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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

永劫と煉繋の追伸

陸【大地】の発音がイストである事を知ったのは、この世界で暮らし始めて一年半が経った頃だ。
元の世界では炎を指す【煉】は、この世界では太陽を表すらしい。

陸と太陽。
判るだろうこれは運命だ・と、レンディオール=ヴィレ=メフィストは恥ずかしげもなく宣った。


「うーん、うーん」
「三文字目が違う、その濁点は左下だ」
「また間違えた…!」

象形文字だかハングル文字だか。
目に映る文字は明らかに文字として成り立たない。一般的な日本人ならば、だ。

「うぅ、喋れるのに書けないとか」
「お前の知識は、俺の血を取り込んだ時に得たものだ」

艶やかな黒髪に紅の瞳。最強の魔法騎士は、机に突っ伏した俺の髪を勝手に弄びながら無表情で囁く。

人の記憶は血に刻まれる、と言うのがこの世界では通説らしい。
レンディオール、地球にある日本では煉と名乗っていたこの男に告白されたのは、高校生の時だ。当時の俺は余命十年と言う重い病を患っていて、両想いだったのに殴って逃げてしまった。

「ガーディに転向した方が良いのかなぁ、やっぱ」
「危険過ぎる。お前のしなやかな手に剣は似合わない」
「…本気で言ってたら世話ねぇよ」

その時、拳に付いた煉の血を、俺は舐めた。恥ずかしながら。
そのお陰で、向こうの世界で死んだ後にこの世界へ召喚転生した後も、ある程度は困らない知識が備わっている。
だが、知識だけだ。

「転生して魔力が備わっても、異世界歴短過ぎて経験がないから火の玉も出せない。ぐすん」
「俺と交わればすぐに定着すると言っているだろう」
「魔法陣書いてみたいのに、肝心の字が書けない。…くっそー!いつになったら魔法騎士になれるんだよっ」

会話は出来ても、今まで書いてきた日本語とはまるで違う絵文字じみたツヴァイク文字は、何ヶ月経とうが未だに慣れない。

「セレクタを知っているな」
「勝手に頭の中で『使い魔』に変換された。RPGかよ」
「近いものはあるか。この世界では、人間以外の生き物は短命だ。力の強いウィザードや重血婚である王族は、己の血を対価にセレクタの寿命を伸ばし、契約する」
「あー、お前の駱駝ちゃんもそう言う事?翼が生えてたな」
「レームルは大人しいが長命だ。ニャムルは50年前後で死んでしまうが、決して主人と契約する事はない」

地球には存在しなかっただろう翼が生えた駱駝、ふわふわな翼が生えた喋る猫、まるでファンタジー映画の世界。

「言葉を喋る猫なんて、地球にも居たら戦争がなくなったのに…」
「戦争はどの国にも存在する。真の平和は、人類が滅んだ時に生まれると言う」

確かに、その通りだ。
いつの世もどの世界も、人間が悪い。

「でも、やっぱニャムル可愛い。黄色いふわふわなニャムル、飼いたいなぁ」

寮暮らしには高嶺の花だ。
ガーディアンもウィザードもマスターした最強騎士とは違い、学生にペットを飼う甲斐性はない。

「ハニーニャムルが一番可愛いと思うんだよ」

残念ながら、寮生にそんな贅沢は許されないのだ。

「俺の妻になれば、」
「はい終了ー。勉強しないなら帰る」

この世界に来る前はずっと病床だった俺は、一度もペットを飼った事がなかった。煉ならツヴァイクで一番大きな屋敷に住んでいるから、使い魔もペットも放し飼い出来るだろう。

「俺を愛している癖に」
「あー、次は歴史にしよう、そうしよう」

けれど、幾ら好きだからっておいそれと踏み込めないABC、向こうの世界で三十を迎えず死んだ俺は、清らかな身体を貫いた妖精さんだ。
キスだって煉としかした事がない。それ以上はまだ早い、30年生きてるけど。見た目、高校生だから。

「レン先生、教える気がないならバイバイ、仕事に戻れ」
「…ツヴァイクは数百年前に作られたばかりの比較的新しい都市だ。何処の国にも属さず、現在メフィスト・ヴィレが庇護役であるレフラムだが、それも百年毎に選び直される」

渋々テキストを指差した煉が、耳障りの良いフェロモンむんむんな声で語り始めた。

遥か昔、長生きの大司教ですら知らないくらい昔に、ベスタウォールと言う魔法国があったそうだ。
閉鎖的な国だったと言う文献もあるが、それがいつからか外交的な環境へ変わり、魔法使いが増えた。それがツヴァイクの始まり。

「現在、旧ベスタウォール産の植物が世界の9割を占めている。旧フィリス永世中立国は知っているだろう?」

ツヴァイクの守護神名高い男と言えば、教室に押し掛けてくるのを無理矢理やめさせた途端、俺の機嫌を伺うかの様にこうしてこの世界の事を教えてくれる。
第二の教師として重宝しているものの、油断すればすぐにエロい事を仕掛けてくるので大変だ。無表情で押し倒してくるので危険極まりない。

