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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

劇的ビターアフター

兄ちゃんは警察官、母さんは元キャビンアテンダント、早くに亡くなった父さんは大工だったらしく、殆ど覚えてない。
仕事仲間と飲み会の帰りに、車に轢かれそうだった他人を庇って亡くなったと言うから、善人だったのだろう。ただ、仕事中だったら労災なり保険なり残ったのではないかと、常に俺は考えてきた。

中学三年に進級してすぐ、県外で一人暮らしをしていた兄ちゃんが結婚する事になった。
両家の挨拶も済まし、残すは結婚式ばかりなり。新郎の母として浮かれていた母さんが、義理の姉さんに頼まれて式場探しを手伝う事になった。

結婚式を挙げていないらしい母さんは大はしゃぎで、テストを控えていた俺を置いて兄ちゃん達の元へ出掛けたのだ。あんなに楽しそうな母さんに、受験生を4日も一人にするつもりか、なんて言えなかったのも仕方ない。


悲劇は起きてから知らされるものだ。
とある有名ホテルで、大きな爆発事故が起きたらしい。3日間絶えずワイドショーを賑わせたその事故の死亡者は三人。重傷者多数。

我が身を顧みず他人の避難誘導に尽力した若い警察官と、寄り添う様に抱き合って瓦礫の下敷きになっていた、結婚間近の女性と、若い警察官の母親。

柔道をしていただけ熱血漢ながら、面倒臭がりで風呂も入り忘れる様な兄ちゃん。
おっとりした彼女さんは元ヤンキーだったとかで、ご両親は何度も兄ちゃんに別れないでやって下さいって言ってた。

兄ちゃんが働き始めて仕送りしてくれる様になっても、ずっとパートを辞めなかった母さんは、美人だけど最近皺が増えたなぁ、なんて笑ってて。

まさかそれが最後の会話になるとは思ってもなかったから、義理の姉さんになる筈だった人が妊娠二カ月だったとか、兄さんが二階級特進したとか沈痛な面持ちの警部さんから聞いても、実感はなかった。

俺の母さんの実家は九州のど田舎で百姓をしている事が判った。
それまで爺ちゃん婆ちゃんが居るなんて考えもしなくて。国選弁護士さんから渡された番号に電話してみたら、賑やかな子供声をBGMに、母さんの妹の旦那さんと言う人から、「今まで何の連絡も寄越さないで、いきなり香典の請求か」と言われた。

後から母さんの妹を名乗る人が新幹線でやって来て、何度も何度も謝ってくれたけど。叔母さんだと言う実感が湧かなかった俺は、旦那さんの台詞の方が納得に値するよな、なんて考えた。


兄さんの遺影。
母さんの遺影。
姉さんになる筈だった人の遺影。
中学生だった俺が施設に入らず済んだのは、姉さんになる筈だった人の両親が、俺の身元引受人になってくれたからだ。他人なのに。母さん達があのホテルに行かせなかったら、いや、そもそも兄さんと出逢わなかったら。彼女は死なずに済んだのに。

娘と、初孫になる筈だった胎児を同時に亡くしたご両親は、憔悴し切った眼差しで、俺に家族になって欲しいと言ってくれた。
その時、俺は葬儀から二週間を経て漸く、恥も外聞もなく大声で泣いたのだ。


「うん。人情味に溢れた、実に良い話だね。チープな三文小説だ」

ニコニコ、薄ら寒い愛想笑いを浮かべた高貴な男は、その美貌を知り尽くした仕草で首を傾げる。

「君には明日から私が経営する学園に通学して貰うよ。銅口の跡取りが、庶民育ちだと知れれば汚点になるからね」
「…あんた、俺の話を聞いてなかったんですか」
「言葉が悪いね。本当にあの兄さんの息子なのか、君如きが」

どの兄さんだよ、と。
ヤンキー娘を育て上げた身元引受人と暮らす内に養った口の悪さで、内心舌打ちした。


銅口グループ総帥だと言う目の前の「叔父」が現れたのは、つい半月前の話だ。
いや、実は母さんが亡くなって1ヶ月もしない内から、身元引受人の所へ連絡が入っていたらしい。

