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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

アベイスメントな遭遇

誰もが遠巻きにする不良。
それはまるで芸能人か宇宙人かと言う扱いだった様な気がする。

そんな宇宙人との遭遇は、幸か不幸か。
俺はあえて不名誉だと言わせて貰いたい。



「何でタコさんウィンナーは人を和ませるんだろう」

今日もまた、そんな独り言を漏らす男の二メートル隣で、タコさんウィンナーを頭から貪る俺は沈黙した。

「何で空は青いんだ。何で学生と言うだけで人は青春と呼ぶんだ。今はまだ秋なのに」

いや、11月も末を秋とは言わない。既に雪の被害に遭っている地域もあるくらい、今年は寒いのだから。

だが然し、誰もがポカンとするほど恵まれた容姿を持つ喧嘩最強と名高い男は、無表情で弁当箱を眺めている。先程からの独り言に返事は必要ではないらしい。


「…喰わねーなら返せ」
「しゅうまいには何でグリーンピースが乗ってるんだ」
「好き嫌いすんな」

ひょんな出逢いから、誰もが遠巻きにする地域で最も目立つ、いや、浮いているこの男に弁当箱を貢ぎ始め、今日で一週間。
確実に話が通じていないのは、恐らく誰もが判るだろう。但し、俺らが並んで食事を採る仲だとは誰も気付いていない。


血塗れで校庭に寝転がっていた宇宙人をうっかり踏んだのは、8日前。全てが返り血だった宇宙人は目覚めるなり腹が減ったと言う理由で、安眠を邪魔した俺を喰おうとした。

文字通り、喰おうとしたのだ。
性的にではなく、食事的な意味で。


ガブッと咬まれた時の痛みと驚きは、筆舌に尽くし難いものがある。


「喉が渇いた」
「だからって血ぃ吸ったりすんなよ?!」
「カフェインの入ってないコーヒーが良い」
「オーダーのハードルが高ぇよ。アホ公立高校にンなもん求めんな」

誰もが唖然とする美貌で奴は呟く。
大体、そこそこモテない事もない程度の極々普通男子である俺が、こんな目が眩む程の美形で危険な奴と肩を並べている理由は、述べた通り喰われ掛けたからだ。

首筋の柔らかい部分を何の手加減もなく咬まれ、流石に命の危険を察知し、サボりがてら喰おうと思っていたコンビニお握りを差し出した所から始まった。

『これやるから離せっ』
『シーチキン』
『サンドイッチもある!』
『シーチキンばっか』

宇宙人は一学年下の、一年生。俺は二年生。
学年も学科も違うからもう会う事もないだろうと思っていたのに、どうやら俺は考え違いをしていた様だ。


宇宙人は二度も留年していて。
生きている意味が判らず、でも死ぬ理由もなく、どうしてかお腹が空くし眠たくなる人体の不思議を毎日考えているそうだ。

入学してから三日も経たない内に喧嘩をふっかけられる様になり、殴られる理由がないから相手を倒し続けた。
いつしか舎弟を名乗る者達が現れ、膨らみに膨らみ、今では組織になってしまったが、興味がないから知らない。会話が通じない宇宙人から何とか聞き出したのは、そんな内容だ。

「ポカリ飲む」
「奢らねーぞ」
「アクエリが良いのか?」
「俺の話をどう聞いたらそうなるんだ、宇宙人が」
「人は皆、地球と言う星の宇宙人だ」

頭が痛くなってきた。
アスペルガーなんじゃないのかと本気で考えながら、この宇宙人が数年前まで神童だとかカリスマだとか呼ばれていたと言う噂を思い出す。

「だから俺の住所も、宇宙圏地球内日本が正しい」

判らん。
マイペースなのか天然なのか、本気でアインシュタインなのか。俺にはちっとも判らん。

コンビニお握りとサンドイッチで逃げ出した筈の俺は、その次の日、運悪く上級生の不良達に絡まれた。
相手は上級生だ。体育科の縦社会に揉まれてきた俺に、白旗以外選ぶ術はなかった。