今も頬に伸びてきた手を叩き落としながら、ノートに日本語でメモっていく。幾ら理解出来るとは言え、長年培ってきた言葉は今更変えられない。

「太陽の神アーメス大聖堂がある賢者の国だっけ。入学式の後に三日間だけ行ったな」
「俺も行った」

この世界では全ての生き物が魔力を宿しており、力の強弱や属性の違いこそあっても、皆が魔法を使える。
自ら光る花や、空飛ぶ魚など日常茶飯事だ。もう何を見ても驚きはしない。

「そう言えば、レフラムって百年前は違う国だった?」

レフラムと言うのは、百年交代で変わるツヴァイクの保護役の事だ。
中立である魔法都市ツヴァイクは、どの国にも属さないと言う決まりがある代わりに、指名された国が百年間だけ統治、保護する。

「我が国がレフラムに選ばれたのは、俺が国を出る直前だ。30年前まではシュバリエと言う、海上都市が努めていた」
「海上都市ぃ?海の上に国があるのか?」
「正確には海の中から上に伸びている、縦穴式の国だ」
「はー。そんなもんまであんのかよ、この世界は…」

煉…この国ではレンディオール、か。
幼馴染みだとばかり思っていた百歳も年上の恋人が、ちょくちょく買ってきてくれるガイドブックの様なものをペラペラめくる。

確かに、海の超ど真ん中に巨大な煙突の様なものが突き刺さった写真があり、上空から撮られた写真には幾つもの明かりが写っていた。
魔方陣の光が海と居住区を仕切る壁の役割を果たしており、その光は空まで届かんばかり。

「うわ、何だこの魔法…」
「アーメス大賢者、光のベルハーツIX世の守護陣だ。刻まれた文様で遮るものを指定している為、海水以外のものはあの光を貫く」
「へー!頭では理解出来ても凄いなぁ、やっぱ大賢者ってだけあって、普通の奴には無理だろ?」
「出来ない事もないが、あれほどの範囲を囲むのは難しい」

凄い、と興奮しながら写真を見つめれば、無表情ながらヤキモチを焼いたらしい「紅の騎士」は、背後から抱きついてきた。

「おわっ」
「ガーディとウィザーの話をしてやろう。マスターの証の話だ」
「いちいち抱きつくなよ!離れろっ」
「ウィザードは、マスター認証を受けると同時に瞳の色が変わる。俺の瞳は生まれつき紅だった」

これは初耳だ。

「え?だったら何にも変わってないじゃん」
「全属性値が均等である場合、稀に起こる。無属性だ」
「あ、何か授業に出たわ。プレミアもんなんだろ?嫌みな奴め」

諦めて、煉の胸に背中を預ける。ギュッと強まった腕の力、よほど欲求不満らしいと痙き攣りながら、小さく笑った。

「ガーディは、判り易い。髪が変わる」
「髪?マスター認定の洗礼か?」
「そう。俺は昔、白髪だった」

一瞬、聞き間違いかと首を傾げ、ガバッと振り返る。

「えっ?じゃ、ガーディアンは皆、黒髪なのか?」
「いや。マスター認定を受けた場合に変わるが、そうでない大半は違う」
「え?でも煉の母ちゃんって、確か黒髪じゃなかったっけ?」
「母はマスターガーディだったんだ。…親友を守る為に、自ら選んだらしい」
「おわ、カッケー母ちゃんだなぁ、おい」
「俺は母の黒髪に憧れていた。だから、無意識に魔力で黒髪を装っていたんだ。…そもそも、生粋の黒髪は居ない」
「そう言えば、黒髪の奴いないよな」

クラスメートは皆、色とりどりの髪や目をしている。見た目外国人なのに言葉が通じるから、この世界に来た当初は混乱した。
今では慣れきっているから不思議だ。

「ベルチェの半分は紅、残りは黒」
「何だ?それ」
「世界の半分は太陽、半分は月夜。大地の女神を、メフィスト・ヴィレではそう讃える」
「あ、メフィストの神様はイストだっけ」
「イスト・ベルチェ=リク」
「んん?地に舞い降りた光?」
「イストは大地、陸を指す。ベルチェは母。リクは光…神の名だ」

俺の名前を知った時、異世界に飛ばされ途方に暮れていた煉は、神の存在を知ったと言う。

「銀髪だった母はリクの姫と讃えられ、父の伴侶に選ばれた。だが儀式の前にガーディとなり、快く思わなかった大臣らの反対により王妃にはなれなかった」
「…苦労したんだな」
「古い話だ。父も母も兄も義母も全て亡くし死のうと考えていた俺は、お前を慈しむ事で、馬鹿な考えを捨てた」