今では心の中で姉さんと呼び慕う亡き義姉しか子供が居なかった姉さんの両親は、一年も暮らす内に説教したり、意味もなく小遣いをくれたり、肩叩きしろと偉そうだったり、川の字で寝たがったり、炬燵で紅白見ながら皆で寝落ちしたり。

天涯孤独ってくらいで悲劇の主人公振るつもりはないけど、産まれた時から天涯孤独な方がずっとマシだと思ってきた。
兄も母も初めから居なかったら失う悲しみを知らずに済んだんじゃないか、って。四十九日が済むまでは、顔では強がってても、夜は泣いて暮らして。

四十九日翌日に、身元引受人である義理の祖父から殴られるまでは。

俺らは新しい家族だ。
居なくなった家族を思って泣くのは今日までにして、これからの家族で笑え!って。
強張った笑顔を見せたら、泣くのを我慢しながら義理の祖母は、そんな時は「うるせー糞ジジイって言い返すのよ」「俺はまだ48歳だ糞ババア!」なんて夫婦喧嘩してた。

母さんは50歳。兄ちゃんは25歳。義姉さんは26歳。
亡くすには早過ぎる三人を思って泣いたのは、あの日が最後。


「兄さんの元に産まれた長男は、あの女と一緒に死んだそうだな。写真を見たが、君より長男の方が兄さんに似ている」
「…そうっすか。残念ながら、俺は父さんの顔を覚えてないので」
「はは。当然だろう?私の元に息子が産まれた年に、彼は死んだんだから」
「どうでも良いんで、早く家に帰らせ、」
「当時妊娠二ヶ月だったそうだね。何度も長男を寄越せと言ったのに、兄さんもあの女も首を縦に振らなかったよ」

ニコニコと笑う唇、笑ってない目。何が言いたいんだと、今頃心配しているだろう家族…父さん母さんと呼んでいる二人を思い浮かべた。

「とうとう私自ら子供を作らねばならなくなってね、政略結婚がてら産ませたら見事に男子だった。それが原因で、父の腹心の部下だった男が出過ぎた真似をしたんだ」
「何が言いたいんだよ」
「兄さんを家に戻そうとしたんだ。妾の子である私より、正統後継者だった彼に家を継がせたがっていた亡き父の為に」
「それが何だって言うんだ。そんな話が帰宅途中の高校生を誘拐した理由に、」
「君の母を殺し、兄さんと息子を連れ帰ろうだなんて。馬鹿な事を考えたものだろう?」

目だけ無機質な男。
酷く良く似た男を知っている。


「兄さんは、あの女と腹の中の君を庇って死んだのさ。知らなかっただろう、私の甥?」

金髪蒼眼のこの男と、まるで良く似た。ああ、何故今まで気付かなかったんだ。

「…俺を、連れてきたの、は」
「息子が気難しい年頃でねぇ。中等部に上がるなり、私の言う事を聞かなくなったんだ。勝手に寮を抜け出し県外に出て、銅口グループに泥塗る真似を始めた」

ブロンズリップスと言う不良グループが数年前から噂になり、今やその総長が俺の通う高校に在籍している。一つ年上の二年生で、母さん達が亡くなった頃から活動拠点が変わった。

母さんと住んでいたアパートがあった南区から、今暮らしている東区に。

「君の従兄に当たる、銅口晋也…いや、今は高遠晋也を名乗っているのかな?彼は私の息子だよ」
「な、ん」

高遠。
今の父さんが働いている、高遠エンジンと関係があるのだろうか。同じ名前など、何処にでもある筈だ。

例え、あの男が目の前の叔父の息子であったとしても。

「妻とは殆ど別居状態でね。あの女と君の兄が亡くなったと聞いた時は、今更どうでも良かったのだけど、一応援助くらいは申し出たんだ。…まぁ、君の保護者に断られたんだけど」

それを聞いたのは誘拐された時が初耳だった。父さんが、この叔父に向かって「甥が可愛いなら金じゃないだろ!」って怒鳴ったらしい。
来年50歳のまだまだ若い父さんは、ヤンキー上がりの自動車エンジニアだ。車好きで、ボーナスが入る度に新車を欲しがる。去年の冬のボーナスは俺の入学費に回したから、車雑誌を眺めるだけで耐えていた。

