静愛のグランス
眼が合った。
話した事はない。
いつも誰かに囲まれている、人気者。
「アイツ、また誰かに呼び出されたみたいたぜ」
クラスメートの羨望混じりの台詞。
目の前が急に赤く染まったのは何故だろう。
「…ねぇ」
桜が舞っていた。
特に有名と言う訳でもない三流大学に合格した自分の、先4年は案じる迄もなく平凡な大学生活になるだろう。
卒業証書を丸め、桃色の花弁を眺めながら未練がましく校内に残っていれば、いつの日からか慣れていたあの視線を感じたのだ。
「卒業、おめでとう」
初めて、まともに会話した相手はあの日よりもっと大人びていて、その容姿を引き立たせる意志の強い瞳が桜など相手にならないくらい綺麗に思えた。
「…そっちこそ、おめでと」
「有難う」
ただ、一時でも長くその瞳を・声を、記憶したかっただけの素っ気ない台詞に彼は小さく笑って。
「あの超一流大学、受かったんだって?…皆、職員室もその話で持ちきりだった」
「そうなんだ」
「凄いじゃん、本当におめでとう。オレみたいな三流には本当、羨ましい限り」
ああ、どうせこれから先もう話す事もその視線を感じて優越感に浸る事もないのだ・と。
今にも泣きだしそうになりながら、然しただただ一生懸命その芸術的な男の顔を見つめていた時。
「いい加減、気付いてるだろうけど」
そのただただ静かな瞳を、声を。
このまま失ってしまうのは酷く嫌だった。きっと、彼が視線が自分の一部になってしまったのだろう。
それとも、自分が彼の瞳に吸い込まれてしまったのか。
「俺、」
赤い唇が開くより早く、抱きついてキスをした。今まで好きになった女の子には話し掛ける事すら出来なかった癖に、何と言う奇跡だろうか。
見開かれた茶色い瞳に罪悪感と後悔がせめぎあう。
「ごめん、」
君が注いできた視線の意味に、気付いてしまったから。
何をしてもきっと、嫌われないって判ってしまったから。
だから、狡いオレを許してくれるかな。やっぱさ、男なら先手必勝だろう?
「ごめん、ズルいけど。オレ、君が好きみたい」
容姿も頭の中身も負けてるんだから、これくらい許してよ。
「だから、卒業してもさよならしたくない」
「………何だ、」
「さよなら、したくない」
「俺が第2志望の『有名大学』蹴った事は、知らなかったんだ?」
「…は?」
「狡いのは俺の方なんだ。でもいいや、そう言う鈍いトコも超好きだから」
「え、え?」
「四月からまた同級生だな」
でも咲き綻ぶ大輪の花みたいな笑顔を見たら、
「三流同士、死ぬまで宜しく」
どうでも良くなったんだ。
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