右手を差し出した煉が、淡い光の玉を掌の中に作り出した。

「俺が今この世にあるのは、お前と巡り合わせ給った神と、陸。お前が居たからだ」

その光の中に、生まれたばかりの赤ん坊が映し出されて、懐かしい、記憶より若々しい母さんと、今と全く変わらない煉が赤ん坊を見つめている。

「母さ、ん」
「帰りたいか?」

不安げな煉の問い掛けに、どう言う意味か考えて、悟ると同時に無意識で首を振った。

「帰りたくても帰れないだろ」
「帰れる、と。…言ったら」
「え?」

煉の強い魔力が、向こうの世界の俺の魂を縛り付け、呪いじみた鎖を繋いだ。【血の誓い】、互いの血液を交換する事による契約をしていないだけで、魔力を持たなかった、つまり煉より弱い俺は半分隷属していたそうだ。

中途半端な契約によって知らない内に使役されていた俺は、煉が俺を…好きになってしまった時から、煉の執着を受けた。
執着に魔力が籠もり、呪いとなったその愛情が、ただの人間だった異世界の俺の命を削った様だ。

その後、向こうの世界の肉体が滅びた俺は、魂だけこの世界に飛ばされた。
使い魔以外の召喚はとても難しい魔法(つーか現代では違法)らしく、大司教が煉の迸る若い魔力を媒体に召喚を果たしてくれなかったら、今の俺は存在出来なかったと言う。

転生した俺は、高校生くらいの外見で目覚めた。煉の魔力を媒体にした為に、煉の記憶に最も根付いていた年齢の姿で補正されたらしい。
難しくてチンプンカンプンだが、つまり今の俺はこの世界の人間で、全く実感はないが魔力もある。だから、

「戻れる、の…か?」
「まぁ、無理だ」
「…俺の困惑を返せ!」

真顔で首を振るクソ騎士を殴りつけ、教科書を閉じた。もう日が暮れそう。

「帰りたいと言うなら俺もついて行くが、向こうの世界に飛んだのは偶然だ。大司教が俺を見つけたのも30年近く懸けて漸く、と聞いた」
「テメーの迸るピッチピチな魔力があったから、ってんだろ?大司教のジッチャン、俺の里親になってくれたのは良いんだけどさ…」

800歳の、世界一の魔法使いでもある大司教は、俺の事情を全て知ってる数少ない人で、わりとチャラい。パパと呼ばせたがるわ、退寮して屋敷に住めとか言うわ、とんでもないジジイだ。いや、好きだけど。

「今更、帰るつもりもないけどさ」
「嫁になれ」
「卒業するまで清い関係で、って言われてるだろ」
「いつ卒業出来るんだ。死ぬまで童貞か」
「死ぬまで童貞で悪かったな!テメー様はモテますよねっ、キング!」

向こうの世界で、高校時代に煉はキングと呼ばれていた。その立ち振る舞いとか、落ち着いた雰囲気が老若男女に崇められたのだ。
まぁ実際王子様で百歳越えてんだから、仕方ない。

「…母が愛したのは、紅眼のウィザーだった」
「へ?」
「俺は清らかな身体だ」
「は」
「地球人と違い、伴侶を選ぶまで生殖機能は働かない」

赤い瞳を持つ騎士は真顔で宣った。暮れなずむ夕陽を背後に、


「俺を『雄』にしたのは陸、お前だ」
「な…!」
「ガーディの髪は、望む色に変わるんだ」

きらきら、一瞬で変色した光輝く銀髪に緋色の陽光を煌めかせ。

「黒と紅、黒と白。イストとレンディオール、…陸と太陽」

これは運命だ・と、笑う唇に抗える奴が居たなら連れてこい。

「百歳の俺を誑した零歳の赤子」
「だ、駄目、」
「ウィザーの素顔を見たからには、対価を寄越せ」

だって、本当に死んでしまうほど愛されてるんだ。王子様の癖にプレミア魔法使いの癖に、守護騎士の癖に。
異世界の平凡な赤ん坊なんか愛して、犯罪犯しちゃったんだって。



「生まれた時から愛している、我が神」


大魔法使いとして俺が活躍するのはそう遠くない未来。





「おぉう、おぉう、レンディオール…!ボンボン子供を産んで幸せになるんじゃぞ!おうおう」
「うっうっ、綺麗ですよルクちゃん、パパはパパは…っ!レンディオール殺すぅううう!」

が。
華々し過ぎる銀髪の紅騎士と平凡男花嫁の結婚式で、メフィスト法皇と大司教が男泣きしまくったとか、

「陸、体は大丈夫か?新婚旅行は日を改め、今宵は初夜だけ済ませても俺は一向に構わないからな」
「できちゃった婚とか死にたい」

子煩悩な紅の騎士にそっくりな子供を気前よく生みまくる、やっぱり平凡な伴侶というゴシップの方が。

「陸、五人目はお前に似た女の子が欲しい」
「200歳にもなって励むつもりか絶倫が!」

どうやら先に伝説になりそうな、予感。

- 永劫と煉繋の追伸 -
*めいん#
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