「真也が何処からかそれを聞きつけた様でね。去年から、頻繁に妻の元に通っているんだ」

兄ちゃんと母さんの保険金には全く手をつけないで、将来俺が結婚する時まで貯金しとけってのが口癖だ。今の母さんも無駄遣いしない人だから、父さんが車欲しがる時はぶつぶつ小言言いながら電卓叩いてる。
だから最近始めた弁当屋のバイトの給料が入ったら、母さんにはアクセサリーかバッグを買ってあげようと思ってて。

「それだけなら良い。…私に何の断りもなく学園から転校した時は耳を疑ったよ。高遠側を味方に付けて、この私も迂闊には呼び戻せない」
「…」
「銅口グループの人間が庶民校に通い、深夜徘徊を繰り返した挙げ句、…実の従弟と肉体関係にある、などと巫山戯けたスキャンダルが知れればどうなるか」

ああ。
判るよ、流石に昼メロにもならない三文小説だ。痛々しいにも程がある。

「判ってくれるだろうか、私の甥」

偉そうで。
人を馬鹿にした嘲笑いがデフォルトな癖に、変な所で優しかったり甘えてきたりする、あの不器用な愛しい男が。

「…はい、叔父さん」
「物分かりが良くて助かるよ。君は、兄さんよりも賢いね。彼はとても頑固だったから」

こんな大きな屋敷を捨てて。
イギリス留学帰りの飛行機の中で知り合ったキャビンアテンダントと、婚約者が居ながら駆け落ちした父さんはきっと、こんな気持ちだったに違いない。

「私の養子になるかい?そうすれば、まぁ、グループを継ぐのは晋也になるが、君にも幾つか会社を任せてあげるよ」

こんな煌びやかに冷たい家で暮らすよりも、狭くても家族で笑いあえる家の方が良いに決まってる。
大好きな人と二人なら、何を無くしても後悔はしないって。そう思ったんだろ、父さん?

「どうだい。悪い話じゃないだろう?」

目だけ笑っていない男は日本人とは思えない美貌で、叔父と言われても未だに実感がない。妾の子って事は、母親が外国人だったのかなんて考えていたら、勝手に涙が出て来た。
薄ら寒い愛想笑いを僅かに歪めた金髪蒼眼を見上げ、瞬く。

「あ」
「君…」
「あ、あの…俺、やっぱり嫌です。し、晋也先輩は諦めたくない!本当は今の父さん母さんの所に帰りたいしっ、今の学校辞めたくない…っ」

引受人になってくれたお礼だってしてない。別れの挨拶も済んでない。他人の俺に、本当の子供みたいに接してくれて独りぼっちから救ってくれた父さん母さんに会いたい。
入学式当日偉そうに告白してきて、あんなの脅迫以外の何物でもなかったけど、この半年で大好きになった黒髪の不良に、抱き締めて貰いたい。

「従兄弟だからって!庶民だからって!天涯孤独だからって、諦めたくない…!」

今度の俺の誕生日には、エッチするって約束したんだ。まだ、キスだって数えるくらいしかしてないのに。
あんなに偉そうであんなに美形なのに、惚れた奴としかキスもエッチもしないと断言する硬派な不良に、俺の全てを捧げたいと想うくらい、惚れ込んでるんだ。

「俺っ」
「おい、糞親父」

背中から抱き締められた。
耳元に聞き慣れた声、目の前には痙き攣った金髪。

「幾ら可愛いからって、あんま苛めんな」
「…晋也、最後まで出て来るなと言っただろう。もう少しでお前の望み通り『結婚』出来たんだぞ」
「何が望み通りだこの性悪が!コイツが養子に同意したら、別れさせるつもりだった癖に」
「まぁね。本当に好きなら、叔父に邪魔された程度で諦めるなんてお話にならないさ。叩き潰して乗っ取るくらいじゃないと」
「俺が叩き潰してやろうか糞ジジイ!何が妾の子だ!60過ぎた老人が!」
「酷い孫だねぇ、晋也」

