二年に進級してから仲良くなった。
三年になり、安江と横山は同じクラスになったが、俺と崎田はバラバラだ。

安江はこれと言って目立つタイプではないが、横山や崎田の噂を知っていても初めから動じなかった強者で、遠巻きにされる事が多かった俺にも普通に話しかけてくれる。
知り合った当時は、目立つ俺達の所為で安江には迷惑を掛けた様だが、物凄いお金持ちの家柄で、婚約者も居る彼がそれを公言すると、嫌がらせはなくなったらしい。

好かれるのは悪い気がしないけれど、友人に嫌がらせをするのは困る。だから親衛隊みたいなファンクラブがあるのを黙認してきた俺だったが、安江が嫌がらせを受けていると知って、初めて怒りのまま彼らを怒鳴りつけたりした。

あの時は小柄な生徒を泣かせてしまい、暫く落ち込んだな…。

「カグヤ?本当に大丈夫?」
「安江、一目惚れした相手に告白するには、どうしたら良いんだろう?」
「「何だと?!」」

目を丸めてる安江ではなく、崎田と横山が素早く立ち上がった。

「何処の誰だカグヤ!ちゃんと相手の事を調べたんだろうな?!」
「見た目が良くても中身に問題があったら泣くのはお前だぞ!良し、俺と横山が調べてきてやっから、誰か教えなさいッ」
「ちょ、おいおい二人共、カグヤの親じゃないだから…落ち着けよ」
「馬鹿野郎、これが落ち着いていられるか!カグヤには、カグヤにはなぁ!おっとりふわふわしたカワイコちゃんと、サンリオ真っ青なメルヘンファンタジックな交際をして欲しいんだ、俺は!俺みたいな爛れた付き合い、カグヤにはさせたくねぇんだよ!うわぁあっ」
「良く言った横山!俺もだ!カグヤには、そう、どんな試練にも負けない芯のしっかりした相手じゃないと!ただでさえカグヤの外見はっ、横山クラスの女好きじゃない限りコロっと靡いちまう妖しさがあるッ」

呆れ顔の安江と目が合ったが、混乱を極める二人が慌ただしく出て行くのもそのままに、俺は入学式の直前の出会いを思い出していた…。






桜が満開で、週刊天気予報では雨の心配があった入学式だが、ギリギリの天気予報で晴れが約束されたばかり。
舞い散る花びらを眺め、式の進行を教師と打ち合わせていた俺は、初々しい新入生が充実した学校生活を送れる様に努力は惜しまない、と、決意も新たに。

「今年は…恋人、出来たら良いな…」

このまま一人寂しく卒業するのは嫌だ、と。しょんぼりしていた。

「わっ」
「え…?」

すると、足に衝撃。
衝撃と言うほどもなく、何かが当たったと言う程度だった訳だが、見れば誰かの頭が俺の足元にある。

「わ、わ、すいません!コンタクト、落としちゃって…」

額を抑えながら見上げてきた、特に目立った所ない生徒に、俺は硬直した。

「何処行ったのかな、両方共落としちゃうなんて…」

何だ、静電気が走った時の様に、全身が麻痺している。

「あ、ちょっとすいません」
「う、え、あ?!」
「わっ」

いきなり、俺の股間に手を伸ばしてきた彼に驚いて、つい後退れば、バランスを崩して倒れ込んでしまう。
俺の太股に片手を置いていた彼も巻き添えで。背中から倒れた俺の、腹の上に居たんだ。

「すっ、すいませんすいません!ベルトの所に白いのが見えたからっ、コンタクトかと思って…!」
「白?」

かかかっと真っ赤に染まった、極々平凡な顔立ちの少年の指を見れば、桜の花びらだ。ああ、これを見間違えたのかと冷静さを取り戻しつつ苦笑いすると、少年は益々恥ずかしげに俯いた。

「そうか、コンタクトを探しているんだな」
「あ、は、はい、そうです…」
「花びらを見間違えるくらいだから、余程視力が悪いんだろう?俺も手伝おうか」
「や、でも、悪いんでっ、大丈夫ですっ」
「遠慮しないで良い」