が。
バレーの為に鍛えていた手足を奮うまでも、ましてや手足を再起不能にまで傷付けられるまでもなく、何処からか現れた宇宙人によって終結したのだ。

「唐揚げは塩胡椒だけより、赤おろしが入っている方が良い」
「ポカリはどうした」

極悪と名高い不良上級生らが、宇宙人を見るなり泣きながら土下座していたのは記憶に新しい。
留年している事に気付いたのは、その時だった。俺が入学した頃に噂されていた超最強不良の先輩、それが宇宙人だったのだ。

土下座し泣き叫ぶ上級生らを無表情で殴り蹴り飛ばし踏みつけた鬼宇宙人は、グーッと腹を鳴らし、初対面の時に見た捕食者の目で俺を見た。
喰われる、と直感した俺は教室まで全力疾走し、部活の後に喰おうと思っていた弁当箱を差し出したのだ。

「喉乾いてんならとっとと買いに行けよ。俺はまだ喰ってるから」

以降、毎朝俺が作ってる7割方冷凍食品の弁当を、宇宙人は所望している。
何がお気に召したかは知らんが、上級生らから助けて貰った恩もあるし、トンズラしたら今度こそ喰われそうで怖い。

「アクエリが良いのか」
「いや、だから何の話だよ」
「ダカラもうまい」
「あのなぁ…」
「タコさんウィンナーには負けるが」

ふと、食べかけの自分の弁当箱を見た。今日はウィンナー以外、全て冷凍食品だ。飯はレンジで三分のインスタント、手を掛けたのはタコ型のウィンナーのみ。

昨日は唯一の手作りである唐揚げに、宇宙人は何やら呟いていた気がする。
今日の竜田揚げは冷凍もんだ。

「何?つまり、タコの礼にジュース奢ってくれんの?まさかね」
「そう言ってる、ずっと」
「は?!ちょ、さっきの何処が?!」

どうして判らないんだとばかりに呆れた様な眼差しを向けられている、気がする。
空になった弁当箱を風呂敷で包んだ宇宙人が、長すぎる足で立ち上がるのを呆然と見た。驚き過ぎて、食欲なんか吹き飛んじまったらしい。まだ弁当残ってるのに。

「カレーに馬鈴薯を入れない種族は滅びるだろう」

腕を掴まれ、自販機で烏龍茶を買って貰った俺が礼を言う前に、宇宙人は無駄に整った面で宣った。

「弁当にカレーは無理だ」
「福神漬けは赤くない方が良い」
「いやだから話を聞けこの野郎」

胸ぐらを掴めば、無表情過ぎる宇宙人が屈んだ。


ちゅ。
唇の端に触れたのは、考えたくもない。


「ゴマが付いてた。ゴマは健康に良い。セサミンのコマーシャルで言ってる」
「お、おまっ、お前は…!」
「シチューでも良い」
「っ、だから!弁当にゃ無理だっつーの!それに明日は土曜日だ!休みだ、休み!馬鹿野郎っ」

逃げるように後退り、転がった烏龍茶を拾うのも忘れて背を向ける。

「水族館、11時」
「…はぁ?!」

走り出す前に聞こえてきた声へ振り返れば、風呂敷包みをヒラヒラ振った宇宙人が珍しく笑っていた。
但し、普段が無表情だからか、変に歪んだ不細工な笑い方だ。

「セイウチのヒゲは弾力があるんだ」
「…会話が成り立ってねーよ、バッキャロー!」

風呂敷包みを光の早さで奪い、今度こそ逃げ出した。
とっくに鳴っていたチャイム。教室に戻る気力はない。



「馬鹿だな。…会話を成り立たせたら、困るのはお前なのに」

化学だったうちのクラスが、珍しく実験室で実験していた事を知ったのは後の話だ。


「母さん、カレーコロッケの作り方おしえて」
「なーに?冷凍庫に入ってるわよ」
「いや、だから手抜きじゃねー作り方だっつーのババア、息子の命運が懸かってんだぞ」
「もっぺんババアっつってみろ、死ぬか糞餓鬼ぁ」

本当に頭が良かったらしい宇宙人が、いつの間にか俺のクラスに無理矢理転級するのは、翌週。


ジンベイザメにテンション上がった俺が、宇宙人に喰われた次の日だった。
…いや、食事的な意味じゃない方で。

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*めいん#
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