やれやれ。そんな仕草で笑った金髪が、俺を見つめて優しく笑った。今度は心からの笑顔に見える。

「改めまして、私はフタセ…君の祖父だよ。晋也は娘の子供でね、高遠に嫁に行ったんだ」
「う、ぇ?」
「息子が駆け落ちするとは夢にも思わなかった。真由美さんは美人だったから仕方ないとは言え、銅口を捨てて幼い頃からの夢だったアパート暮らしを選ぶなんて…」
「え?!」
「全部ジジイの作り話なんだよ。叔父さんは貧乏家族に憧れて家出して、16歳からガテンやってたそうだ。死んだのは、他人を庇って車に轢かれたのが原因らしい」

それは知ってる。
晋也先輩曰わく俺の爺ちゃんらしい金髪が、のほのほ笑いながら手を伸ばしてきた。

「二瀬を引き取りたかったのは山々だったんだがね、真由美の実家には手を打っておいたんだが、まさか初孫の嫁候補の親にお前を取られるとは思わなかったんだ」

話を聞くに、母さんの妹はシスコンだったらしく、九州の祖父母一家に金髪爺ちゃんは、俺を引き取りたいから連絡があっても無視してくれと頼んだ。
が、実の祖父母は孫にそんな事は出来ないとゴネて、仕方なく血縁関係じゃない叔父が俺からの電話対応に当たったそうだ。

可哀想な事を言ってしまったから、いつか謝らせて欲しいと連絡があったらしい。叔母はそんな経緯を知って俺に会いに来てくれたそうだが、葬儀で疲弊している俺にそんな大人の汚い話を聞かせられる筈がなく。

高遠エンジンでカリスマエンジニアと呼ばれている男が俺の身元引受人になり、然も子煩悩で人情味溢れるカリスマは、何があっても俺を手放さないと断言した。
じゃあ四十九日が過ぎてまだ孫が泣き暮らしている様なら私が引き取るよ、と言う取引を祖父は持ち掛けた。

で、約束の日に焦ったカリスマの拳骨が唸った。そして仲良くなってしまった。

こりゃ晋也を養子にして諦めるしかないな、と爺ちゃんが諦めモードに入ったら、俺に会えると期待していた晋也が自ら俺奪還作戦を起てた。
昔一度だけ母さんから爺ちゃんに贈られた俺の写真を見て、一目惚れしてくれたそうだ。

「何はともあれ、従兄弟同士の結婚は法律上認められている事だし、晋也には兄と二人の妹も居る。高遠も銅口も跡取りには困らないから、お前達が番になろうが困らないんだよ」
「つ、番って…」
「寧ろ婆ちゃんが喜ぶだろ。腐女子だから」
「貴腐人と呼びなさい」

俺にはまだ、婆ちゃんが居るらしい。

「家に帰りたいと言ったね。だが私が寂しいから、いっそ今の両親共々屋敷に引っ越してきなさい。高遠には話を通しているんだが、君の義父は人の話を全く聞かない頑固者だそうでね、手を焼いていた」
「アンタが言うな。散々あちらさんを揶揄って遊んだんだろ?嫌われて当然だ、性悪ジジイ」
「彼は実に揶揄い甲斐があるんだよ。うちの子達は揶揄っても相手にしてくれない天然ばかりだったから、楽しくて、つい・ね」

のほのほ笑う金髪爺ちゃんが、実はブリーチカラコンのコスプレイヤーだったとか、びっくりするほど俺にそっくりな顔をした婆ちゃんがホモ好きなオタクだったとか、

「はぁはぁ、晋也!夜の営みはドアを開けたままするんですよ!はぁはぁ」
「薫、今度のコミケが出張と被ってしまったよ。仕方ないから出張は晋也に行かせようか、来週の日曜日」
「巫山戯けんな!何で二瀬の誕生日に出張なんか行かなきゃなんねーんだよ!」
「二瀬!父ちゃんはまだそう言うのは早いと思うぞ!」
「母さんも晋也さんが18歳になるまで体の関係は早いと思うわ…」

今年の紅白は、去年の倍大きな炬燵の中で去年の三倍騒がしい歌合戦だった。

- 劇的ビターアフター -
*めいん#
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