新入生のコサージュを付けている少年に笑いかけ、起き上がろうとして、左手の下でパキッと割れた感覚に目を向ける。

「あ」
「え?…あ、コンタクトだ」
「す、すまない!弁償する!」
「あはは、大丈夫です。実はコンタクトするの今日が初めてで、凄く違和感あったし…」

小さなガラスが割れているのを、目を近づけて確認した少年は怒るでもなく柔らかく笑い、埃を払いながら立ち上がった。

「すいません、俺の所為で転んじゃって…。怪我とか無いですか?」
「あ、ああ、気にしないで良い。それより本当に弁償するから、金額を」
「いえ!いえ!良いんです、お気持ちだけで、有難うございます。それじゃ、入学式が始まっちゃうので」
「待ってくれ!」

とにかくその時の俺は、胸の高鳴りの理由が判らず彼を引き止め、どうにかしないと、どうにかしないと、と言う焦燥感に溺れていて。

「え、」
「あ、いや、君の、君の名前を教えて欲しい」
「俺の名前、ですか?」
「ああ、俺は月城神夜だ。怪しい者じゃない、だから、警戒しないで欲しい」
「警戒って。あはは、先輩、面白い人ですね。…俺なんかの名前知りたがるなんて」

困った様に顔を歪めた彼は、俺の凄まじい混乱に気付いたのか否か、

「佐藤です。今日からこの学校に通う一年生です。また会えたら、話しかけても良いですか?月城先輩」

その時の俺は、ゴキブリを前に布団にくるまり朝まで震えているヘタレな自分をすっかり忘れ去っていたに違いない。
テディベアがファーストキスの相手に入らないなら、名実共に清らかな体で18年近く過ごしてきたと言うのに、俺は。



「キス、したぁ?初対面の新入生に?カグヤが?!」

安江が珍しく声を荒げ、一目惚れの状況を詳細に説明した俺は、清水寺の舞台から飛び降りれるほどいたたまれなかった。
いっそ殺してくれ。はしたない、何て男なんだ俺は。初対面の、それも右も左も判らない新入生に無理矢理、あんな事を!

「最早、死ぬ以外に詫びる方法が見当たらない…」
「いやいや、無理矢理はいけないけど、キスくらいで死んでたらこの世の強姦魔は死刑だからな、死刑」
「俺は強姦魔と変わらない!いたいけな下級生に何て酷い事をしたんだろう!…ああ、死にたい…死なせてくれ…」
「キスなんか挨拶でしそうな外見で、何とピュアな事か…」

安江に頭を撫でられても、平手打ちされて逃げられてしまった時の絶望感が払拭される事はない。
叩いた瞬間、物凄く傷付いた表情をした少年は、今にも泣きそうな顔でごめんなさいと言って逃げていった。ああ、ファーストキスは念入りに歯磨きをしてブレスケアを服用した上で、星が見える丘の上でひっそりとする予定だったのに…。朝食代わりのコーヒーを飲んだまま、白昼堂々、誰が居たかも知れない校庭で破廉恥な事をしてしまった。

「う、うっうっ。俺は嫌われてしまったんだ、告白する前に、ふ…、ふしだらな男だ、俺は…うっうっ」
「カ、カグヤ。そのカトウ君?まだちゃんと告白してないんだろ?だったらまず、告白から始めなきゃだろ!振られたら慰めてやるから」
「安江…」
「駄目だ!カトウは駄目だ!」
「アイツはアバズレだ!いきなり横山と俺に告白して来やがった!カグヤの下駄箱にも入ってたぞッ」

ラブレターらしい封筒を投げつけてきた横山と崎田に、涙を拭いながら首を傾げた俺は、

「カトウ?」
「あ、カグヤ!噂の君が居るよ!」

窓の外を指差す安江に促され、窓の外でレクリエーション中の新入生を見た。
あ、ちょこんと所在なげに混ざっている眼鏡の生徒、あれは佐藤君ではないか。判る、俺には黒縁眼鏡を掛けていても判るぞ。

「…何て可愛いんだ。どうしたら俺のお姫様になってくれるんだろう…ぐす」
「駄目だカグヤ、姫は諦めろ!」
「確かに男には見えないくらい可愛いが、あれは駄目だ!お前に似合わないッ」

横山と崎田に止められ、益々泣けてきた俺は、数日後、図書館で再会した佐藤君にまた破廉恥な事をしてしまい…。


欲望のまま狼になり、責任を取る為に全校放送で愛の告白をする事になる。


自分に自信がない佐藤君が、あれやこれや、かぐや姫の様に無理難題をふっ掛けて来ては、軽やかに試練を乗り越えていく一皮剥けた俺に、友人達は熱い声援を送ってくれる様になる。

恋は人を変えるのだ。

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*めいん#
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